049 参加権

「——勝手に殺さないでください! デス!」


「いや、悪い。もう会えないと思ってた」


「んもう……シャルが先輩の前からいなくなることなんてないデスよ! ちょっと学園に拘束されてしまっただけデスし……大袈裟デスっ」



 ぷくぅと頬を膨らませたシャルルがティーカップを持ち上げた。お詫びに奢った紅茶を口に含むと、シャルルらしからぬ柔和な笑みを浮かべた。

 


「でも、心配してくれてたのはうれしいデス。——カティアさんも、ついでにありがとデス」


「……どこか頭でも打ったの? 大丈夫?」


「心外デス! その反応は——って頭触らないでください髪型くずれるじゃあないデスかっ」 


「なんでかしら……とても可愛くみえるわ。年相応……とはいえない容姿だけれど。ええ、かわいいわ。子どもらしくていいじゃない」


「子ども扱いはやめてくださいデスっ! なんなんデスか、ふたりともおかしいデスっ!」


「おかしいって言われても……な?」


「ええ。そうね」


「なんデスか、そのアイコンタクト。うざいデス」



 おかしいのは俺たちではなくって、シャルルの方だ。

 なんていうか、雰囲気が以前とはまったく違う。

 尖っていたのが丸くなったというか、分散されたというか、大人びたというか……。

 ダンジョン内で呪術を振り撒いていたあの時とは、えらい変わりようだった。



 まるで、学園時代に戻ったかのような気分だ。

 仲のいい、後輩と先輩に戻ってしまった——。

 そんなノスタルジックを、今のシャルルから感じとれる。



「それよりも、エル先輩はいないデスか? 無職の引きこもりに戻ったデス?」


「いや、きょうは家の用事があるらしくってな。昨日まではそこの席に座ってうなだれてたよ。早く結婚しろって急かされてるらしいぜ」


「腐っても伯爵令嬢ってことデスか……。まあべつに興味はないデスけど。一応、訊いてみただけデス」


「ふぅん? ホントにそれだけかしら?」


「ダル絡み続けると呪うデスよ?」



 ジト目をカティアに送るシャルル。

 二週間前までは、まともにカティアと目を合わせることなんてなかったというのに……。

 凄まじい成長具合だった。

 これだけでも、ともにパーティを組んでよかったと思える。

 


「先輩?! なんで涙目になってるデスか!?」


「いや……なンでもない。気にするな」


「ええ……あなたはよくやったわ、シャル」


「さっきから置いてけぼり感がハンパないデス……。あ、このブロッコリーたべてもいいデスか?」


「ええ、いいわよ。いっぱい食べて、シャル」


「……急にシャルの保護者面しないでもらえます? デス?」



 カティアが作ってきた手作り弁当の中からブロッコリーを摘んで食べるシャルル。それを微笑まし気に眺めるカティアと俺。



 穏やかな時間だった。

 まるで子どもの成長を優しく見守っている親の気分だ。



「子どもができたら……きっとこんな感じなんでしょうね」


「そうだな……三人以上は欲しいな」


「男の子には剣をたくさん教えてあげて、女の子にはかわいい服をいっぱい着せてあげたい。死ぬ間際には、孫たちに囲まれながら看取られて……。アルマとなら、きっと素敵な家庭を築けるわ」


「カティ……俺、がんばって働くよ」


「あの、シャルの前でイチャつくのやめてもらっていいデスか? 呪いますよ、不妊の呪いかけますよ? デス」



 ふたつに割れたゆで卵に手をのばしたシャルルが、冗談ではなく真剣な声音で言った。

 それをやるだけの腕があるのは確かで、本当にやりかねなかったからカティアと見つめ合うのをやめた。



 と、そこで慌ただしい足音が俺たちに近寄ってきた。



「——アルマさま、カティアさま! 大変です!!」


「ど、どどどうしたサレン……?!」



 先の件を思い出して、一方的に気まずくなる俺。シャルルが機敏に察して、俺をジト目で見遣る。



「おふたり宛に招待状が——獣神武闘祭の参加権が届きましたっ!!」


「獣神……?」


「武闘祭……?」



 俺とカティアが首を捻った。

 


「えぇ……先輩たち、強さに関してストイックなくせに、そういうイベントごとには疎いんデスね……」


「知ってるのか、シャル?」


「知ってるも何も、あまりにも有名じゃないデスか。獣神武闘祭……それに選ばれるとは即ち、最強の一角として認められたことに他ならない——みたいな感じデス。お爺ちゃんがむかしそう言ってたデス」


「ふぅん……」


「なるほど……」



 とりあえず、見ず知らずの誰かにおまえは強いんだと認められた気がして、悪い気はしなかった。

 きっとカティアも同じ気分だろう。



「先輩はまだしも……カティアさんは…………もしかして」



 俯きながら何か囁くシャルル。眉根を寄せ、カティアを盗みみた表情は只事ではなさそうだった。

 


