後輩彼女の幼馴染の女子大生が、彼女を奪うと宣戦布告してきたので、私も先輩彼女ポジ全開にして学園祭で修羅場る話

はんぺんた

後輩彼女の幼馴染の女子大生が、彼女を奪うと宣戦布告してきたので、私も先輩彼女ポジ全開にして学園祭で修羅場る話


 青天の霹靂へきれきとはよく言ったものだ。

 九月のまだ暑さの残る日の放課後にそれは起きた。


「ちょっと、どういうこと⁉ 何なのよ、三年生代表の姫に決まったって!」


 遠くからひぐらしのなく声が聞こえるほど静まり返っていた生徒会室。そこに私の声が響き渡る。

 生徒会役員たちが気まずそうに俯きながら、前生徒会長の園山華乃そのやま かのに助けを求める視線を送る。

 華乃に生徒会室に呼び出された時から、嫌な予感はしていた。

 そして、案の定とんでもないことをサラッと言われたのだ。


「だから〜、しーちゃんが学園祭の生徒会主催イベントのお姫様役に決まったのよ〜! 拍手〜!」

「何言って……! ほらそこっ! 拍手しない!」


 パラパラと遠慮がちに拍手していた役員たちを指差しひと睨みすると、みんな怯えたように手を止める。


「ほらぁ、しーちゃんってば、みんなびっくりしちゃってるじゃない。あの高嶺の花で有名な、美人で優しい月下先輩がこんな怖い人だったって〜」

「うるさいわよ! 何なのよ、姫って⁉ 何するわけ? いきなり決まったとか言われても、わけわかんないし!」

「えっとぉ、じゃあ、説明するから落ち着いて聞いてね」

「落ち着いて聞いていられる内容ならね」

「今年の生徒会主催イベントでは、仮装ダンスパーティーをするんだけどぉ」

「うん」

「各学年ごとにお姫様と王子様を決めてぇ」

「……で?」

「オープニングの舞台でダンスを踊るっていう、胸が熱くなるときめきをお届けしようと思って」

「……っ!」


 ニコニコ笑顔のまま、背筋の寒くなるようなことを平然と説明してくる。

 華乃かのとは小学生時代からの長い付き合いだが、本当に昔からこういう面倒事を平気で言ってくるのだ。


「ハァ? バッカじゃないの! 何そのくだらないイベントは! 嫌よ! そんな目立つこと絶対やりたくない!!」

「でも〜、もう変更きかないの〜」

「な、なんで?!」

「校内新聞でさっき発表しちゃったから」


 華乃は申し訳なさそうにしながらも、まさに『テヘペロッ』という表現がぴったりの、腹立つ顔をして言い放った。


「ちょ、ちょっと! ほ、本人の、了承も得ずに……なんてことするのよーっ!」


「ごめんなさい〜! でも、しーちゃん美人で人気あるからぁ、ね? ……そ、れ、にぃ〜」


 耳貸して、と言いながら手招きするのでしぶしぶ近づいてみる。


「日野君の妹さんも姫に選んだの。しーちゃんが一緒だからやるって言ってたよ? それなのに、やらないの?」


 耳元で、周りには隠しているはずの彼女のことを囁かれる。

 まさに青天の霹靂。

 思わずよろめいた。


「なっ……! ど、ど、ど、どうしてっ、梓ちゃんのこと……」


「ん〜? しーちゃんて彼女が教室に迎えに来ると、顔には出さないようにしてるけど、犬みたいに尻尾ブンブン振って喜んでるのが丸わかりなんだもの〜」


 「キャハ!」と口元に手を当てて、可笑しそうに笑う。

 華乃は本当に昔から感がいいというか、変に鋭い。私はいつも隠し事ができないのだ。


「ね? だからぁ、しーちゃん、お姫様役やってくれるでしょ?」


 イエスしか言えない状況にして、完全に追い込む。

 華乃は、そのふんわりした雰囲気に合うウェーブがかった長い髪と、憂いを含んだ優しげな美しい顔立ちで見た目からもファンが多い。

 さらにそこから繰り出される「キャハ!」とか「テヘペロ!」の様なあざとさ満開の態度で、周りの男子たちを完全に骨抜きにする女だ。

 だが、今は普段の華乃が見せない、獲物を狩るヒョウの様に鋭い視線を送ってくる。


「ぐぬっ……! わかったわよ! やればいいんでしょ、姫とやらを!」


 観念して受け入れる。いや、そうせざるを得なかった。断れば、さらに面倒なことになりそうだったからだ。

 華乃のことだから、きっと梓ちゃんにまた何かしら吹き込んで、結局は私にやらせる様にするはずだ。

 私が了承するやいなや、先程までの鋭い視線をコロッと崩し、ニッコリと笑顔を見せる。


「ありがとう〜! やっぱりしーちゃんて優しくて頼りになる〜!」


 ハァ、とため息を付くと、周りの生徒会役員たちが憐れむような目で私を見つめてくる。


「はい! じゃあ、しーちゃんも了承してくれた事だし。ここから先は、現生徒会長にお任せしまーす」


 華乃はニコニコしながら、隣に座る眼鏡の女の子に話しかける。


「あ、はい。園山先輩、ありがとうございました。……月下先輩、姫役よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた彼女は、現生徒会長の笹山さんだ。

