ラブ イズ ア バトルフィールド
――ピンポーン
「はーい、どうぞお入りなってください」
言われるままに玄関のドアを開けた。
「うわぁっ!」
すると、そこには羽月ちゃんのお母さんが、着物を着て正座していた。
「今井さん、ふつつかな娘ですが、どうかよろしくお願いいたします」
お母さんは三つ指をついて深々と頭を下げた。
いや、あの、別に両家顔合わせとかでもなく、ただお迎えに来ただけなんですけどね……。
「もう、お母さんは大げさなんだからー」
廊下の奥から羽月ちゃん登場。
「何言ってるの。あなたがお世話になるんだから当然でしょ。そんなことも出来ないひとは人間失格よ」
相変わらずのお母さんだ。
「いえいえ、こちらこそ。大切なお嬢さんをお預かりします」
「いつもすいませんね。どうぞお気をつけて行ってらっしゃい。あ、それからこれなんですけど、お腹がすいて
そう言って、五段重ねのお重を渡された……。
「お母さん、私たち、
「そうねぇ、羽月にはまだ少し早いかもしれないけど、いつだって愛は戦場なの。ラブ イズ ア バトルフィールドなのよ。グラミーシンガーのパット·べネター先生も仰っていたわ。今のうちから肝に銘じておきなさい。それがわかったなら、お行きなさい」
羽月ちゃんは「んー、ちょっと何言ってるだかよくわからないんですけど…」と小さな声で呟いてから
「じゃあね、お母さん。行ってくるねー」
と大きな声で言った。
☆ ☆ ☆
二人を乗せた車は、快適なスピードで中央自動車道を西へ走って行った。
「羽月ちゃんて、ユーミン知ってる? 」
「はい、松任谷由実さんですよね。母の影響でよく聴いてましたよ」
「じゃぁ『中央フリーウェイ』は? 」
「もちろん知ってます」
「じゃあ、もうすぐ見えてくるよ」
「何がですか?」
「ほら、あれ」
そう言って僕は右前方に見えてきた大きな建物を指差した。
「あ、もしかして右に見えるのは競馬場ですか?」
「その通り」
「へぇ、本当にあるんですね。あ、ちょっと待ってください」
羽月ちゃんは何かに気づいたように小声で歌い出した。
「今井さん、左側にビール工場が見えたりしますか?」
「うん。ほらあそこの建物だよ」
「わぁー、何だか聖地巡礼みたい。車から見てるだけですけど、テンション上がりますね」
「じゃぁ、歌いながら行きますか?」
僕はカーオーディオを操作する。
車の中が、彼女の声で満たされていく。その声は、普段の話し声とはひと味違って、澄んだきれいな声だった。
ちょいちょいフラットするのはご愛嬌。
「はぁ。歌っちゃった……恥ずかし。でも気持ちいいなぁ」
「羽月ちゃん、歌上手いんだね。聴き惚れちゃった」
「ホントですか! じゃぁもっと歌いましょうか? 」
そう言うと、彼女は嬉々としてカーオーディオとスマホを接続し、お気に入りの曲を流し、それに合わせて歌い始めた、ちょいちょいフラットしながら……。
「みんなー、今日はどうもありがとう。それでは最後の曲聴いてください」
いつの間にやら彼女のソロコンサートになっていた。ようやく90分ノンストップのライブの幕が閉じた。
「あー、疲れた。たくさん歌ったらお腹空いちゃいました」
そりゃあ、そうだろう。
「今井さん、どこかでお母さんのお弁当食べませんか? 」
トイレ休憩も兼ねてサービスエリアに寄ることにした。
「お母さんたら、どんなお弁当作ってくれたのかなぁ」
羽月ちゃんがルンルンでフタを開けるとそこには、
牡蠣
鰻
にんにく
ウコン
レバー
すっぽん
赤まむし
などなど……全体的にダークな色味の意味深な物が詰め込まれていた。
「今井さん、私の好きそうなものが無いので、この一段目は全部あげます」
それらがどういうものか理解していない羽月ちゃんは、天使の微笑みで僕に渡してきた。
――お母さん……これをどうしろと……こんなの食べたら大変なことになってしまいますが……。
「お母さんの手料理だから全部食べてくださいね」
天使の微笑みに言われるがまま、僕は完食しました。
嗚呼、きっともう眠れない。
その頃、自宅では
「あらやだ、私ったらパパに渡すのを間違えて羽月に渡しちゃったわ。どうしましょ? ま、でも、仕方ないわね。うふっ」
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