1章 7話 ツチノコの痕跡を見た!

 俺達ツチノコ調査班は多田篠公園の入り口に到着した。


 コの字型のポールが自然豊かで平和な公園と、車両が行き交い喧騒が支配している外界との境界の役割を果たしている。


 恐らく俺やフューレが記憶を消されたのは、この公園内の出来事だと思われる。だからこそこの境界を超えるのは、少しだけ緊張をする。


 俺は以前にこの多田篠公園を訪れた事がある。それはゴールデンウィークの出来事であり、思い返してみればその時もおかしな事件に巻き込まれた。


 前回は一見すると普通に見える人達とここに来たが、今回は宇宙人や妖怪や幽霊や霊能力者といった明らかに普通でない人と共に事件を解決する為に来ている。


 俺と多田篠公園の間には奇妙な縁があるのかもしれない。

 もしくは……。


 そんな感慨にふけってポールを触りながら公園の奥を見ていると、腰のあたりを叩かれた。


「何をしておる。行かんのか?」


 振り返ると阿字ヶ峰が俺を見上げて首をひねっている。


「悪い。少し考え事をしていた。それじゃあまずは……、その辺を歩いてみるか。何かあったら教えてくれ」


 呼吸を整えると多田篠公園に足を踏み入れる。1歩、また1歩と足を踏み出すごとに、騒がしい町がその存在を薄くする。


 だからこそ多田篠公園は住民の癒しの場として機能しているのだ。町の生活に疲れた人々は、嫌な事を忘れるために公園に来る。

 そんな人々を受け入れるのに十分な広さと環境が、多田篠公園にはある。


 普通ならばそれで納得するだろう。


 だが俺は違う世界の存在を知っているから、この公園にも恣意的なものを感じずにはいられない。


 多田篠公園には大きな特徴があるからだ。

 それは人工の公園である事。遠い昔、この辺り一帯は何もない原っぱだったらしい。月日が流れて小さな村でしかなかったこの町にも人が増え、勿論民家も増えた。

 だがこの広大な土地を保有していた地主は、土地の保有権を国に譲渡した。


 国が譲られた土地で何をしたか。それは自然環境の実験だったらしい。

 森を人の手で0から設計することで、動植物の発生の推移を観察する為の実験場として多田篠公園は作られた。


 もし別の目的があるのなら……、何てタレントが作家に言わされているような、馬鹿馬鹿しく突拍子が無い都市伝説を考えていると、T字路に差し掛かった。


 俺は腕を組んで前方の生垣を眺めた後に、左右に首を振って歩道の先を確認しているとフューレが弾むように前に立つ。


「どちらに行くんだい?」


「そうだな……」


 もし俺が純粋にツチノコを探しに来たのなら何をするか。ツチノコは蛇である。人の作った道をなぞるとは思えない。

 ならば進むべき道は直進だ。

 