 キュッと結んだおさげ髪に、眼鏡姿で華乃とは正反対の非常に真面目そうな印象を受ける。


「それにしても、なんで引退したはずの華乃が生徒会の仕事してるのよ?」

「あの、本来は現生徒会役員だけでお願いに伺うところでしたが、園山先輩が月下先輩と仲良しだと仰ってたので……。先輩方にご迷惑をおかけして本当にすみません」

「あ、いや、別に……」


 非常に申し訳なさそうな顔で、何度も頭を下げられるので、逆にこちらが申し訳なくなってくる。


「いーの、いーのぉ! だって、元々は生徒会長だった時に私が発案したイベントだし。笹ちゃんは、それを実現しようと頑張ってくれたんだからぁ。ね?」


 そう言いながら、キュッと笹山さんの手を両手で包み込むようにして握る。

 ポッと頬を染める笹山さん。華乃は男子だけじゃなく、女子も骨抜きにする魔性の女だと認識を新たにした。



 華乃と一緒に教室に戻ると、入り口付近に立っているあずさちゃんを見つけた。


「先輩! おかえりなさい」


 私に気づくと、すぐに眩しい笑顔を向けてくれる。


「あっ、うん……。すぐ帰る支度するから」


 それだけ言ってスッと梓ちゃんの横を通り過ぎる。

 いつもなら手を引いて、教室内で待ってもらうところだけど……。

 華乃に犬みたいに尻尾をフリフリしてるのが丸わかりと言われたことが気になってしまう。

 人前ではクールな対応を心がけなくては……。大丈夫、至って普通に出来ているはず。


「しーちゃん、無理しなくていーよぉ。ていうか顔、ニヤけるの我慢してて変になってるよ。お迎えに来てもらって嬉しいでちゅ〜っていうの漏れてるからぁ」

「う、うるさい! そんな顔してないし!」


 恥ずかしさを隠すように、ガシガシと鞄に教科書をしまっていく。

 華乃は可笑しそうにクスクス笑うと、梓ちゃんを手招きして私の横に座らせる。


「ねぇ、梓ちゃん。一年生代表のお姫様役を引き受けてくれてありがとうね〜」

「いえ、そんな。人前に出るのは恥ずかしいですけど……静流先輩が一緒なら心強いですし、頑張ります」


 私を見ながら、華乃に笑顔で答える。華乃に対してそんなニコニコしなくていいのに……と思う。

 こいつは魔性の女だから、なるべく梓ちゃんを近づけさせたくない。


「華乃もさっさと帰る支度しなさいよ」

「も〜、梓ちゃんとお話したいの〜。あ、しーちゃんてば、ヤキモチ焼いてるんだ! 梓ちゃんも大変ね、嫉妬深い恋びと……」

「支度できたから! 梓ちゃん、帰ろ!」


 からかう華乃の話を遮るように、バンッと勢いよく立ち上がると、そのまま逃げるように出口に向かう。


「あ、先輩待って……! 園山先輩、さようなら!」

「んふふっ。しーちゃん、梓ちゃん、バイバイ〜」



 早足で校門を出たところで、それまで必死で追いつこうとしていた梓ちゃんに腕を掴まれる。


「ハァッ……先輩ってば! ちょっと待ってくださいよ!」


 見れば完全に息が上がっている。私と小柄な彼女の身長差を考えれば当然だ。


「……あ、ごめん」

「どうしたんですか? 何かありました?」

「べ、べつになにも……。その、ゆっくり歩くから。帰ろう」


 華乃にからかわれて恥ずかしくなったとは言えない。年上の素敵な先輩のイメージを崩したくないのだ。いつまでも梓ちゃんの憧れでいたい。


「そうですか? ならいいですけど……」


 そう言うと、掴んでいた腕を解放された。暖かな温もりが消え、急に寂しくなる。

