第17話 お出かけ

「今日はどこかに出かけるか」


 日曜日の朝。

 10枚目のパンケーキを食べながら、リーゼがそんなことを言い出す。

 僕は1枚目のパンケーキを頬張りながら、感激していた。


 リーゼとデート……嬉しいに決まってる!

 僕はコクコクと何度も頷く。


「私とお出かけできてそんなに嬉しいのか?」

「嬉しい! 嬉しすぎて海外ぐらいまで走って行きたい気分だよ!」

「ふーん。なら、私を楽しませてくれ。楽しませてくれたら……ご褒美をあげるよ」

「ご、ご褒美……」


 ニヤリと笑うリーゼを見て、僕は鼻血を噴き出す。

 リーゼはビクリと反応し、流れる鼻血を見て顔をヒクヒクさせていた。


「だ、大丈夫か……?」

「大丈夫! ちょっと興奮しただけだから!」

「興奮って……何想像してたんだよ?」

「内緒です!」


 リーゼが意地悪い顔をする。

 僕は照れに照れて顔を逸らし、誤魔化すようにパンケーキを一気に頬張る。

 そのままキッチンにお皿を持って走り、洗い物を始めた。


「ほ、ほら! 早く出かけよう! 洗い物するから、着替えてなよ」

「ああ。分かったよ」


 部屋の方から、リーゼが着替える音がする。

 そちらの方を覗きたい衝動が走るが……僕は我慢した。

 偉い! 偉いぞ、僕。

 

 お皿を洗い終える頃には、リーゼも着替えが済んでいたようだ。


「…………」

「どうだ?」


 僕はリーゼの服装を見て、言葉を失っていた。

 あまりの美しさに言葉が何も出てこない。


 上はシャツ一枚。

 下は、太腿が全て露わになっているデニムのショートパンツ。

 長くスラッとしたその足から視線が外せない、悪魔的な魅力を感じる。

 そして悪魔のようでありながら天使のような笑みを浮かべるリーゼ。

 僕は彼女に魅了され、そしてとろけるような気分に落ちる。


「……可愛い」

「そうか」

「可愛い可愛い可愛い可愛い! 世界で一番可愛い!」

「お前の奥さんが世界で一番可愛くて良かったな」

「うん!」


 僕は興奮して、とにかく彼女のことを褒めまくっていた。

 彼女はとても恥ずかしがっているようで、僕から視線を外し、パタパタと手で顔を仰いでいる。

 そんなリーゼもまた可愛い!

 その手の動きまで可愛く見えるんだから、ズルいな、この子は!


「ほ、ほら。もう行くぞ」

「うん!」


 リーゼは僕の視線に耐え切れなくなったのか、駆け足で玄関まで向かう。

 僕はリーゼに続いて、家を出た。


 財布の中身を確認する。

 二万円入ってるな……よし。

 とりあえずは、なんでも買ってあげられそうだ。

 と言っても、これ全部リーゼのお金なんだけど。


 最寄り駅に向かってリーゼと歩き始める。

 道中、彼女の可愛さに見惚れる男子たちが多数。

 僕は胸を張って彼女の隣を歩いた。

 

 リーゼは興味なさそうに僕の横を歩いている。

 他の男のことは全然気にならないんだな。

 ふと僕は、リーゼにどう考えているのかが気になり、彼女に訊ねてみた。


「リーゼ。他の男の人に興味なさそうだけど……純粋に興味無いの?」

「無いな……それに、私が他の男と話していたとして、お前は嬉しいか?」

「……嬉しくないな」

「だろ? お前が嫌がるようなことは私はするつもりがない。だから無駄に男と話をしようとは思わないんだよ」


 結構僕のことを考えてくれているんだなと、僕は胸をキュンとさせた。

 こんなに可愛くてこんなに僕のことを考えてくれていて……どれだけいい奥さんなんだよ! 

 家事は全くする気ないようだけど、そこは僕がフォローすればいいだけの話。

 この世には色んな男女の関係がある。


 リーゼがお金を稼いで(というかお金を持っていて)僕が家事を頑張る。

 うちはそれでいいんだ。

 それがうちの正解なんだ。


 僕はリーゼの横顔を眺めていると、無性に彼女と手を繋ぎたくなってきた。

 こういうのは、普通の反応だよね?

 恋人ととか奥さんと手を繋ぎたいって衝動は普通だよね?

 皆もそう思うよね?


 僕は一つ心に決める。

 今日はリーゼと手を繋ぐ。


 夫婦になったのにいまだに夫婦らしいことを何もしていない。

 焦ってはいないけど、さすがに何も無さ過ぎる。

 

 彼女にヘタレなんて思われたくないし、よし、今日は頑張ってみよう。

 ってか、逆に気持ち悪がられたりしないだろうか……


 僕が不安そうにリーゼを見ると、彼女はニコリと笑う。


「どうした、耕太?」

「いや……可愛いなと」

「…………」


 プイッと顔を逸らすリーゼ。

 いや、本当に可愛いなと。


 僕のことは嫌っていないはず。

 いや嫌っていたら結婚なんかしないはずだ。

 ということは、手を繋ぐぐらいは許してくれるよな?

 いや、絶対に繋いでもいいはずだ!


 僕はポジティブ思考をフルドライブさせ、彼女と手を繋ぐことを決心した。

 ソーッと手を伸ばし、彼女の手に触れようする。


 ドキドキ心臓の音がうるさい。

 手汗も大量にかいてる。

 気持ち悪くないかな……


 ポジティブ思考にシフトしたはずなのにネガティブな思考が湧いて出て来る。


「……どうしたんだ? ちょっと変だぞ、お前」

「そ、そう? 気のせいじゃない?」


 リーゼが真っ赤な僕の顔を見て首を傾げている。

 僕は手を引っ込め、愛想笑いを向けた。


 今回は失敗だった。

 だけど、今日中にリーゼと手を繋いでみせる。

 そんなことを決断した僕は、胸を高鳴らせながらリーゼの隣を歩いていた。

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