第53話 告白

 結衣は匠が打ち合わせの時に、コンタクトレンズのケースを忘れていった事に気がつき届けようと、匠の部屋へ向かった。

 ちょうど、レイラが匠と一緒に、レイラの部屋から出てきた所を見てしまった。結衣は不審に思ったが、声をかけるのも躊躇われ、どこへ行くのか見届けようと、こっそりついて行った。城の外の森の中へと二人が入っていくのが見えた。

 何か見てはいけないもののような気がしたが、そう思えば思うほど、気になってしまい、少し離れてついて行った。森の中で、二人が立ち尽くしていた。そのうちレイラが消えるようにいなくなってしまった。そこへ、白いヘラジカが現れ、匠に角を振りかざしたのを見て、結衣は悲鳴をあげそうになった。ヘラジカは膝を折って、匠の前に座った。再びレイラが現れると、ヘラジカはレイラにすり寄っていった。結衣はレイラを魔法使いのようだと思った。


「結衣!」

 不意に名前を呼ばれ、結衣ははっとした。匠が走ってきた。白いヘラジカも、レイラも消えている。

「匠、今さっきまでレイラさんと一緒じゃなかった?」

「え? 跡をついて来たの?」

匠が不審そうな目で見てきた為、結衣はさっき見た事は、夢だったのかもしれないと、自分に言い聞かせた。あんなファンタジーの中のような事を口にしたら、笑われてしまうかもしれないと思い、黙っている事にした。

「ほら、これ、私の部屋に忘れて行ったでしょ」

「有難う」

「渡そうと思って、匠の部屋の方へ行ったら、レイラさんと匠がここまで一緒に来たのを見たから……。匠は何でレイラさんと二人でいたの?」

「レイラが、叔父の事を聞きたがったから」

「なんで、こんな時間に二人で森の方へ行ったの?」

匠は「証明」の事は話せない為、あり得そうな嘘を口にした。

「……明かりがない所なら、星が見えるかなと言ったら、森の中は慣れていない人が一人で入るのは危ないからって、ついて来てくれたんだよ。そういえば、新しい曲できた?」

森の中での出来事に触れてしまいそうな為、結衣はこれ以上追求するのをやめた。


「う〜ん、出来そうなんだけど、あともう一息かなぁ」

匠はいつもメンバーでいる時なら、もっと話せるのに、結衣と二人になった途端に、何を話して良いのかわからなくなってしまった。けれど、沈黙するのも怖くて、慌てて思いついた事を口にした。

「この、お城とか、雰囲気が日本と、全然違うから、その、うまく言えないけれど、いつもと違う曲ができるんじゃないかなって」

「そうだね……。そういえば、理事長はいつこっちへ来るのかな?」

「多分、来週」

「私たちと入れ違いなんだね」

結衣の声の中に残念そうな響きがあった。

「結衣も叔父が好きなの?」

匠は恐る恐る聞いた。

「うちの高校で、理事長が嫌いな子はいないんじゃないかな? もちろん男子だってそうだよ。授業に参加したり、授業以外の話し合いにオブザーバーで参加したり、校長よりも身近だし、カリスマ性があるっていうのかな……。理事長が参加するのとしないのでは、雰囲気が全然違うんだよね。近くに居たいな、見ていて欲しいなって、思わせる何かがあるよね。それより、匠、理事長がいない間に、レイラさんに纏わり付いていて良いの?」

「レイラが叔父の事を聞きたがっているだけで、俺は纏わりついていないよ。彼女は叔父一筋だし、他の人なんて目に入らないよ」

「そうだよね。二人が羨ましいなぁ」


 城が見えて来た。明かりを見て、ほっとする結衣を見て、匠はハッとした。いつもメンバーが一緒で、二人きりになる事など殆どない。告白するなら、今がチャンスかもしれない。しかも、結衣は、匠とレイラの動向を気にしているように感じた。それは、自分の行動を気にしてくれていると思っていいのだろうか。匠は、先ほどの動物との交流で、新たな力を得たように思えた。

 月明かりが地面を照らし、見上げれば、満点の星空が木々の間から見える。目の前には、中世のお城が佇んでいる。妖精やゴブリンが出て来てもおかしくない。ロマンティックな雰囲気とはこう言う事ではないだろうか。

 心の準備のないままに、匠は絞れるだけの勇気を振り絞った。心臓が口から出てきそうだが、チャンスの神様には前髪しかない、と言われている。告白するなら、今しかない。

(壁ドンするにも壁がない……。でも、今しかない!)

「……結衣は、好きな人いないの?」

匠の声は思わず少し上ずって、早口になる。

(落ち着け、落ち着け……)

「残念ながら、今はいないなぁ」

「結衣、俺、結衣の事が、」

「ストップ」

匠がなけなしの勇気をかき集めて、絞り出した言葉は止められてしまった。

「な、なんで?」

「その続きは、匠が高校生になっても、まだそう思っていたら、言って。今、単に、この中世の不思議な雰囲気に呑まれて言っているのかもしれないし」

「そんなことない! 俺が高校生になったら、結衣は大学生だし、俺は日本にいないかもしれないし……」

「留学でもするの?」

「え、うん。まぁ多分……」

「あそこまで時間をかけなくても良いけれど、理事長とレイラさんの長い時間をかけて育んできた恋って、憧れるじゃない? ああ言うのがいいな、って思うんだよね」

匠がしょんぼりしてしまったのを見て、結衣が付け加えた。

「匠が嫌いなわけじゃないよ。この間まで、匠は私にとって女子だったからね。なんか、まだ慣れないんだよね。それに、学生のうちの4歳差は大きいよ」

「……そうだよね……」

もうこれで、日本に思い残す事は無いかもしれない、来年早々にレイラのもとへ引っ越ししても良いかもしれない、とまで匠は思った。

「明日からキーロヴィチさんがくるから、元気出して、良いM V撮ろうね! もしこのM Vが評判になったら、ギタリストとしてデビュー出来るかもしれない。 匠、私の為にも、よろしくね!」

「うん、そうだね、頑張るよ」

失恋して落ち込んでいる場合ではない。せめてカッコよく、結衣の夢を応援しなくては、匠はなんとか気持ちを持ち堪えさせた。

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