 そんな私の気持ちを見透かしたのだろうか。声をかけようとするやいなや、私の手にキュと指を絡めて繋いでくる。


「あっ……」

「もう先に行っちゃわないように、ちゃんと捕まえておきますから」


 ウインクしながら、そんなことを言われると胸がドキドキしておかしくなる。

 梓ちゃんは、華乃とはまた違った種類の魔性の女の子だ、きっと。



 梓ちゃんの家の前まで手を繋いで帰る。


「……それじゃ、また明日ね」


 もっと繋いでいたいけど、と名残惜しいが手を離そうとするも、キュッと更に力を入れて離してくれない。

 そのまま引き寄せられ、顔を近づけたかと思うとあっという間に唇を塞がれる。


「……っ!」


 外、しかも梓ちゃんの家の真ん前だというのにキスをするなんて。

 人通りがないのをいい事に、彼女はさらに舌を挿入させてくる。


「んむっ……! ちゅっ、……んっ! はぁっ……」


 唇を離すと、梓ちゃんは顔を紅くしながらいたずらっぽく微笑んでいた。


「さっきちょっとイジワルされたから、お返しです」

「なっ! だ、だからってこんな家の前で!」

「でも、先輩。本当は嬉しいんですよね?」

「……バカじゃないの」


 まだ暑さの残る夕暮れのせいか、お互いの顔は真っ赤に見える。

 繋いだ手も汗ばんでいるが離せないし、見つめ合う目も逸らせない。


「あ、あの、先輩! 家に上がっていきませんか? 今日、お兄ちゃんも親も帰るの遅いみたいなんで……」

「えっ」


 ドクンと大きく心臓が鳴る。付き合ってから数カ月。

 彼女とはまだキスまでしかしていないけど、誰もいない家に誘うってことは、まさか……。

 あらぬ想像をしてしまい、顔がさらに赤くなるのが自分でもわかる。

 ゴクリ、と唾を飲み込んで言葉を絞り出す。


「あ、そ、その……。う、うん、梓ちゃんがその、どうしてもって言うなら、えー、コホン。お邪魔しても、うん、い、いいかな……」


 ゴニョゴニョと私がそう答えると、梓ちゃんも顔を赤くして、はにかんだ様な笑顔を見せてくれた。

 繋いだ手に少しだけ力を込めると、彼女もキュッと握り返してくれた。 




「あずちゃん!」


 ドキドキしながら二人で家に入ろうとしたとき、後ろから彼女を呼ぶ声が聞こえた。


「……朝子お姉ちゃん?!」


 梓ちゃんは振り返ると、声の主を見て驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。

 私と繋いだ手をパッと離すと、そのまま声の主の元に駆け寄る。

 唖然としながら振り向くと、背の高い凛としたショートカットの美人のお姉さんが優しい顔で梓ちゃんの頭を撫でていた。


「お姉ちゃん、帰ってきたの? 大学は? いきなりいるからびっくりしたよ〜」

「あはは、驚かせてごめんね。大学は夏休みが長いからさ。あずちゃんに会いたくなって帰ってきたのよ」


 そう言うと愛おしそうな瞳で梓ちゃんを見て、さらに頭をナデナデしている。


 私の梓ちゃんなのに、あんなに頭を撫でるなんて。

 私だってまだ、あんなにナデナデしたことないのに。


「またすぐ冗談言う〜。あ、もうすぐうちの高校、学園祭があるんだけど、それまではいられるの?」

「うん。実は、亮輔君から学園祭があるって連絡もらったからさ。あずちゃんの通う学校が見たくて」

「あー、お兄ちゃんが。そっか、そっかぁ」


 梓ちゃんはふむふむと訳知り顔で頷く。


