第97話 傾国の詐欺師
ロンドンから帰国したレイラは、大臣たちからレイラの相手は傾国の詐欺師ではないかと心配の声が上がっていると、アントンから報告された。
「率直に言いますと、レイラ様が透に騙されているのではないかとい言い出す者さえおります。毎週末、国を抜け出して、入れあげているのではないか、大変な事になりつつあると、言っている者もおります。週末はお休みなので、レイラ様の自由ではあると思うのですが……」
「アントンたち護衛もそう考えているのか?」
「護衛に関しては、全くそんな事はありません。今回、事情がわかっている私が代わりに、透の看病に行けば良かったのかもしれません」
「それは……」
「レイラ様がお嫌なのでしょう? 心配なのでしょう?」
「……」
レイラは無表情を取り繕ってはいるが、答えられない。
「次回、このような事がもし、あったとしたら、侍医にだけでも事情をお話しした方が良いかもしれません。とにかく、残念ながら大臣たちは今、透にあまり良い印象を持っておりません」
「では、私がカテリーナと話し合いに行き、囚われ、透がそれを命懸けで救い出しに来た話をすれば良い。攫われた女王を救い出したのであれば、透は英雄であろう?」
「承知しました」
「こちらから、来て欲しいと伝えているのだから、春休みに匠と透が来るまでに、大臣たちが二人を歓迎するようにしておかなければ。匠は春休み中にお披露目出来ればと思っている。早く、跡継ぎがいることを知らせておいて困る事はないだろう。準備できるだろうか? 無理であれば、クリスマスまで延期するが」
「大臣たちに伝えましょう。早い方が国の行く末を心配している者にとっても安心でしょう」
「何故、透に来てもらいたいかわかるか?」
「それはレイラ様の初恋の相手だからですよね」
「アントン、私がそれだけで透を選んだと思っていたのか? 高校の時、何を見ていたんだ? 透はそこにいる人々にとって良い場所とは、どう言う場所なのかを常に考えている。自分の為じゃない。ずっとその考えが根本にあって、生徒会の時も、今も学校の改革を進めている。私たちが当たり前に思っていて気づかない不便な慣習や、世界から見て悪い意味で遅れている事に気づいてもいない事を改革、何なら変革する力になってもらう為に選んだ相手なんだ。それに、安心して背中を預けられる」
レイラは、高校時代の事を思い出した。
「透、一緒に帰ろう。あれ、どこ行くの? 反対方向じゃない?」
「あぁ、今日はケーキ屋に寄ってくから」
「へぇ、甘いものが好きなんだ〜。意外だね」
「意外で悪かったな。でも、今日は、母に予約してあるお菓子を取りに行くよう頼まれてるんだよ」
「え、じゃあ、ついでに一緒にケーキ食べようよ」
「いいよ」
透は全く気づいていないが、レイはさりげなさを装って、デートに誘ったつもりだった。「お茶をする」=「デート」と言う言葉が、レイの頭の中にしっかり入っていた。レイの足取りは軽かった。
途中で、他校生の集団に道を塞がれた。
「静実高のレイって、お前だろ?」
「おい、久木、こいつ、外国人じゃないか。日本語わかるのか?」
「わかるけど、何? 何か、用?」
レイは一分でも早くケーキ屋へ行って、「透とデート」したかった為、素っ気なく答えた。
「俺の彼女を返せと言えば、わかるか?」
「誰のこと?」
「レイ、石川じゃないのか?」
透は校舎裏にゴミを捨てに行った時に、レイが告白されているのを見かけた事を思い出して、言った。
「は? お前二股かけているのか?! 彼女の名前は鶴田だ!」
「あ〜、そう言えば、この間、鶴田って子から告白されたかも……」
「レイ、付き合ってるのか、鶴田と?」
透が、すかさず聞いた。鶴田はサラサラのロングストレートヘアーでアーモンド型の目をした、可愛い子だ。
「やだなぁ、誰とも付き合ってないし。何、気になるの?」
レイが嬉しそうに透に聞いた。
「別に……。単なる好奇心だ。学年一の人気を誇るレイの彼女となれば、誰だって興味がわくに決まってる」
「何、ごちゃごちゃ言っていやがる。ムカつく。大体、付き合ってないんだったら、なんで俺が、振られなきゃいけないんだ」
「久木、こいつ、本当は二股かけてるから、付き合ってないなんて言ってるんだぜ、きっと」
「ちょっと、脅せば、すぐに本当の事を言うさ」
「僕は鶴田と付き合ってないんだから、もう、用はないでしょ? 透、こんな奴ら相手にしていないで、早く行こう」
「こんな奴らとは、なんだ!」
「ちょっと、綺麗な顔してるからって」
血の気の多そうな久木と呼ばれていた男子生徒が、レイに殴りかかってきた。レイは乱闘騒ぎを起こす気がなかった為、スッと避け歩き出した。避けられると思っていなかった久木は、よろけて転んだ。それを見た久木の仲間が、レイを取り囲んだ。
「透、これは僕の問題だから、先に行っていて。すぐ追いつく」
レイはアントンが近くにいる事がわかっていた為、この人数なら二人でも、数分で方が付くと思った。
「『すぐ追いつく』って、馬鹿にしてんのか!」
「こんな状況でレイをおいて、先に行かれる訳がないだろ」
透の返答を聞くと、レイは愛の告白でも受けたように、赤くなった。
「嬉しいけど……透に怪我をされたら困る」
それを聞いた途端、久木の仲間の一人が透を羽交い締めにした。もう一人が、すかさず、透の鳩尾を蹴った。
「透!」
