1章 4話 超能力を見た!

 普段は誰とも接点を持たない【霊能者】の水引が、自発的に話しかけてきた事に驚くと同時に、彼女の第1声によって俺の頭は混乱させられた。


 水引の前振りの無い『力を見せる』という発言に、俺とフューレと阿字ヶ峰は言葉を失った。

 力自慢に対する欲求が突然湧いたのか、何か言いたい事があるのか、理由は判然としないが彼女が力を見せるというのなら、俺はそれを見届ける事への抵抗は無い。


「何を見せてくれるんだ?」


 俺の疑問に水引は一度だけ頷くとフューレを見る。


「少しの時間だけ、その場所を譲ってほしい」


「僕の机を使いたいのかな。いいよ、好きに使って」


 フューレはそう言うと立ち上がり水引の横に立つ。


「ありがとう」


 水引は小さく頭を下げるとフューレの椅子に腰かけた。


「準備をするから少し待って」


「何をするかは知らんが、わしらの領分を犯そうとするのなら、準備を待ってはやらんぞ」


 阿字ヶ峰が俺でもうっすらと見えるほどの禍々しいオーラを纏いながら、水引に睨みをきかせるが当の本人はいつも通り、目を閉じた状態で涼しい顔をして鼻で笑った。


 俺は実際にオーラが見えるわけではないが、水引の行動により阿字ヶ峰は更に禍々しさを増していく事はわかる。肌の痺れがそれを教えてくれている。


おそらくこの場で阿字ヶ峰のオーラに当てられて竦んでいるのは俺ぐらいであろう。


「心配しないで。そんな些事の為に私は呼び掛けたりしない」


「言ってくれるのお。その些事とやらで何体の霊が強制的に昇天させられたか」


「あなたの怒りの矛先は、いつまでも現世に残ろうとする卑しい魂に向けてくれない?」


「なんじゃと」


 2人の関係性を俺は知らない。加えて1カ月の間に何があったのかも知らないが、阿字ヶ峰と水引はとても仲が悪いようであろう。


 これではツチノコ探索の前に、2人の戦いを見る事になりそうだ。


「2人とも落ち着け。仲良くしてくれとは言わないけど、俺の前で争いを起こさないでくれ。俺は2人を止められる自信は無い。それよりも水引は力を見せてくれるんだろ」


 阿字ヶ峰は鼻を鳴らすと、さも当たり前のように俺の膝の上に座る。すると、彼女が纏っていたオーラは薄くなり、遂には感じなくなった。


「どうして俺の膝の上に座るんだ」


「ここは落ち着くからじゃ。委員長がわしを邪魔だと思うのなら、わしと水引の戦いを見たいのなら、退かせてくれても構わんぞ。ふひひ」


 阿字ヶ峰は俺を見上げると悪戯っぽく笑った。その顔は幼い少女のそれであり、とても可愛らしいと感じた。


「邪魔だなんて思っていないさ」


「そうか」


 阿字ヶ峰はそう言うと、俺の胸に頭を預けた。


「水引よ。お主の力を見てやろう」


「あなたに言われるとやる気がそがれる。だから委員長とフューレさんに見せる。


 水引は鞄の中から3つの紙コップを机の上に逆さにして並べると、革張りの黒い財布を取り出した。

 財布の中から1枚の50円硬貨を取り出し、1つのコップを少し傾けると中に滑り込ませた。

 50円硬貨はコップの中に隠れて見えなくなった。


「委員長さんにお願いがあります。私は今から後ろを向くから、その間にこのコップを移動させてください。

 どのコップの中に50円玉が入っているのかを的中させます。私の能力の1つであるクレアボワイアンス、分かりやすい言葉にすると透視能力をお見せします」


 オリエンテーションの借り物競争の時に、水引はテレパシーを使い阿字ヶ峰と意思の疎通を図り、透視能力で借り物が書かれた紙の中身を開く前に知る事ができだそうだ。

 だから今更彼女の力を疑いはしない。疑いはしないが彼女の力の全容を知っている訳ではないからこそ、見せてくれるというものに興味がわく。


 俺がクラスメイトの力で知っているものは、ほんの一端ですら無いのだろうと以前から考えていた。


 だが不躾にも「お前の力はなんだ」と聞くわけにもいかない。きっとクラスメイトの全員に何かの事情があるだろうし、俺が全てを理解できるとも思えない。

 

 そうして殆ど新たな情報が無いまま1ヵ月が過ぎたのだ。


「わかった。俺はコップを移動させればいいんだな」


「うん。お願い」


 水引は首肯してから体を反転させて背中を見せる。


 特に説明は無いが、コップを動かしてくれという事だろう。

 俺は1つのコップの底を掴むと、円を描くように動かして元の位置に戻した。同じ事を残り2つのコップでも行った。

 