「っていうか、あずちゃん、学園祭があること教えてくれないんだもの」

「ごめんね。大学の夏休みが長いって知らなかったから……。忙しくて来られないかなと思って」


 二人の仲の良さを目の前で見せられて胸が苦しくなる。突然現れたこの美人なお姉さんは誰なのか。嫉妬で心がジリジリと焼けそうだ。


「あ! 先輩、こちらは家のお隣さんの朝子お姉ちゃんです」


 私の気持ちには全く気づいてない様子の梓ちゃんが、明るい笑顔で朝子さんを紹介してくれる。


「……初めまして。月下静流つきした しずると申します」

「初めまして、月下さん。和泉朝子いずみ あさこです。よろしくね」


 髪を耳に掛けながら、朝子さんは美しく微笑む。

 大人っぽい色気を放つ彼女に、思わず負けた気がしてたじろぐ。


「ねぇ、あずちゃん、月下さん。よかったらこれから一緒にお茶しない? いろいろお話したいな」

「えっ、これから? ……えっと、その、あの、これから先輩と家で……。あ、その、あー、遊ぼうかなと思ってたから……」


 朝子さんはモゴモゴと口ごもる彼女の様子などお構いなしに、グイッと手を握る。

 そして、有無を言わせぬ様な笑顔で梓ちゃんに迫る。


「二人で何して遊ぶの? お姉さんも混ぜて欲しいなぁ、女子会しよ」

「あ……うん」


 朝子さんの迫力に負け、頷いてしまった梓ちゃんは申し訳なさそうな顔で私を見て小声で囁いた。


「先輩……。あの、お姉ちゃんと一緒にお茶……すみません」

「べつに、全然気にしてないし……! ほら、入ろう」


 本当は残念すぎて仕方がないけど、素直に言えない。

 朝子さんに手を引かれ家の中に入る梓ちゃんの背中に、小さな溜息を漏らし後に続いた。



「あずちゃんの部屋に入るの久しぶりだな〜!」


 朝子さんは部屋に入るなり、ベッドの上に腰掛け、ニコニコと上機嫌に足をプラプラさせている。


「あ、先輩はこちらの座布団をどうぞ」

「うん、ありがと……」


 梓ちゃんのベッド……。

 出来ることなら私だって腰掛けたり、ゴロンと寝そべったりしたいのに。

 どうしても遠慮して一歩を踏み出せずにいる。それはきっと彼女と重ねた時間の短さのせいだろうか。

 朝子さんと梓ちゃんの過ごした時の長さと濃度は、私の気持ちを暗く沈めるのに充分な威力を発揮する。


「それじゃ、飲み物とってきますね」

「ありがとう〜!」

「うん、ありがと……」


 梓ちゃんを笑顔で見送った朝子さんだが、彼女が部屋を出るとフッと笑みが消えた。そして私に鋭い視線を送ってくる。


「……月下さんって、もしかしてあずちゃんと付き合ってるの?」

「えっ……? な、な、なんですかいきなり」


 声のトーンが先程までと打って変わって、低くて冷たい。

 そしてあまりに予想外の質問だったので、動揺を隠せない。

 だけど、朝子さんはお構いなしに質問を投げつけてくる。


「さっき、手……。恋人繋ぎしてたよね? ねぇ、いつから付き合ってるの?」


 朝子さんから放たれている何かが、私をひどく圧迫してくる。正直に言うしかない、そう思うほどに。


「五月くらいからですけど……」

「……やっぱり。こんなことなら、さっさと私のものにするべきだった」

「え?」


 カリっと親指を噛みながら、忌々しそうな悔しそうな顔で私を睨みつけてくる。


「私の方があなたより、ずっと! ずっと前からあずちゃんのことが好きなの」

「……!」


 梓ちゃんを好き?

 いま、この人はそう言ったのか?

