愛の不夜城

部屋に入ると暖房の温度を上げた。

そして浴槽にお湯を貯める。


羽月ちゃんはソファの上で、拾われてきた子猫のように丸くなり震えている。


「羽月ちゃん、大丈夫? お風呂にお湯貯めたから、ゆっくり入って身体を暖めておいで」


「は、はい。ありがとうございます」


答えたきり、固まったままだ。


「そのシャツ、綿だから身体が冷えちゃうんだよ。早く脱いじゃいな。乾かしといてあげるから。何なら脱ぐの手伝うけど」


と言ったら、弱々しく「えっち」と言って笑った。風呂に向かう彼女に、


「シャツとズボンは脱いだらこっちに投げといて。拾って干しとくから」


と声を掛ける。


「え、投げる?何でですか?」


不思議そうに聞き返す羽月ちゃんが風呂場を見て大きな声を上げた。


「ま、ま、丸見えじゃないですかぁ!!」


風呂もトイレも洗面も扉など無い。そして風呂はガラス張り。純情可憐純粋培養の高校2年女子には、ちと刺激の強い構造だ。


「何なんですか、この部屋は!」


「何なんですかって、ラブホテルだよ。この部屋しか空いて無かったから選択の余地はなし」


下心など皆無で、とにかく彼女の体調が心配だった僕は、冷静に言った。


「ラ、ラ、ラブホテルって、男の人と女の人が、あ、あ、あんなことや、こ、こ、こんなことをするという、あの、愛の不夜城とも呼ばれるラブホテルですか?」


彼女は興奮気味にまくし立てる。


「そうだよ」


僕がさらりと答えると、彼女は、


「え、でも、そんな、まだ、私、初めてだし、心の準備が、あ、いや、でも、もしかして、今井さんて、私のこと、きゃっ………いやーん!」


先程までの体調の悪さはどこへやら、グーにした両手を口の前で合わせ、身体をクネクネさせながら左右に振っている。

『ブリっ子はーちゃん』が誕生した。


「いいから、つべこべ言わずに早く風呂入れ!」


「は、はいっ!」


僕の出した大声にびくっとして敬礼しながら浴室に入っていった。



「今井さん、絶対こっち見ないでくださいよ! 見たら殺しますからね。そこから動いてもダメですからね」

「今井さん、聞いてます? なんかさっきより返事の声が近くに聞こえるんですけど、動いてないですよね? 少しでも動いたら殺しますからね」

「ねえ、今井さん、聞いてます?殺されたくなかったら……」


ずっとこんな調子。


今度は『殺し屋ハヅキ』が誕生した。



「風呂から出たらよーく拭くんだぞ。それからとりあえずだけど着替置いといたから。普段から車に載せてた俺の替え用のシャツなんだけど、無いよりマシだろ。まぁ、パジャマ代わりってことで我慢してくれ」


僕は風呂から一番遠い部屋の隅に、風呂に背を向ける形で背中を丸めて座っていた。命が惜しいので、殺し屋の指示に全面的に従った結果、こうしている。


羽月ちゃんは風呂から上がったようだ。


「えー、これ着るんですかー!」


「仕方ないだろ。それしか無いんだから」


「もう、今日だけですよ!」


不服そうだが、鼻歌が聴こえてくる。怒ってるんだが、喜んでるんだか、よくわからない。


「今井さん、お待たせしました。お風呂お先にいただきました。あれ?何でそんなところにいるんですか?まるでいじけてるみたいですよ」


「だって、羽月ちゃん殺し屋がここでこうしてないと殺すって言うから……」


「あれ、そうでしたっけ? もう、いいですよ。こっち向いてください」


その言葉に振り向くと、そこには僕のワイシャツを着た羽月ちゃんが立っていた。


「どうですか、似合ってますか? これ着るの夢だったんです。まさか今井さんのワイシャツを着れるなんて…うふふっ」


だぶだぶのワイシャツを着た彼女の

髪はまだ濡れていて、萌え袖になっている両腕を子供のようにぶんぶんと振っている。シャツの裾からは白磁のようなしなやかな足が見えている。そして上の2つのボタンを開けているので胸元はゆるゆると開いている。

そんな格好で少しだけ恥じらいを浮かべながら、無邪気な笑顔で僕を見ている。


あまりの最強彼女感に、


「か、かわいい……」


僕は無意識のうちに呟いていた。


殺し屋ハヅキは一撃で僕のハートを仕留めていった。

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