超越の魔術師《エクストラ・ワン》 〜『強化魔術しか使えない無能』と勇者パーティを追放された付与魔術師は、究極の強化魔術で己を強化する〜

肩メロン社長

001 追放

「アルマ、おまえって確か出身は『リケドの村』だったよな」


「? ああ、そうだけど。メラクから北西に進んで三日くらいのところかな」



 メンカリナン王国三大都市の一つに数えられるメラク。

 その中でもかなり高名な高級宿の一室で、武器の手入れを行っていたへリィンが唐突にそんなことを訊いてきた。



 このパーティのリーダーであり勇者として選出されたへリィンは、うんうんと頷きながら言葉を続ける。



「そうかそうか。リケドか……行ったことはないが、なんだか住みやすそうな村じゃあないか。名前的に」


「……まあ、自然に囲まれてるし空気も美味しいよ。だけど……どうした? 急にそんなことを訊いてきて」



 一眼でわかる高級ソファに深く腰掛け、手拭いで魔物の付着した血を拭き取るヘリィン。

 訝しげに訊き返す俺に、ヘリィンは言った。まるで水を取ってと言わんばかりの軽快さで。



「——アルマ、故郷に帰れよ」


「……え? どういうこと?」


「だから、故郷に帰って親御さんに顔を見せてやれって」


「い、いや、待って……なに、急に……どういうこと?」


「どうもうこうも、言ったとおりのアレなんだが……」



 逆に困ったような表情を浮かべて、剣から俺に視線を移すヘリィン。

 まるで、俺が変なことをいったみたいな雰囲気が部屋に流れた。



「帰れって……休暇を取れってこと? でも明日からもダンジョンに潜るんだよな? やっと百階層に到達したところなのに?」


「勇者の試練は、別におまえが居なくとも踏破できる。自惚れんなよ」


「……え?」



 雲行きが怪しくなってきた。

 俺に休暇を取らせて故郷に帰らせる……そんなニュアンスの会話……なんだよな?



「明日からは俺たちだけで『剣の迷宮』を踏破し、勇者の試練を終える。そんでもって、魔王軍と会敵だ」


「ちょ、ちょっと待って……ごめん、うまく理解できない。どういうことだ? しっかり説明して欲しいんだが……」


「はぁ……。わっかんねえかなあ」



 剣を鞘に収めたヘリィンは、前髪をかきあげながら、めんどくさそうに言を吐いた。



「だから、おまえはもう要らねえんだよ。追放、クビ、解雇――まあ言い方はなんだっていいや。とりあえず、もうこの勇者パーティにおまえは必要ないってことだ」


「…………え?」


「いやわかったから、その反応。何回目だよ。ネタか?」



 追放、クビ、解雇――――誰が? 俺が? なぜ?

 頭がそれらの理解を拒否していた。認めたくないと思考の動きを止めた。



「理解できたらとっとと出てってくれ。もうおまえは部外者だ」


「り……理由は」


「あ゛?」



 ようやく絞り出せた言葉は、理由を問うものだった。

 



「理由は……理由は?! なんで俺が、ここを去らなくちゃ……」


「決まってんだろ。おまえが無能だからだよ。言わせんな」


「!?」


「付与魔術師のくせに《身体強化フィジカル・バフ》しか使えねえ。他の付与魔術師は弱体化やら魔法威力の強化やら、多岐にわたって優れたサポートができる。だってのに、おまえはいつまで経っても身体強化だけ。そんな華奢ナリで脳筋かよ」



 小馬鹿にするようにへリィンが笑い、その嘲笑は周囲にも伝播した。



「——私、ずっと疑問だったのよ。ホントにあの魔術学園を首席で卒業したのかって。たった一つの魔術しか扱えないアルマが、あの卒業率十%の学園を、しかも首席で……今でも信じられないわ」



 壁に背を預けた魔術師のマリィ・ファンが赤毛を揺らして、忌々しく俺を一瞥いちべつした。



「対して強くもない、精々が毛の生えた程度にしか強化されない付与魔術で、どうやって首席になったのかしら? ねえ、聞かせてくれない?」


「……決まってるだろ。単位を買ったんだ。体を使ってな」



 マリィの侮蔑の込められた瞳と言葉を継いで、俺に射抜くような視線を投げてきたのはコーカ・ホワイト。無骨な武人染みた大男は、座禅を組んだ姿勢のまま俺へと視線を向ける。



「そうでなければありえん。到底考えられない」


「そ、そんなワケないだろ! 魔術師のマリィはともかく、俺の付与魔術を常に受けてきたコーカやへリィンはわかるだろ!? 俺の魔術がなきゃ、ここまで来られなかったって……!」


「正直、なんもわかんね。コーカ、おまえはわかるか?」


「変わりない。いつもとなにも」


「……だとよ」


「そ、そんな……っ!?」



 確かに、俺は付与魔術師なのに、たった一つの……いや、付与魔術しか扱えない。それ以外の才能がなかったから。



 だが、それらを抜きにしても、毎年死人が続出する卒業試験を付与魔術一本で潜り抜けてきたのは間違いないのだ。



 それに、俺が強化魔術を付与しているからこそ体力的にも楽にダンジョンを進んでいけるし、これまで傷を負うことなくやってこられた。



 前衛職の者ならば、わかるはずだ。俺の魔術の有能さを。だが……



「それに、俺ぁ知ってるぜ。おまえ、優秀な同級生と卒業試験突破したそうじゃないか。どうせそいつらの恩恵だろ?」


「やっぱりね。才能なしの無能が生きて卒業できるワケなんてないのよ」


「嘘まみれの経歴……詐欺と変わらん」



 三人の冷め切った視線に、身がすくむ。



「だ、だって……仕方ないだろ、俺は付与魔術師なんだ……一人じゃ、意味ないんだ」


「認めたわね。このクズ、これまで私たちを騙しやがって……ぶっ殺してやる」


「いや、待てよマリィ。俺たち勇者パーティが、こんなゴミクズ同然の糞溜めを手にかけるなんてあっちゃいけねえ。箔が汚れちまう」


「……そうね。ヘリィンの言う通りだわ。触れるのも嫌だし、私の偉大な魔力がもったいないわ」


「だからこその追放だ。どうせ一人じゃなんもできねえ。冒険者家業だってやっていけねえさ。俺ら勇者パーティから追放された無能なんて、誰も相手にしちゃくれねえよ」



 頭の中が、真っ白になっていく。

 言い訳も反論も何もできない。



 三人の侮蔑と暴言と嘲笑で体が震え、他のメンバーから発せられる舌打ちと冷酷な言葉に涙が溢れてきた。



「なんで……嘘だろ……」



 俺は、貢献してきたはずなのに。俺がいなければ、百階層なんて到底辿り着けなかったのに。



 睨むことも口を開くこともできない俺は、胸が引きちぎられそうな感覚に喘ぎながら、逃げるように踵を返した。

 出口の方へ、力なく歩いていく。



「じゃあな、無能のアルマ。とっとと故郷に帰りな。途中、盗賊に襲われねえように精々気をつけろや」


「……絶対に……後悔するからな」


「はッ! 負け犬が吠えてやがるぜ!」


「惨めね」


「ふん……つくづく、つまらん男だ」



 それぞれの言葉を背に、俺は振り返ることなく宿を出た。

 この日。

 俺は、勇者パーティを追放された。


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