 どうりで梓ちゃんに必要以上にベタベタすると思ったら……。この人は危険だ。


「別れてよ」

「な、なに言って……! 嫌ですっ!」


 バチバチと睨み合う。


「あずちゃんが成長するまで待っていたのに……。なんでポッと出のあなたに盗られなきゃならないのよ」

「時間の長さとか関係ないですからっ! 私と梓ちゃんはラブラブなの! 大人しく諦めて!」

「い、や、よ! あずちゃんのこと奪うから、覚悟しときなさい」

「ふざけ……」


 ガチャ


「先輩、お姉ちゃん、お待たせ〜!」

「あずちゃん、おかえり〜」

「……っ!」


 梓ちゃんがジュースを持って戻ってくると、朝子さんは途端にニコニコして、何事もなかったかのような態度をとる。


 私はそこまで器用にできず、鏡を見なくても顔が引きつったままなのが自分でもよくわかる。


「先輩? どうかしましたか?」

「う、ううん! どうもしないよ?」


 本当は今すぐにでもこの場から連れ出して、朝子さんに狙われてるから近づくなと言いたくてたまらなかった。

 でも、もしそれを伝えて、梓ちゃんが朝子さんのことを意識しだしたら……と思うと、怖くて伝えられない。

 その後も朝子さんと梓ちゃんの仲の良さを目の当たりにさせられ、私は暗い気持ちで家路につくのだった。



「しーちゃん、遅くまでごめんね〜」

「ううん、いいの。やるならきちんとやりたいし」


 仮装ダンスパーティーのオープニングダンスのため、放課後に学年ごとに選ばれた姫と王子でそれぞれ練習をしていた。

 三年生は特に他の学年よりステップが難しく見せ場が多いので、このところ毎日、他学年より遅くまで残っていた。

 練習を終えたあと、華乃が労うようにタオルを差し出してくれる。


「あの、しーちゃん。なんか最近……元気なくない? なにかあったの?」

「……っ。別に」


 華乃は本当にどうしてこういうことにすぐ気づくのだろう。

 フイッとそっぽを向きながらも、僅かな変化を分かってくれることに少し嬉しさを感じた。


「ほらほら〜、別にって顔じゃないよ〜? 私で良ければ相談にのるから。ね? どうしたの?」


 こういう時、華乃はグイグイと聞き出そうとしてくれる。

 なんだかんだ言って、こんな彼女に私はきっと救われているんだろう。


「その、実は……」




 朝子さんから宣戦布告を受けたこと。

 さらにはここ数日、私が練習帰りに彼女の家の近くを通るたびに、二人でいる場面を目撃してしまうことを話した。


「うわ〜、幼馴染の美人女子大生がライバルとか……。それは強敵ね〜」

「もう嫌になるくらい強敵よ。昨日だって……」



 ダンスの練習で遅くなった私は、今日も梓ちゃんの家の近くを通って帰る。

 一緒に帰れない日々が続き、少しでも会えたら……という思いから、駅に向かう道を遠回りしているのだ。


「あ! 先輩!」

「梓ちゃん! ……っ!」

「月下さん、こんばんは」


 まただ。

 今日もまた、朝子さんが一緒にいる。


「……こんばんは」


 嬉しそうに駆け寄ってくる梓ちゃん。

 その後ろで、朝子さんは勝ち誇ったような目で私を見つめてくる。


「先輩、今日も練習お疲れ様でした!」

「う、うん」


 苦しい胸の内をどうにか隠して、笑顔を作る。

 大丈夫。梓ちゃんは私のことを好きでいてくれている。

 だって、こんなにもキラキラした笑顔を向けてくれるのだから。

 だけど……。梓ちゃんが両手に抱えている持ち物に目が止まる。

 シャンプーやタオルを乗せた洗面器が嫌でも目に入ってくる。


「それ、どうしたの?」

「あ、これからお姉ちゃんと近所の銭湯に行くんです」


 銭湯に一緒に行く……?

 それはつまり、お互い裸になるわけで。恋人の私でさえ、まだ見たことがない梓ちゃんの裸を朝子さんが見るってことだ。

 そんなの、いやだ。

 許せない。

 だって、梓ちゃんは私の恋人なのに。

 なんで朝子さんに裸見せちゃうわけ?

 なんで二人で行くの?

 朝子さんは、いやらしい目で見てるんだよ?

 幼馴染だからって、ちょっと無防備すぎるんじゃないの?

