第22話 誰もいない公園、図書館



 ギラギラと元気の良い真昼の陽光。じっとりと全身が汗ばむ。


 家でたくさんの水とコーヒーを飲んできた筈なのに、もう喉が渇いてきたような気がする。口の中の唾液は粘度が高く、不快に喉にへばりつく。


 いつもの駅を通りすぎ、昨日の公園へと向かう。迷うほどの道ではない、ゆっくりと進もう。


 途中で自販機を見つけ、僕は何か飲み物を買う事にした。


 少し迷ったすえ、冷たいペットボトルのお茶を二本購入する。一本は僕が飲む用、もう一本は水筒を持たない小学生用だ。


 キャップを開け、冷えたお茶を口に流し込む。


 熱を持った口内が冷えて、少し気分は楽になった。どうやら水分が不足していたというよりは、熱にやられていたようだ。


 公園にたどり着いた僕は、そっと砂場を確認する。しかし、どうやらカナエは来ていないようで、誰も居ない砂場が強い陽光に照らされていた。


「……そうか、来てないのか」


 少し肩すかしをくらったような気がするが、別に今日この場所で会う約束をしていた訳では無い。


 もしかしたら、昨日はたまたま公園に来ていただけで、今日は学校に行っているのかもしれない。


 二本目のお茶のボトルが無駄になってしまったようだ。


 特にやることもなかった僕は、ぼんやりと公園内のベンチに座りこんだ。


 ベンチの側にある木が、ちょうど良い影をつくっており少し涼しい。お茶を飲みながら周囲を見回す。


 誰も居ない公園。


 周囲に植え込まれた木々のためか、道路を行き交う自動車の音も、少し遠く感じるような気もする。


 さて、これからどうしようか。


 今日はカナエと話をするつもりだったので、まったくやることが思い浮かばない。ぼんやりと座っていると、ふと思い浮かぶ言葉があった。


 ”ブルカニロ博士”


 昨日は酔っ払った状態で、PCで軽く検索しただけだったので詳しい事は調べられなかった。近場の図書館にでも行って調べ物をするのも悪くは無いだろう。


 別に調べたところで何があるわけでもないのだが、他にやることがあるわけでもない。それに、きっと図書館は冷房が効いている。冷えた室内での読書は悪くない。


 ペットボトルのお茶を飲み干し、僕はベンチから立ち上がった。








 初めて利用する図書館。以外と規模が大きい。


 利用カードを作り、館内をぶらりと歩き回る。


 ほどよく効いた冷房。寒すぎもせず、暑くもない適温は、司書のこだわりだろうか?


 全身の汗が引いていくのを感じる。


 読書は好きなのだが、図書館を利用するのは久しぶりだった。不思議なことだ。学生の頃はかなりの頻度で図書館を利用していたと思うのだが……。


 何となく図書館を見回すと、不意に学生の頃の記憶が蘇る。今まで思い出すこともなかった、何気ない学生の頃の記憶。


 そう確か僕は学生の頃、後輩だった花沢を連れて、図書館に通っていた事があった。


 あの日。

 僕の人生を変えたあの花沢の作品は、花沢が人生で初めて執筆した小説だったらしい。


 それどころかアイツは、これまでまともに本を読んだことが無いなんて言いやがったので、僕は開いた口が塞がらなかった。


 文芸部の部長として、この天才に読書の素晴らしさを伝えるべく、僕は彼女を図書館へと連れて行ったのだ。





『色々な本を読むと良い。お前の作品は凄まじいけど、正直文章はお粗末だ。きっとたくさんの本を読めばお前の拙い文章もマシになるさ』

『そうかしら? あまり興味はないけど……』

『そうともさ。まあ、仮にそうでなかったとしても、読書ってのは素晴らしいものだぜ?』




 そうだ。読書は素晴らしい。


 いつからだろう? 僕が読書を仕事として捉え始めたのは?


 わからない。

 きっと、僕は大人になってしまったのだろう。

 



 物語が好きだった。

 物語を読むことが、

 物語について語る事が、

 物語の内容を考察することが、

 物語を綴る事が、

 僕は大好きだった。


 今の僕はどうだろう。


 物語を読まず、

 物語を語らず、

 物語を考察せず、

 物語を綴れない……。





 僕は今、何を生きがいとして生きているのだろう?


 






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