3章 7話 高座返し

 目を開けると一面の夜空に4つの星が輝いていた。俺は星に詳しくないから、それが星座の一部であるのかは分からない。


 漠然と屋上で見る夜空は、プラネタリウムのような感動的な星々の密度を想像していたけど、目の前に広がるのは町で見る普通の夜空だ。

 どうやら俺はテレビドラマやアニメの影響を受けているらしい。


 もうすぐ夏休み。天体観測に行くのも良いかもしれない。


「目が覚めたんだね。よく眠れた?」


 頭の上から声が聞こえる。そこには俺を見下ろすフューレの優しい顔があった。

 

 フューレが言う通り、俺はこの屋上のベンチの上で睡眠をとっていた。


 数時間前、『饅頭こわい』を成功させた後、俺たち4人は町で起こっている現象を探る為の作戦会議を行った。そして次の作戦の前に俺は一眠りをしていた。


 上体を起こして腕を伸ばす。硬いベンチの上で長時間横になっていたからか、背中に軽い痛みを感じる。


「爆睡だった。授業の疲れが取れた」


「そうだろうね。委員長の寝顔はとても楽しそうだったからね。ところでどんな夢を見ていたんだい?」


「何の夢も見ていない。目を閉じてから気が付いたら今だった」


「嘘はいけないよ。だってとても楽しそうだったからね。もしかして言うのが憚られる夢だったのかい? 僕と委員長の仲じゃないか。僕にだけでも教えてくれても良いと思うのだけど」


「本当に覚えていないんだ。だから教えようがない」


「気になるな。だってとても笑顔だった。きっと面白い夢だったんだ」


 嫌にしつこい。俺は助けを求めるように安長を見ると、頷いてから俺に近寄ってきた。


「委員長とフューレさんは本当に仲が良いですね。私と委員長の関係がもっと親密だったら、先程私が提案した膝枕も受けてくれたのかしら」


 安長は俺が寝ようとすると、膝枕をしたいと言って聞かなかった。安心しきっている寝顔を見ながら頭をなぜたいとのことだが、安長に膝枕をされたら緊張して眠れないと言ったら引き下がってくれた。


 安長は包容力の塊のような人で、プロポーションに関してもとても魅力的な包容力を持っている。

 仮に安長の提案を受けて膝枕をしてもらったら、俺は平静を保っていられる自信は無い。平静を保てたとしても、全ての意識が頭で受ける膝の感触に支配されて、眠れないのは確実だ。


「俺は膝枕をされるような年齢じゃない。恥ずかしいじゃないか」


「恥ずかしくないですよ。だって私はそう思わないのですからね」


 謎の説得力があるがそれどころじゃない。


「そんな事よりも俺が眠っている間に、町で落語が再現された形跡はあったか?」


「数は多くないけれど、それらしき反応は感じました。演目までは分かりませんが、やはり無差別で起こっているようです」


「そうか。屋上でじっとしていても、現象の意図はわかりそうにない。外に出る必要がある。それに夜だしな。そろそろ学校を出るか」


「ではこれからどうしますか?」


「そうだな……。解散するのは危険だから、晩御飯を4人で食べに行かないか。夜だし」


「委員長が誘ってくれるのなら、私に断る理由はありません。ぜひ行きましょう」


 安長の確認が取れたので浦島を見る。


「お疲れの委員長を1人にはさせられない。

 俺は勿論付き添う。力のない委員長に同行するのは、クラスメイトとして友人として当たり前だ」


 言われる相手によっては嫌味に聞こえる言葉でも、浦島の全身をまとう爽やかさが上乗せされると、頼りがいのある言葉に聞こえてくる。


 安長は甘えたくなる姉だが、浦島は頼れる兄貴と言った風だ。

 本館に入る前、チャラい3人衆が浦島を慕っていたのは、この兄貴的な部分に惹かれたのだろう。


「それじゃあ行くか」


「ちょっと、僕には聞かないの? 忘れたんじゃないだろうね」


「フューレを忘れる訳は無いだろ。聞かなくても分かるから聞かなかったんだ。一緒に行くだろ」


「行くんだけどね。何だか腑に落ちないな。それと夢の話、後で聞かせてよね」


 4人で食事は何が良いのだろうか。


 食の好き嫌いを話し合った末に、俺達4人は取りあえず繁華街を歩く事にした。

というのも、安長も浦島も食事を取る必要が無いらしい。


 安長は水を飲んでいたら十分らしく、浦島はそもそも水すら飲まなくても問題ないそうだ。なんて便利な体なんだ。


 だから食事は興味の薄い娯楽の認識しかないので、好き嫌いの拘り自体が無いそうだ。つまりは何が食べたいかと聞いても、「何でもいいよ」から先に進まなかったので、仕方がなく繁華街を歩くしかなかった。