 俺は若葉が青々と茂る生垣に手を掛けて、その奥を覗き込む。雑草がまばらに生えた地面には、所々土色が顔を出している。


「痕跡はないか。あったとしても消えているかもな」


「何を探しているの?」


 フューレは俺の横に並ぶと、俺と同じように地面を見る。


「ツチノコは蛇みたいに這って移動すると聞いた事がある。もしかしたら這った痕跡があるんじゃないかと思って」


「痕跡……、そうだ。どうして僕は考え付かなかったんだろう」


 フューレの突然の大声は俺を驚かせるには十分であった。その結果として俺は生垣に向かって前のめりに倒れてしまった。


 全身に感じる土と雑草の冷たさは、何故か心地よいと思えた。恥ずかしさで火照った体を冷まそうとする自然の優しを甘受していると、顔の近くに手を差し出された。


 その手の主は水引である。


「大丈夫?」


「悪いな」


 水引の手を取ると、思っていたよりも強い力で引き揚げられた。もしかしたら水引は案外力持ちなのかもしれない。


 それよりもフューレである。


 俺は肘や膝に付着した土を払いながらフューレの方を向く。


「どうしたんだ? 何か気が付いたか?」


「痕跡だよ。僕が委員長と行動を共にしているのなら、必ず今みたいに痕跡を探したはずなんだ。何も無くても何かを探すために」


 フューレはそう言い生垣を飛び越えて、その場で屈んだ。


「誰かに見られるわけにはいかないからね」


 フューレが宙に差し出した右手の周囲の空間が歪んでいく。

以前にも同じ光景を見た事がある。フューレが倉庫と呼んでいる別世界の入り口を作るための動作である。

 そして以前と同様に歪みは白い球になり、フューレはその球に手を入れる。


「なかなか面妖な術じゃの。わしが触っても平気か?」


 阿字ヶ峰がその白い球に顔を近づけると、フューレが左手で彼女を制止した。


「やめておいた方が良いかな。阿字ヶ峰さんがどういう扱いになるか分からないけど、認証システムが組み込まれているから、僕以外が倉庫にアクセスしようとすると防衛装置が作動する」


「ほ~う。その防衛装置はどういった物なのじゃ?」


「体を量子空間に引きずり込んで、素粒子まで分解される。そして倉庫の燃料として消費される」


 阿字ヶ峰は伸ばす手をピタリと止め、フューレを見ると潔く身を引く。


「そうかそうか。何を言っておるのかわからんが、手を出せばただでは済まんという事じゃな。止めておこうかのう」


「そうしてくれると僕も嬉しい。よし、見つけた」


 フューレはそう言うと、白い球から手を出す。その手の平には鈍色に光る正方形の物体が乗っている。フューレがその物体の一片を指で押した。


 すると、正方形の物体の上面が波を打ちながら色彩が浮かび上がっていく。赤、青、緑と様々な色が面の中心に集まる。

 正方形の物体は色艶やかに変化していく。


 そして物体は変化を止める。


 フューレの手の平の物体は、見覚えのあるゲーム機のコントローラーの姿に変わっていた。馴染みのあるそれは、馴染みのあるボタンまで完備されているので疑いようがない。


「それって……、宇宙でも一般的な形なのか?」


「違うよ。最近、ゲームを買ってね。今の僕にとって握りやすい形状がこれなのさ。毎日触っているからね」


 どうやらフューレは地球の生活を楽しんでいるようである。大変良い事だ。


「それでそのコントローラーで何が出来るんだ」


「これは【明日への道しるべ】という装置で、使えば痕跡を辿る事が出来る。少しの目に見える痕跡さえあれば、ある程度はその痕跡の主を追跡できる。これは足跡を強調してくれる装置なんだ」


 変な名前の装置だな。でも、中々に便利そうな道具じゃないか。


 フューレが装置に取り付けられている1つのボタンを押すと、コントローラー中央に取り付けられたゲーム会社のマークが光を出した。その光はホログラムとなって空中に薄い板を表示する。

 

「一昨日、同じ事をしたのなら痕跡を調べた履歴が残っている筈だ。敵がこの装置を知らないのならね」


 板には無数の文字が浮かんでいる。だがその文字の羅列は未知の言語であるので、何が書かれているのか分からない。


 フューレは止まる事無くコントローラーのボタンを押していく。その度に新たな画面が浮き出しては消えていく。


 そしてある画面でフューレの動きが止まった。


「どうやら敵はこの記録までは消せなかったようだ」


 フューレがボタンを押すと、コントローラーの背面から緑色の光が地面に落ちた。光は今の地面を塗りつぶすように新たな地面を描いていく。


 色も形も本来の地面を忘れてしまうほどに、緻密に再現されている。


 だが1点だけ不自然な箇所がある。それは左右を分断するように伸びている線である。何かを引きずったようなその線は、真っ直ぐに林の中に続いている。


「委員長の考えは間違っていなかったようだね。一昨日、まさにこの場所で僕達は地面を調べている。今日と同じように。そしてこの跡を発見した」

 

 フューレは顔を上げて口角を上げる。

 

「どうする? 委員長。この跡を追っかけるかい?」


 フューレの問いに、そこにいた全員が俺の方を見る。何かを期待しているような、そんなまなざしが俺に向けられる。


だがそんなものが無くても俺の答えは決まっている。


「俺達はピクニックをしに来たわけじゃない。そうだろ? 後を追うぞ」

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