第45話 約束の公園
公園のベンチに腰掛け、ほっと一息をつく。
隣にマクドナルドの紙袋を置き、空を見上げた。
すっかり夕日は沈みきり、夜の闇に申しわけ程度の星々が散らばっていた。
やはり、満天の星空という訳にはいかないようだ。小さくため息をつき、ネクタイを緩める。
本当は、カナエが来るまで待っていようと思ったのだが、空腹に耐えきれず、紙袋を開いた。
中からあふれ出す暴力的なまでに旨そうな香り。少し冷めたポテトを取りだし。細長いソレを数本口の中に放り込む。
やはり、旨い。
一般的には、冷めたポテトというものは親の敵のように嫌われているようだが、僕は冷めたポテトの味も嫌いではなかった。こうして公園のベンチで一人食べるジャンクフードも、考え方によっては風情がある。
塩味の効いたポテトを、さらに数本口のなかに放り込み、セットで頼んだコーラで口を潤す。当然ながら、ポテトとコーラの相性は抜群だ。普段は安いコーヒーしか飲まない僕も、やはりジャンクフードを食べるときはコーラを頼んでしまう。
久しぶりに飲むコーラの甘みが、疲れ切った僕の体に染みいるようだった。
しばらくそうして食事を楽しんでいると、彼女がやってきた。
公園の電灯に照らされる小さな人影。カナエは僕の姿を確認すると、小さく手を上げた。
「こんばんはアイザワさん。食事中だったかしら?」
「やあ、こんばんは。すまないね、腹が減ってたんで先にいただいているよ。君の分も用意しているんだけど……チーズバーガーは好きかい?」
僕の言葉に、カナエは首を横に振った。
「チーズバーガーは好きだけど、もらえないわ。家でご飯が食べられなくなると、お母さんが怒るもの」
「そうかい、じゃあ君にはコーラだけ渡しておこう。気にしなくて良いよ。今日は凄く腹が減っていてね、二人分くらいならペロリと食べてしまえそうなんだ」
僕の差し出したコーラの紙コップを受け取ると、カナエは僕の隣に腰掛けた。
無言でコーラを飲むカナエ。僕もただモクモクとポテトを食べ続けた。
風が公園を通り抜ける。
日中はまだ暑いが、夜風は少し冷たい。もうすぐ、秋が来るようだった。
「ありがとうアイザワさん。来てくれて」
「なに、別に構わないさ。家に帰っても誰もいないしね」
事実、一人暮らしの僕にとって、仕事終わりにどこで過ごすかは大した問題では無かった。
「少しだけ、愚痴を聞いて貰ってもいいかしら?」
「もちろん、僕で良ければ」
彼女は少し寂しそうに微笑んで話し出した。
自分が学校に馴染めていない事、母親が再婚した新しい父親とうまくいっていない事、そして学校に行くふりをして、たまにこの公園に来ている事……。
「小学生が学校をサボったりしたら、先生が親に連絡したりしないのかい?」
僕の問いに、カナエは笑った。
「私より少し大人の友達がいるの……彼女にお母さんのふりをしてもらって、学校に連絡するのよ。カナエは体調不良で休みますってね。ねえ、知ってる? アイザワさん。小学校の先生ってね、基本的に小学生のことを舐めているの。小学生には、学校をサボるときに母親の代役を立てるような知恵は無いって思い込んでいるのよ」
カナエは吐き捨てるようにそう言った。僕は何も言わず、それを黙って聞いていた。話を聞いただけの僕が、彼女のその話に意見すべきでは無いと、そう感じたのだ。
彼女の話は続く。
「自慢に聞こえるかもしれないけど、私は少し頭が良すぎるの。別にテストの成績が良いとか、そういう事だけじゃなくて……同級生と話しているとね、時々馬鹿らしくなってくるのよ。あぁ、なんで私はこんなレベルの低い連中と肩を並べて授業を受けないといけないんだろうって……ねえアイザワさん、私って変かな?」
「その問いに答えるのは……難しいな。残念ながら、僕は普通の小学生だったし、今君が感じているような感情を持ったことは無い……」
「……そう」
少し沈んだような声のカナエは、俯いていた。
しばらく無言の時間が続く。
僕の答えは、彼女の望むものでは無かったのかもしれない。でも、僕は彼女に嘘をつくことができなかった。
「カナエちゃん……君の悩みを、僕は理解できないのかもしれない。けどね、こうして話を聞くことくらいはできるから……友達だからね」
付き合いも短い、年の離れた二人だ。
置かれている状況も、育ってきた環境も違う。
わかり合うことなんてできないかもしれない。でも、話を聞くことくらいは出来るはずだ、奇しくも今日、僕に対して田村がやってくれたように。
その言葉を聞いて、カナエは小さく微笑んだ。
そして彼女は立ち上がると、僕に何かを差し出してきた。
「アイザワさん、これあげる」
それは、彼女がいつも持ち歩いていた、『銀河鉄道の夜』の文庫本。
「これは……受け取れないよ。お母さんから貰った、大切な本なんだろ?」
「いいの……もう、内容覚えるくらい読んじゃったし、それに大切だからこそアイザワさんに持っていて欲しい」
そう言って、彼女は座っている僕の膝にそっと本を置いた。
「またね、アイザワさん」
小走りで帰っていくカナエの後ろ姿を、僕は無言で見送る。
膝の上には彼女が渡したボロボロの文庫本。
僕は彼女の大切なその本を、そっと自分の鞄にしまった。
空を見上げる。
やはり、星は申しわけ程度にしか見えない。
きっと、星からも僕のことなんて見えないのだろう。
すっかり冷めてしまったポテトを口に放り込む。
冷めたポテトが嫌いだという人の気持ちが、少しだけわかったような気がした。
◇
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