少年は悪夢を忘れる ③
あまり質の良くない睡眠でラウドは身体が重いまま、朝食を食べようと階下へ降りたが、その場はまるで昨日とは違い、キラキラと輝くような爽やかさに目がくらみそうだった。
「おはようございます!」
「おあよーじゃます!」
しばらく呆然としていたが、宿屋の質が上がったのではなく、アーウェン自身がとても澄んだ気配に変わっていることに気がつき、ラウドは自分の妻へと視線を向ける。
「おはよう。良い朝だが……特に良いことがあったのかな?」
「ええ、おはよう、あなた。良くはわからないのだけれど……アーウェンの具合はすっかり良くなったみたいですわ。ジェナリー様のおかげでもありますけども」
「ジェナリー嬢……いや、ルアン夫人の?」
女同士で話したいこともあるだろうと思って、ラウドはルアン伯爵夫妻が訪ねてきた時には挨拶のみで、さっさとログナスと共に別室に入ってしまったから、アーウェンのために安眠用のブレンド茶や匂い袋などを用意してくれたことは知らない。
その相乗効果もあり、カラとエレノアのスープが覿面に効果があり、悪夢から解放されたということも、まだ知らなかった。
「ふふ……そういえば、ルアン伯爵ご夫妻とはご同輩でいらっしゃるのでしたわね?」
「ああ……聡明な女生徒であったが、今もその知性が曇らずにいて何よりだ。一体何があったのか、教えてもらってもいいかね?」
「ええ、もちろんですわ、あなた」
そう言ってヴィーシャムが話したのは、まだ字の読めないエレノアが、ルアン伯爵家管理の下で育てられている植物園の薬草エリアにある『アフェニミアス』という安眠をもたらす薬草を指し示し、アーウェンのために加工したものを持ってきたこと、なぜか昨夜はエレノアがアーウェンから離れず同じベッドで寝、起きた時にはアーウェンの纏う空気が清浄されていたこと、そして──
「アーウェンによると、『夢の中で大きくなったエレノアが、黒くて気持ち悪い木の枝みたいで虫のような変な物を自分の頭の中から引っ張り出して、やっつけてくれた』のだそうですわ」
「大きくなった?エレノアが?やっつける?……黒い……虫……」
ヴィーシャムの言う『黒くて気持ち悪い木の枝みたいな虫』という物は、アーウェンの中から出てきた物と同一の物ではないかと洞察されるが、エレノアが大きくなったとは?
「ふふ……おそらく、カラとエレノアの解呪の力だと思うのだけれど……私も『アーウェンのために作ったスープ』を少しだけいただいたら、やっぱり大きくなったエレノアに会えたの。ああ……そういえば、アーウェンにも、リグレにも。三人とも可愛くて素敵な紳士とレディに育っていてよ?あなた」
夢の中であった面々を思い出したのか、頬を紅く染めながら嬉しそうに笑うヴィーシャムは、一転微かに眉を顰めた。
「……そして思い出したの。私がどうして幼い頃からターランド伯爵邸の別邸にいたのか、妹や兄たちのことを忘れてしまっていたのか」
「…‥それは……辛いことを、思い出させた」
「いいえ。思い出せてよかったの。あの頃、私が疎まれていたからこそ、私はあなたと結ばれ、リグレとエレノアの母となり、アーウェンという可愛らしい義息子まで得ることができたのですもの」
そう言ってヴィーシャムはラウドの頬に軽くキスをして、ニコニコと笑いながら食後のデザートを食べるふたりの子供を幸せそうに見つめた。
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