第56話 撮影衣装

 12月21日。

 学校の授業が始まる前の時間で、制服に細工をしてしまう前に、と言うことで朝一番で、街の中にある学校の教室で、5人が窓際で雑談している風景を撮った。


 学校まで向かうまでの車内から見たサファノバの街は、古い石造りの中世の街並みが、そのまま残されている。国全体が、中世で時を止めてしまっているようだ。お城と同じで、見た目は中世のままだが、中はリノベーションされていて、快適らしい。匠がアントンに「ビルとか近代建築はないの?」と聞くと、郊外にはあるのだと言っていた。


 撮影はお城の中、主塔の上、森を中心にするとほぼ決まった。

 街の広場には大きな樅木を切り出したクリスマスツリーが飾ってあった。その周りにはクリスマスマーケットが開かれている。アントンが車を止め、休憩をとってくれた。匠もメンバーも、ホットドリンクや、シュトレンをアントンに買ってもらいハフハフしながら、頬張った。結衣を含め、メンバーの楽しそうな様子を見て、匠はアントンにこっそりお礼を言った。


 スタッフがせっせと制服に細工をしている間に、キーロヴィチからは、演奏と歌っている時の動作についての注文がたくさん出た。匠とメンバーは鏡を前に、その動作をこなしながら、ちゃんと演奏できるように練習した。レイラが時折、練習風景を覗きに来た。アントンは通訳として、メンバーにずっと付きっきりでいる。

 

 衣装は制服にレースや縁飾りや、刺繍などに用いられるブレードや、透けるシフォンなどを、各自別々の形に縫い付け、パッと見た感じは制服に見えないが、よく見ると同じ制服を使用している事がわかるものになった。静実学園の制服は男女とも濃紺のブレザーに、女子はチェックのプリーツスカート、男子はブレザーと同じ色のズボン、と言うごく一般的な制服だ。

 匠のブレザーはメンバーと同じだが、下はズボン。撮影時には制服のではなく、細身の皮のパンツを履く。ジャケットには下からレースやシフォンが膝の真ん中くらいまで覗いている様子が、スカートのようにも見える。結衣は襟元からシフォンが溢れるように出ていて、スカートにも短冊状のシフォンが、長さがまちまちでぶら下がっている。波瑠は襟元と袖口にレースを覗かせ、スカートの裾もレースが所々覗いている。楓はジャケットの襟の縁にファーをあしらい、スカートの上からオーガンジーのオーバースカートを履いている。紬は「一番地味じゃん」と不満そうだったが、ジャケットの襟の縁に白いブレードをつけ、肩から腕にかけて白いブレードで模様をつけている。スカートにも裾の方にブレードで模様を刺繍していて、ブレードが所々スカートやジャケットから垂れ下がっている。どれも後で取り外せるので、終わったら普通の制服に戻す事ができる。匠と紬以外はスカートの下に薄いパニエを履いて、スカートを少しふんわりとさせている。


 メンバーも匠も教室撮影を終えて戻ってすぐから午後中ずっと、慣れない動作の練習でぐったり疲れていた。

 だが、夜になると、クリスマスマーケットのある広場が、ライトアップされて綺麗だと聞いたメンバーは、アントンにねだってキーロヴィチと一緒に出かけて行った。

 レイラから透が来たら三人で一緒に行こうと誘われていた為、匠はメンバーとは行かずに、お楽しみに取っておく事にした。それに、これ以上キーロヴィチに接近しようとする結衣を見ているのが辛かったから、楓が、一緒に行こうと誘ってはくれたが、丁重に断った。


 夜、城の中で匠とレイラはサファノバの郷土料理を食べている。

「匠、クリスマスには何が欲しい?」

「特に欲しいものはないよ。お母さんは?」

「匠と透がクリスマスに一緒にいてくれるなら、あとは何もいらない。匠、本当に何も無いの? 仔馬でも、犬でも、バイクでも、遠慮なく言って。言ってくれた方が嬉しい。男の子は何がほしいのか、わからないから」

「こ、仔馬?!」

「乗馬用の馬でもいい」

匠は日本のクリスマスプレゼントから随分かけ離れているのに、驚いた。だが、ここでは、自分用の馬を世話して、それに乗ることも出来るのだと知った。

「お母さんは馬を持っているの?」

「二〜三頭いる。乗ってみたい?」

「暖かくなったら、乗ってみたい」

「じゃあ、今年のクリスマスには一歳馬をプレゼントしよう。春までには調教して乗れるようにしておく。何色がいい?」

「黒がカッコ良さそう。凄いね! 自分用の馬を持てるんだ!?」

「格好良くて大人しいのを選んでくるから、楽しみにしていて。明日の朝すぐに見繕いに行かせるとして、25日には間に合わないかもしれないけれど……」

「俺がここにいる間に来るかな?! 名前を考えなくちゃね!」


 匠は、初めて飼う動物が馬だなどとは想像した事もなかった。匠の喜ぶ様子を見て、レイラはホッとした。喜んでもらう為に、メンバーを呼んだ事が裏目に出てしまった為、なんとかして、匠を喜ばせたいと思っていたからだ。透と透の家族が大事に育ててくれた息子を、自分も何とか喜ばせたかった。

(ここに帰って来て良かったと思って欲しい。ずっとここに居たいと、思って欲しい。私のように、嫌な思い出だけが詰まった場所にしてほしくない)

嫌な思いばかりのこの場所も、匠と透が来る事によって別の色に塗り替えられていく事を、レイラは期待していた。

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