 自分の中から沸き起こる激しい嫉妬心に目の前が暗くなる。


「……へ〜、銭湯行くんだ。私とは行ったことないのに」


 自分でも驚くほど冷たい声で非難してしまう。

 だめだ。

 こんな言い方じゃ、私のドロドロした感情を見抜かれてしまう。

 きっと梓ちゃんだけでなく、朝子さんにも。


「せ、先輩と銭湯なんて……行けないですよ」


 目を逸しながら、そんなこと言わないでほしい。

 私とは行けないのに朝子さんとは行けちゃうなんて。


「……っ! 別に私だって! 一緒に行きたくなんかないんだから! 朝子さんと仲良く行けばっ!」

「えっ? 先輩っ……!」


 やってしまった。

 あんな言い方したくなかったのに。

 抑えられずに気持ちが爆発してしまった。

 その場から逃げ出すようにして走る。

 このまま走り続けて、この気持ちも置き去りに出来たらいいのに。



「そっか……。つらいね、それ。で? それから梓ちゃんとは話したりしてないの?」


 華乃は珍しく真面目な顔で心配してくれる。

 普段は振り回されることばかりだけど、こういう時の華乃は安心して悩みを相談できる唯一の存在だ。


「うん。……だって、なに言われるか考えたら怖くて」

「でも、それって梓ちゃんも同じじゃない?」

「え?」

「だってあの子にとって、朝子さんはただの幼馴染だし。いきなりしーちゃんが怒り出して、びっくりしてるよ」

「でも、朝子さんの気持ちを知ったら、好きになっちゃうかも。だってあんなに美人だし……」

「ならない! ならない〜! あのねぇ、梓ちゃんてしーちゃんに一目惚れしたんでしょ?」


 華乃はそう言うとなぜかプリプリと頬を膨らませて、少し怒ったような表情を見せた。


「一目惚れ舐めないで! もぅ〜! 梓ちゃんはしーちゃんが大好きだから!」


 梓ちゃんが心移りするのではと、ウジウジと悩んでいた私を一刀両断するかのように断言してくれた。


「……華乃、ありがとう。私、梓ちゃんときちんと話してみる」

「うんっ。それでこそ、しーちゃんよ」

「だから、あの、お願いがあるんだけど……」

「?」


 華乃にコソッと耳打ちすると、彼女はいたずらっぽく笑い、OKと指でサインをくれた。



「クレープいかがですかぁ〜!」

「綿あめ美味しいよ〜」

「二階でお化け屋敷やってます!」


 今日はいよいよ学園祭当日。

 様々な呼び込みの声が四方八方から飛んでいる。

 ザワザワとした喧騒の中、私は仮装ダンスパーティーの衣装に着替え、生徒会室に向かう。

 あれから梓ちゃんとはあまり会えない日々が続いていた。

 会えない、というよりもわざと会わないようにしていた。

 もちろんスマホで連絡はとるものの、他愛もない内容ばかりで、あの日のことには触れない。

 華乃にはきちんと話をすると言ったものの、やっぱり勇気が出なかった。

 でも、今日はダンスイベントで確実に、嫌でも梓ちゃんと会うことになるのだ。

 もう呆れられてるかもしれない。

 でも、今日こそは逃げないで立ち向かう。

 そんな決意を胸に、生徒会室のドアをノックした。



「あ! しーちゃん! わ〜、やっぱり綺麗! ドレスが良く似合ってるぅ〜!」

「……ありがと」


 室内に入るなり、華乃が目をキラキラさせて褒めてくれる。

 生徒会室の端の方で、気まずそうな顔で佇む梓ちゃんが見えた。

 話しかけなければ。ここで引くわけにはいかない。

 一歩、二步と近づく度に緊張で顔が強張る。


「……梓ちゃん」

「先輩……。こんにちは」


 ふんわりした水色のドレスは、色素の薄い彼女の髪色に良く合っていた。


 フワフワしたパーマがかった髪から覗くイヤリングはいつもの可愛らしさをより大人っぽく見せていた。

 薄くお化粧も施していて、今日の梓ちゃんは一段と魅力的で心臓が高鳴った。


「あの、梓ちゃん。あとで話が」

「あら、月下さん。ドレスが素敵ね」

「……!」


 後ろから、いま一番会いたくない人に声をかけられた。

 振り返ると、やはり朝子さんがそこにいた。


「なんで、ここに? っていうかその格好は……?」


 彼女は、まるで絵本から飛び出して来た王子様のような格好をしていた。

 髪を後ろに流す様にセットし、切れ長の目にスラリとした長身は男装の麗人と言う言葉がピッタリ合う。


「あずちゃんのパートナー役の子が病欠で、私が代わりに王子役をやることになったのよ」


 そう言うと梓ちゃんの肩を抱き寄せて、私に挑戦的な視線を投げつけてくる。


「なにそれっ! どうしてあなたが……!」

「ねぇ、あずちゃん。最後にもう一度、あっちで練習に付き合ってよ」


 私の言うことを無視して、梓ちゃんの手を引くとそのまま部屋を出て行こうとする。


「う、うん。先輩、すみません。またあとで……」

「あ……」



「華乃っ! どうなってるの⁉」


 ギロリと華乃を睨みつけながら詰め寄る。華乃は私の味方で、応援してくれるんじゃないのか?

