コールドレイン
それは今から4年前の冬の日のこと
☆ ☆ ☆
出勤前の朝のバタバタ時間帯。時計代わりにつけていたテレビに映し出された美しい景色が、僕の目を釘付けにした。
僕は、雪景色がライトアップされるその景色を見に行こうと、怜を誘った。
「ちょっと遠いけど問題ないよ。今日までらしいから今夜がラストチャンスなんだ。これを見逃したら一年後じゃないと見られないんだぜ」
僕の熱意が伝わったのか、怜は首を縦に振った。
僕と怜は社会人1年目。
元々は大学の同級生で、綺麗な黒髪をなびかせてキャンパスを歩く姿に、当時の僕は一目惚れした。
臆病な僕は声を掛けることもままならず、片思いすること一年半。たまたま駅のバス停で二人きりになったことがきっかけで付き合うようになった。
彼女は誰もが振り返るような外見ながら、社交的な性格で、男性だけでなく女性からも人気があった。誰とでも分け隔てなく付き合える彼女の周りは、いつもたくさんの人の笑顔で溢れていた。
まさに太陽のような存在で、暗い僕を明るく照らしてくれた。
ファミレスで僕がメニューを見ながら迷っていると、
「ほんと今井くんて優柔不断なんだから!じゃあ私が決めてあげるね」
と言ってくるのがお約束だった。
彼女の優しさに触れ、彼女の温もりに触れ、僕の世界は彼女で満たされていった。
いつしか僕は彼女の部屋へ転がり込み、同棲するようになっていた。
仕事を終え、彼女が待つ部屋へ帰る。急いで準備を整え、僕達は出発した。
☆ ☆ ☆
「うわぁ!今井くん、すごいよ! 見て見て!」
ライトアップされたその景観は、真っ白な雪の世界を色とりどりの鮮やかな景色として浮かび上がらせていた。
「すごい綺麗。来てよかった。これは今井くんのファインプレーだね」
そう言いながら僕に向ける笑顔は、それだけで僕を幸せにしてくれる。
「でもさすがに寒いね」
そう言って、両手をすり合わせながら、ハァーっと息を吹きかける彼女。僕はそんな彼女の右手を握り、そのまま、コートのポケットに突っ込んだ。
「えへへ、これはあったかいね。……今井くん、ありがと」
恥ずかしがりながら嬉しそうに笑う彼女。
でも、それが僕が最後に見た怜の笑顔になった。
☆ ☆ ☆
「いやぁ、眠い眠い。ちょっと仮眠とってもいい?」
帰り道、運転中の僕は眠気と戦っていた。強行スケジュールと、いつもより忙しかった日中の仕事の影響だ。
「うん、それでもいいけど明日も仕事でしょ。だったら私が運転代わるから、その間寝てていいよ。その方が早く帰れるし、ね」
「そう?それは助かるなぁ。じゃあ15分くらいでいいから頼むよ。その間、ガッと寝れば俺も回復するから」
「うん、わかった。まかせてね」
僕達は席を入れ替わった。
雨がポツポツと降り出した。みぞれ混じりの冷たい雨だ。
助手席に座った僕は、
「じゃあ、よろしく」
と言って、目を閉じた。
それからどれくらいの時間が経ったのだろう。
何かが爆発したような大きな音と、何かに叩きつけられた凄まじい衝撃で目を覚ました。
何が起きたのかもわからなかった。
目を開けると僕の横に、頭から血を流し、ぐったりしている怜がいた。
交通事故だった。
運転席側は大破している。
僕はシートベルトを外し、ドアを開けて、運転席側へ回り込む。
凍るような冷たい雨が容赦なく彼女に叩きつけていた。
「怜っ!大丈夫か?怜っ!しっかりしろ!」
僕は大破した車から彼女を救い出し、抱きしめながら叫んでいた。
「怜!おいっ、怜、しっかりしろ!」
すると彼女がゆっくりと目を開けた。
「い…まい…くん、……ごめ…ん…ね。……わたし……しん…じゃう…の…かな。……やだよ……もっと…いっしょ…に……いた…い…よぉ……」
彼女の瞳から涙が溢れ出てくる。
「怜っ!大丈夫だから!じっとしてろ!しゃべらなくていいから!」
僕は半狂乱で叫んでいた。
「ね、…いまい…くん、……わたし…の………ぶんも……………」
彼女は目を閉じた。そして二度と開くことはなかった。
「怜? 怜っ? 起きろよ怜! 何か言ってくれよ! なぁ、怜! 怜! 怜………」
泣き叫びながら僕は怜を抱きしめていた。
冷たい雨が、無慈悲に二人に降り注ぐ。
怜は僕の腕の中で静かに息を引き取った。
そして、僕は太陽を失った。
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