 これでコップは1つとして、位置が変わった物は無い。


「いいぞ。コップは移動させた」


 水引は体を再び反転させて俺の方へ向き直ると右手を机にかざし、傍から見ると奇行にしか映らない行動を取った。


「見える、見えーる、見える、見え~る」


 同じ言葉を少し変えて言い続ける。しかも中々の声量でそれを言うので、俺は何事が起ったのか分からずに、助けを求めるようにフューレを見た。


 だがフューレはじっとコップを見ているので、目が合う事は無い。

 仕方が無く再び水引の方へ視線を向けると、彼女は突然叫ぶ。


「見えたぁあああああああ!!」


 俺はその声に驚いて体が飛び跳ねた。膝の上に座っていた阿字ヶ峰が少しだけ宙に浮いた。水引は急にどうしてしまったんだ。


 阿字ヶ峰は振り返って俺を見上げると、ニヤリと楽しそうに笑った。


 気恥ずかしさを隠して水引の手元を見る。彼女は1つのコップの底を握っていた。


「50円玉はこの中にあります」


 水引がコップを持ち上げると、そこにはなんと50円硬貨の50の文字が輝いていた。水引は続いて他のコップに手に持っているコップを被せては持ち上げる。そこには何も無い。そして最後のコップにも同じようにコップを被せて持ち上げるが、やはり何も無い。

 

「私の透視能力を信じてくれるかしら」


「信じるよ」


 信じるも何も借り物競争で似たような事をしたのだから疑いようがないが、特に彼女について更新された情報も無い。

 水引は俺にこれを見せて何を言いたかったのだろうかという、疑問が生まれただけに思えたが、これで終わらなかった。


 水引は左手を1度机の上に置くと、その机から手を真上に持ち上げる。そして彼女は左手が胸の高さほどの位置になると動きを止めた。


「委員長が今見せたものを信じるというのなら、ツチノコ探索に私を加えるべき」


「どうしてだ?」


 俺の疑問を受けた水引は左手を更に上げる。すると50円硬貨が宙に浮いた。


 え! 超能力か!


 その光景に目を見開いて、50円硬貨と水引の左手を何度も往復させた。そして4往復目で俺は目を細めた。薄っすらと何かが見えたからだ。


「あれ?」


 50円硬貨と水引の手の間をよく見ると、1本の糸のような物に気が付いた。俺は手を伸ばしそれを掴むと、50円硬貨が揺れ動いた。

 糸が50円硬貨に繋がっていたのだ。


「私が見せたのは単純な奇術に過ぎない」


 水引は50円硬貨を机に置いて糸を真っ直ぐに伸ばすと、重ねたコップを横一列に並べた。更に机の天板下の物入れから1本の棒を取り出した。


「1つはこの糸。コップからはみ出した糸は50円玉を示す尻尾となる。糸が見えなければはコップの傷を見る」


 水引はコップを1つずつ回し、最後のコップを回し終えると底の一点を指す。

そこには1本だけ縦に小さな切れ目が入っている。他の2つのコップを注意深く見ると、1つは切れ目が入っておらず、もう1つは2本の切れ目が入っていた。


 つまり水引はこのコップの傷を見れば、どのコップがどこに置かれたのかが一目でわかったのだ。


「次はこの磁石」


 水引が1本の棒を50円硬貨に近づける。すると50円硬貨は吸い込まれるようにその棒に引っ付いた。


「この磁石は強力だから、天板の下からでも引っ掛かりを感じ取れる。」


 だがそれはおかしな事である。日本の貨幣は磁石に引っ付かない。50円硬貨も例外ではない。


「委員長は何故50円玉が磁石に引っ付くのかと考えている。それはこれが旧50円玉だから。素材のニッケルは磁石に引っ付く」


 50円硬貨を注意深く見てみると、確かにデザインが少し違う。俺はどうやらいつも使っている物の違いに気が付かなかったようである。


「これは間抜けを晒したな」


「いや50円玉に限らず、この程度の違いでは気が付く人は少ない。私は違和感を覚える前にコップで隠したし、デザインの違いが分かりやすい裏面は見せていないから」


 水引が裏返した50円硬貨には菊の絵柄が穴をすっぽりと囲んでいる。細部までは覚えていないが、50円硬貨はこのようなデザインではないと思う。


「きっと委員長は私の力を信じているから、このようなあからさまな奇術に騙された。

 例えば私が奇術師で、委員長がその事を知っているのなら、奇術のタネを見破れたと思う。委員長は私の行いが奇術師のそれであると考えながら見る事が出来ていた?

 奇術師のような、奇行も真似てみたのだけど」


「恥ずかしいけど、俺は奇術だと疑わなかった。手垢のついた奇術なのにな」


「だから私はツチノコ探索に同行する。

 私の奇術にあなたが騙されたように、本当に記憶を消せるような力を持った相手であるのなら、あなたが人である限り追い詰める事は出来ない」


 水引が手を差し伸べる。


「だから私達クラスメイトを頼るべき。あなたはこのクラスの委員長なのだから。私はあなたの頼みなら、快く引き受ける」


 俺はこのクラスの委員長になった事を、案外甘く考えていたのかもしれない。

俺には特殊な力なんてない。きっと俺の知らない世界の悪意が俺に向けられた場合、簡単に負けてしまうだろう。


 ツチノコ探索が行きつく先は、正に俺の知らない世界との対決になるだろう。俺は水引の奇術からそう学ぶ事が出来た。


 そうであるのなら、俺がすることは明確である。

 

 俺は手を伸ばして水引の柔らかな手を握った。


「よろしく頼む。一緒にツチノコを探しに行こう」


「勿論です」


 握手をした俺と水引が目を合わせていると、その間に阿字ヶ峰が割り込んできた。


「わしの事を忘れているんじゃないか。わしもその槌子探索とやらに付き合わせてもらおう。こやつ1人にいい格好はさせられんしな」


 阿字ヶ峰は水引の手を避けるように、俺の手の甲に指を掛けた。


「そうか。それは頼もしい」


 ツチノコ調査班のメンバーが4人になった。

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