 ジリジリと壁際に追い詰めて問いただす。


「し、しーちゃん! ちょっと落ち着いて……!」

「落ち着いていられると思う?」


 あまりの腹立たしさに、ギリギリと歯ぎしりしながら睨むと、両手を合わせて「ゴメン!」と謝ってきた。


「でも、パートナー役の子がお休みで困ってたのは本当だもの。ちょうど梓ちゃんの側にいたお姉さんがダンス経験があるっていうから……」


 確かに、本番当日にパートナー役が休んだのは華乃の責任じゃない。

 ダンス経験もあり、見た目も王子役にピッタリな朝子さんが申し出てきたら、断ることなどできないだろう。


「ハァ……。よりによって梓ちゃんのパートナーなんて。どうしてこうなるのよ……」

「梓ちゃんの恋人はしーちゃんだよ。ねえ、それを忘れないでよ」

「そんなの……」

「皆さーん! そろそろ本番なので、体育館に移動してくださーい!」


 係の人が呼びかける声が響く。

 華乃は優しく微笑むと、落ち込む私を励ますように肩を叩いて送り出してくれた。


「さぁ! 本番、がんばって!」

「……わかってるわよ」


 そう、わかってる。

 恋人だからこそ、苦しいのだから。



 体育館の舞台袖に王子役と姫役の男女が集まり、もうすぐ始まるイベントを待ち構えている。

 いよいよ仮装ダンスパーティーの始まりだ。

 生徒会長の笹山さんがイベント開始の挨拶をするために舞台に上がる。

 彼女も二年生の姫役に選ばれたのだが、普段の真面目な姿とは全くの別人に変身している。

 おさげ髪を解いて、眼鏡を外した姿は本当に気品ある姫の様に美しい。

 舞台下で見ている生徒たちはみんな驚きを隠せないように惚けた表情をしていた。


「それでは、ダンスパーティーを始めます! まずは、一年生の姫と男装の麗人のペアからどうぞ」


 生徒会長に指名され、梓ちゃんと朝子さんは手を取り合って舞台に上がる。

 二人が客席に一礼すると、みんなから拍手と歓声が上がる。

 音楽が流れ出し、客席の視線が一気に二人に集まる。

 お互いに微笑んで見つめ合うと、再び手を取り合いダンスを始めた。

 急遽仕立て上げたペアとは思えない、ピッタリと息の合った二人のダンスに胸が苦しくなる。

 早く終われ、と心の中で祈らずにはいられない。

 お願いだから、そんなうっとりした様な目で彼女を見ないでほしい。キュッと唇を噛み締め、悔しさに耐える。

 短い時間のはずなのに、長く感じたダンスもようやなく終わり、二人が客席に礼をする。

 そのまま舞台袖に戻るはずなのに、朝子さんが急に膝を付いて梓ちゃんを引き止める。


「姫。あなたを愛しています。私と……ずっと一緒にいてください」


 そう言うと、まるで本当のプロポーズの様に梓ちゃんの手にキスをした。

 途端に客席からはドッと歓声が湧いた。

 キャーッという女子たちの黄色い声がいくつも聞こえる。


「えっ! お、姉ちゃん……⁉」


 梓ちゃんは明らかに狼狽えている。

 朝子さんの目は真剣だ。

 きっと、演技じゃないことに気付いただろう。

 …………………………。

 ………………。

 ……もう無理だ。

 抑えられない。

 私は、舞台に向かって走り出した。



「ちょっと待ったーーーーーーっ!」


 ドレスのスカートを両手で抑え、そう叫ぶと一気に舞台中央の二人の元まで駆けつける。


「せ、先輩っ⁉ ど、どうしたんですか!」

「ちょっと⁉ 月下さん、何しに来たのよ!」


 二人とも驚愕した顔で私を見つめる。

 客席も私の突然の登場に驚いたようで、なんだなんだとザワザワしている。


「何しに来たの? じゃないっ! ふざけんじゃないわよ!」


 朝子さんを睨みつけながら怒りをぶつける。

 私の怒声にザワついていた客席は静まり返り、音楽も鳴り止んだ。


「梓ちゃんはっ! 私の恋人なのっ! あなたには絶対に渡さないっっ!!!!」


 静まり返った館内に、私の声だけが響き渡る。


「……お姫様は昔から王子と結ばれる運命なのよ。大人しく舞台袖に引っ込んでなさい!」


 朝子さんも負けじと私を睨みつけながら言い返す。二人の間に火花が飛び散る。

 そんな様子に梓ちゃんは、どうすればいいのかわからないという表情をして、今にも泣きそうだ。


「引っ込むのはそっちでしょ! 私の恋人に手を出すんじゃないわよ!」

「そんなの関係ない! あずちゃんは本当の気持ちに気づいてないだけ! 昔から、この私に! 憧れてくれてたんだから!」

「二人とも、ストーーーーップ!」