 問題はそれだけではなかった。学生服で夜の繁華街を歩くという行為、それは補導してくれと叫びまわっているようなものだ。

 この問題は簡単に解決が出来た。困った時のフューレだ。

 フューレはいつもの方法で、空中から服を取り出した。


 目立った柄物は一切なく、とんでもなく無難な服装だが、俺がいつも着ている私服とそう変わりない。

 

 そう言う訳で服を着替えたのだが、学生服を着ていない安長と浦島は、高校生には決して見えない。老けているのではない。佇まいや雰囲気が大人びているし、実際に誰よりも長く生きている。


 それもあってか、今まさに居酒屋のキャッチに捕まっている。


「今ならビール1杯無料券を付けちゃうよ。料理も安くて美味しい。絶対に損はさせないから。ねえお兄さん、どう?」


 安長も浦島も設定上は高校生だ。ビールは飲めば犯罪だ。


 それを理解しているのか、もしくはビールを飲むべき状況じゃない事を分かっているのか、浦島は「悪いけど、ビールの気分じゃないんだよね。お兄さん元気だから協力してあげたいんだけど」とやんわりと断る。


 それでも引き下がらないキャッチは「気分じゃないならソフトドリンク! ソフトドリンク無料券でどうだ!」


 さすがの浦島も振り返って俺にアイコンタクトで助けを求めてくる。

 こんな場所で騒がれては迷惑だ。仕方が無いので頷きを返すと、浦島は「お兄さんには負けたよ。案内してくれ」


「はい、4名様ご案内。エレベータを上がって4階にあります。ありがとうございます!」


 キャッチは浦島に割引券と無料券を渡すと、細い建物に設置しているエレベータを指差したので、キャッチが言う通りにエレベータのボタンを押す。


 蛍光灯が切れかけているのか、明滅する光に照らされながらエレベータを待つ。しばらくするとチャイムの音と共にエレベータが到着した。その箱の中は狭いうえに、鈍色の壁の隅には汚れがこびりついているので息苦しさを感じる。


 目的の階に到着して扉が開いた先は、すぐに店内になっている。そこは煌々と明かりが点いているので、エレベータ内部との落差でとてつもなく明るく感じる。


 だがそんな眩しい店内には客がチラホラとしかおらず、店員の元気な声は空回りをしているようだ。

 

 割引券と無料券を店員に渡すと席を案内された。席について数秒後には水とおしぼり、そしてお通しが運ばれてくる。


 お通しはサラダと焼餅という謎の組み合わせだ。


 お通しで餅は無いだろう。そもそも餅とサラダは合わないと思うんだけど。


 俺はサラダも餅も食べずに、テーブルの隅に皿を置いた。安長と浦島はサラダだけを口にした。

 一方のフューレはさすが宇宙出身だと言える。偏見が無いからか、真っ先に餅を口にした。


「このお餅、美味しい。次は」


 とフューレは続けてサラダを食べた。


「なんだか変わった味だね。まずい事は無いけれど、美味しいとも言えないね。ソースが野菜とかみ合っていないんじゃないかな」


 突然の毒舌に笑いそうになる。だけど嫌な予感がしてそれを飲み込んだ。


 俺たちが繁華街で夕食を食べるのは、ついさっき決めた事だ。更にこの居酒屋に入ったのも、偶然この通りを歩いていたからだ。


 だから深くは考えていなかった。


 既に状況は始まっている。違和感こそが唯一、異常を回避できる方法なのに、それを頭から除外していた。

 お通しがサラダと餅という違和感に、もっと早くに気が付くべきだった。


 フューレが音を立てて机に突っ伏す前に……。

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