「シャルルさまのいうとおりですよ! 選ばれるだけですごいんですから! とても光栄なことですよ! ——ああっと、こちらが招待状になります!」



 サレンから渡された手紙には、瀟洒しょうしゃ封蝋ふうろうがなされていた。

 一眼でわかる絢爛さ。

 並の貴族から送られてきたものではないと安易に窺えた。



「皇帝ネロ・ゲトマリア……ドミティウス帝国の?」


「はい! 五〇年に一度行われるビックイベント、獣神武闘祭はドミティウス帝国が主催してるんです!」


「先輩は帝国に行ったことあるデスか?」


「いや、ないな。でも師匠から何度か名前は聞いたことあるぞ。なんでも、強いヤツがいっぱいいるってな」


「……なんデスか、その脳筋すぎる説明は……」


「開催は一ヶ月後。帝国を代表する六人と、それに見合う六人を帝国側が選出。互いに競い合わせ、更なる武の昇華をうながす。——なるほどね。分かりやすくていいじゃない」



 手紙の内容を軽くまとめたカティアが鼻を鳴らした。

 


「それで、この契約書にサインすればいいのね?」


「そうです! そうすれば、首元に参加権を示す紋章が一時的に刻まれるそうですよ?」


「ふぅん……迷う必要なんてないわ。あるワケないじゃない」


「ま、そうだな。俺が最強だってことを証明するいい機会だ」


「あの、もう少し考えてからの方が……」



 サレンの用意したペンで早速名前を書き始めようとする俺とカティアへ、シャルルが恐るおそると言った感じで間に入る。

 しかし、



「猛者と闘えるんでしょう? 願ってもないことよ」


「心配すンなって、俺は誰にも負けるつもりはねえぞ」


メラク支部うちから二人も参加者が現れるなんて、サレン喜びが上昇気流です!」


「……ちょっと最後の方意味わからないデスけど。お二人は知らないかもデスから言っておきますが、参加権って奪えるんデスよ。相手に負けを認めさせるか殺害するかで、デス」


「書いてあったわね。全員返り討ちよ」


「ウォーミングアップにはもってこいだろ」


「……こうなったらシャルが全力でサポートするしかないデスね……特に」



 シャルルが囁くように言って、カティアをみた。

 それとほぼ同時に、契約書から黒い光が飛び出し、俺とカティアの首にまとわりつく。

 痛みはなく、光も一瞬で消え失せる。



「お?」


「……悪趣味な首輪ね」



 カティアと向き合って、互いに刻まれた紋章を見る。

 確かに、趣味がいいとは言えない刺繍だった。

 黒い蛇のような模様が円環状に伸び、己の尻尾に喰らいついていた。



「これで参加登録はなされました! おふたりとも、頑張ってくださいね! 絶対に観にいきますから!」


「おう。全員まとめてぶっ飛ばしてくるぜ」


「いいえ、わたしが全員斬り殺すわ」


「一人しか相手にできないデスからね……? ちゃんと説明読みましたデス?」



 嘆息するシャルルに浮き足立つサレンと、静かに闘志を燃やすカティア。

 今から武闘祭が楽しみだ。



「——へえ。マジかよ、それ参加権じゃん」


「うっわ、マジか! 初めてみた! しかもふたりいるじゃん」


「俺ら差し置いて二人もかぁ。どっちか譲ってくんねえかな?」



 と、そんな声を向けられて、俺たちは近づいてくる冒険者風の男たちに視線を移した。

 ここらでは見かけない風貌の冒険者たちだった。

 違う都市の冒険者だろうか。



「そういえば、参加権は奪うモンだってジッちゃんに聞いたけどよぉ……そういう了解でイイんだよな?」



 そのなかのリーダー格であろう男が、鞘から剣を抜くと俺——ではなく、カティアへ向けた。



「そっちの男は正直やべえだろ。勝機が見ねえ。けどそこの女ならよぉ……」


「ああ、そっちの男はなんかやべえ気がする……けどそこの嬢ちゃんなら……」


「目ぇ合わせただけで体に怖気が走るぜ……けど、そこの金髪姉ちゃんならワンチャン……」



 リーダー格の男に続いて、二人が得物をカティアへ向けた。

 それを受けたカティアは、何ともいえない表情で前髪を払う。



「……舐めたわね。わたしを」


「あーあ……おまえら、知らねえぞ」



 女ならいけると踏んだのだろう。その彼我の実力差も弁えない無礼な発言に、カティアが目を細めて椅子から立ち上がった。



「あ、あのぉ……一応、殺さないように手加減おねがいします……カティアさま」


「シャル、くだらないことで魔力使いたくないデスからね?」


「死なない程度に殺すわ」


「だから殺しちゃだめですからね、カティアさま……?」



 サレンの嘆きにも似た声音を背に、カティアが剣を抜く。



「刻み込んであげる、その魂に……。一体どこの誰を馬鹿にしたのかってことをね」



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