 梓ちゃんは、私たちが言い合いしている間に入り、大声で静止させる。

 そして、朝子さんに向き直ると、申し訳なさそうにしながらも、はっきりと答えた。


「お姉ちゃん、ごめんなさい。私、本当に先輩が好きなの」

「……! そ、んなの……、勘違いよ」

「ううん。勘違いじゃないよ。この世界で先輩だけが特別なの。私がほしいのは先輩だけなの」


 一番聞きたかった言葉を今、はっきりと口にしてくれた。嬉しくて、思わず涙が溢れた。

 梓ちゃんはそんな私の顔を見ると優しく微笑んだ。

 そして暖かく包み込むように、指を絡ませ優しく手を握ってくれた。


「姫同士が結ばれる物語なんてないの!」

「ないなら私たちが作るわ。梓ちゃん、行こう!」


 二人、手を取り合って舞台を降りる。


「しーちゃん! これ、約束の!」


 華乃が舞台袖から声をかけてきた。

 投げてくれたものをうまくキャッチする。


「ありがとう、華乃! 私たち行くから。あと、よろしく」

「任せて」


 ニカッと歯を見せて嬉しそうに笑う華乃は、やはり頼りになる私の親友だ。

 すべてを任せると、梓ちゃんと二人で客席を走り抜け、体育館を後にした。



「開いた!」

「ここ、勝手に入っていいんですか?」

「元生徒会長公認だもの」


 華乃に借りた鍵で、扉を開けるとそこには――。


「うわぁ! 綺麗……!」


 屋上から見える景色は、遠くの海や山々まで見渡せてとても美しく感じられた。

 普段は危険だからと鍵がかかっている屋上だから、ここから景色を眺めるのは初めてだった。


「こんなに綺麗な景色、学校から見えるなんて嘘みたい」

「二人一緒だから、綺麗に見えるんじゃない?」

「そう……ですね。先輩と一緒に見られて幸せです。少し前まで、不安だったから……」


 梓ちゃんは抑えていた気持ちが、溢れてしまったかのようにポロポロと涙をこぼした。


「……ごめんね。私、嫉妬して……。梓ちゃんを不安にさせてしまって」


 彼女の頬に流れる涙を指で優しく拭う。触れた指先が涙で濡れ、愛おしさが込み上げてくる。


「そんな! 先輩は悪くないです。私がお姉ちゃんのこと、気付いてなかったから」

「ううん」

「先輩。これからもお姉ちゃんは私のお隣さんで幼馴染です」

「うん……」

「でも、これから先もこんなにドキドキして、触れてほしいって思うのは先輩だけですから」


 そう言うと私の手を取って、左胸に触れさせる。初めて触れる柔らかな感触。

 その奥で、脈打つ心臓の鼓動はドクンドクンと早く大きく感じられた。


「私も先輩に触れたい」

「……どうぞ」


 私の左胸に梓ちゃんの手が触れる。


「……んっ」


 軽く触れられただけなのに、ビクンと身体が反応してしまう。

 一瞬で、心臓は早鐘のように鼓動を打ち鳴らし始める。


「……すごい。先輩の心臓、ドキドキしすぎ」


 梓ちゃんはクスッと笑うと、左胸に触れていた手をさわさわと動かし、胸を揉みはじめた。


「あっ……! ちょ、ちょっと……んっ……ふぁっ」

「先輩、かわいい……。ドレス姿の先輩、綺麗すぎて、私……」


 そのまま背伸びして私の唇を塞ぐ。


「……ちゅっ……ふぁ……あんっ! ……あっ! ……んあっ」


 口の中を舌で蹂躙されながら、胸も優しく揉まれると、それだけでもう私の意識は飛びそうになる。


「んっ……ちゅっ。先輩、続きはまた今度……していいですか?」


 耳元で甘く囁かれる。吐息が耳にかかる度にゾクゾクする。


「……うん。して……ほしい」

「……はい、わかりました」


 二人とも顔は真っ赤になったまま、強く抱きしめ合う。


「梓ちゃん」

「はい」

「せっかくドレスを着てるんだし、今日はこのままダンスをしない?」

「はい!」


 にっこりと微笑み合い、手を取り合う。誰もいない、二人だけのダンスパーティー。

 お姫様同士のダンスだっていいのだ。だって、こんなにも楽しくて愛おしい彼女が相手なのだから。


 私たちのダンスは続いていく。


 ずっと――。



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後輩彼女の幼馴染の女子大生が、彼女を奪うと宣戦布告してきたので、私も先輩彼女ポジ全開にして学園祭で修羅場る話 はんぺんた @hanpenta

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