レイは悲鳴をあげた。レイ自身は命を狙われる事に慣れていたせいもあり、自身が囲まれても冷静でいる事ができたのだが、透が蹴られたのを見た瞬間に、頭の中で何かが音を立てて切れた。
透に気を取られた瞬間に、レイの顔に拳が飛んできた。レイは殴られたように見えたが、紙一重でかわし、反射的に相手の鼻に拳を叩き込んでいた。鼻血が飛び散った。レイは後ろに飛び下がって、振り向きざまに、久木の鳩尾を蹴った。久木が受けたダメージは、透が受けたダメージの比ではなかった。倒れたまま、胃の中身を吐いている。レイが次の獲物を見つける構えに入ったため、透はすぐさま、羽交い締めから抜け出し、振り返りざま自分を羽交い締めにしていた人物に足払いをかけた。
「レイ! やり過ぎだ!」
いつの間にか、透はレイと背中合わせになっているにも関わらず、レイを鋭く咎めた。瞬きをする間に、久木がやられてしまった為、相手は戦意を喪失して呆然としている。透が止めなければ、レイは誰かに大怪我をさせるか、殺してしまっていたかもしれない。その位、頭に血が昇ってしまっていた。確実に相手を仕留める訓練を受けていたレイと、多少喧嘩をした事のある高校生では、差があり過ぎる事すら忘れていた。レイは深呼吸をした。
(透は無事だ……)
「まだやる気があるなら、相手になるけど?」
久木は相手を見誤った。相手は綺麗なだけのペルシャ猫ではなく、ジャガーなのだ。
その後、二人は初めてケーキ屋でお茶をした。レイが意外なほど強かった事に透が驚いた為、レイはクラヴマガをやっている事を話した。しかし、相手を仕留める訓練をしているとは、到底言えなかった。仕留めなければ、立ち上がった相手に殺られるから、仕留めるなどと物騒な事を言って嫌われたくなかった。
ガラス越しに差し込む柔らかな日差し。飾り物のように繊細なケーキ。目の前には穏やかに微笑む透。レイにとって、初めてのデートでの会話は全く甘くはなかったが、忘れられないものとなった。
「もう、暗殺者を撃退する訓練が必要な生活は不要だ。匠には穏やかに暮らして欲しい。訓練が必要にならないように、色々な事を変えて、元に戻らないようにしていかなければならない」
「改革の話をしてしまうと、良くも悪くも古い慣習から抜けきれない人々は、透が来ることを歓迎しないでしょう」
「勿論、その話はしない。透がこの国に受け入れられてからでないと、改革はできない。大臣たちの代替わりも徐々に進める。この国は良くも悪くも、古い慣習がたくさん残っている。良いものは勿論残すが」
「繰り返しますが、透がインターセックスだと言う事は、護衛と侍医にはお話しされても良いのではないでしょうか。レイラ様と私しか知らないと、何かあった時に困るかもしれません」
「繊細な問題だから、本人と相談してみる。それと、透は改宗しなくても大丈夫だろうか?」
「透は王位継承者にはならないので、問題はないと思います。逆にすぐにではありませんが、王位継承者である、匠君は必須だと思いますが。本人が納得した上で、でしょうけれど」
レイラはそれを聞いて、一瞬ホッとしたような、何かを羨むような顔をした。
「仏教徒には輪廻転生がある……」
「それがどうかしましたか?」
何でもない、とレイラは言って自室に戻って行った。
戻る途中、喉が渇いたレイラは厨房に向かった。扉の前に立つと、扉の外に、レイラが居るとは知らない料理長たちが心配そうな声で話している。
「陛下はここのところ、週末になるとロンドンまで護衛もつけずにお一人で出かけているが、大丈夫なのだろうか?」
「女王陛下はあの男に騙されているのだろう」
「クリスマスの日に、陛下の前から姿を消すような奴だ。悪い奴に決まっている。そのせいで、陛下は一時期おやつれになられた」
「陛下のお気持ちを利用して、とんでもない事を要求したりしていなければ良いが」
「もう既に、王配になると噂だ」
レイラは唇を噛んだ。そのまま踵を返して、自室に戻った。透を悪い人物だと思っているのが大臣たちだけでなかった事にショックを受けた。
翌日、レイラは大臣たちを集めて、透の為人を話した。高校時代からの良き友人であり、自分の心の支えであった事も、話した。自分が攫われた時に、すぐに身の危険も顧みず救いに駆けつけてくれ、無事に救い出してくれた事も話した。後継者である匠の育ての親の一人であることも話した。日本の商社や石油元売り会社と売買契約を結ぶ手筈を整えてくれたのも透だと、つけ加えた。さらに、MVのお陰で、日本の旅行会社から、サファノバについて問い合わせが多数来ており、透の勧めもあり、これから観光業にも力を入れていく予定だと伝えた。
女王が、熱くなりもせず、いつも通りに凛としたまま、きちんと透について落ち着いて話した事とその内容で、大臣たちは誤解を解いた。しかも話からすれば、女王の婚約者は、王配になってもいないのにサファノバの国益を考えてくれている。
「私の婚約者を傾国の詐欺師呼ばわりする者は、次回直接、透と話をしてみるが良い。話をした後でも、私が熱を上げるあまりに、国を傾けていると思うのであれば、言って欲しい」
レイラは、そうは言ったものの、もし二択で国と透の命を選ばなければならなくなったら、どちらを選ぶのか、自分でも自信が持てずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます