第7話 覚醒

 怒りの想いにより力を覚醒させた名も無き男は、こじ開けた檻から出ると標的を定めるようにその眼光を監獄署長に向ける。


「ちっ、覚醒しやがったか……おい! お前ら! そいつを止めろ!」


 監獄署長が距離をとりつつ命令すると、戸惑いながらも看守たちが男の前に立ち塞がるが……


「「「「………………」」」」


 看守たちは命令を聞きながらも、まるで戦闘の意思はなく、むしろこの状況をなんとかして欲しそうな表情をする。


「フッ……なんて顔してやがる。お前らもあのクソ野郎にムカついてんだろう? ならそこをどけ……どかないなら……力尽くで行かせてもらうぞッ‼」


 怒号と共に男が一歩踏み出すと足の先から稲妻が走り、周りの地面がその意志と呼応するかのように変形を始めていく。

 その直後、三十名ほどいる看守たちの周囲には大きな囲いが創られていき、それらを半分に分けるかのように地面を変動させると、両サイド奥の壁まで押し出して戦闘に参加できぬよう強制隔離した。


「うおっ⁉」 


「なんだこの空間は……⁈」 


「出られないぞっ⁉」


 看守達はまるで立場が逆転したかの如く、捕らわれの身のような形になってしまう。


「悪いが先に行かせてもらうぜ」


 開かれたその道を男が闊歩していくと、オリヴィアによって拘束を解かれたマキナが止めに入る。


「待てっ! これは私の責務だ……! お前が行く必要はないっ!」


 尚も真っ直ぐな視線を向けるマキナを男は黙って見つめる。


「これは我々の問題……お前が代わりにやる必要は――」

「そんなもん知らん。これはオレが勝手にやってるだけ……お前らは関係ない」

「しかし――」

「まあ見てなって……オレがついでにあのクソ野郎をブン殴ってきてやるからよッ‼」


 マキナのその想いに笑みで応えた男は監獄署長に視線を戻すと――


「さあ、後はオレとお前だけだぜ! さっさと掛かってきなッ‼」


 ――手の平を上にして指を内側に向けながら、挑発するかのようなジェスチャーをする。


 そんな男の態度に監獄署長は嘲笑うと――


「ハァ……いるんだよなぁ、力を持った瞬間にイキりだすお前みたいなバカがよぉ……俺はそういうクズ共が大嫌いなんだよッ‼」


 怒りをあらわにするが、それに対し男は――


「フッ……ハハハハハハハハハハハァッ‼」


 笑いだす……高らかに。


「オレはお前みたいなクズ大好きだぜッ‼」


 その直後、怒りの表情に切り替わり――


「ぶん殴ったら、さぞかし気分がいいんだろうなぁ……‼」


 怯むことなく、語気を強めて言い返した。


 それを聞いた監獄署長は怒りと笑いの表情に満ちながら科学宝具を懐から出し、ソレを手の平で包んむことで展開させると、メリケンサックを形成しながら男の眼前に立ち塞がった。


「やれるもんなら……」


 そして拳を振り上げ――


「やってみなぁッ‼」


 男に殴りかかる……が――


「オラァァッ‼」

「――ぐっ⁉」


 ――バゴォッ‼ と鈍い音と共に男の拳が監獄署長の顔面に突き刺さり、そのあまりの重さに血を吹き出しながら膝をついてしまう。


(バカなッ⁈ 俺が先に攻撃した筈なのにっ⁈ 何だこの速さは……⁈)


「ぐぅッ……クソが……調子に乗るなァァァッ‼」


 今度は膝をついた状態から反撃するようにアッパーカットを繰り出すが――


「ダラァァッ‼」

「――ごふぁっ⁈」

 

 ――まるで動きを読まれているかの如く躱され、又もや顔面に拳が叩き込まれてしまい、先程より重い一撃は監獄署長を地面に這いつくばらせた。


「ぐっ!……うぅ……なめんなよっ!……このクズが――」


 その後、監獄署長は何度も殴りかかるが、ギリギリで躱されては拳が叩き込まれていく。立っては殴られ、また立っては殴られを繰り返し、その拳はすべて監獄署長の顔面に吸い込まれていく。隙はいくらでもあったはずだが他の部位は狙わず……ただ、その憎たらしい顔面にひたすら叩き込んでいく。誰がどう見ても力の差は歴然だった。


「――ぐッ……クソッ‼ 与えられた力だけの……ゴミ野郎がッ……!」


(いや……あれは与えられた力だけじゃない……)


 壁の上から様子を窺っていたレイは、無駄のない男の動きで気付いていた。


(あの動き……完全に読んでいる。拳の重さは、あのガントレットのおかげかもしれないけど……あの動きは持って生まれた戦闘センス。あれは間違いなく前世の……旦那自身の力……!)


「さあ、立ちな。まだ終わってねぇぞ……!」

「クソッ……!」


 接近戦では敵わないと悟ったのか、監獄署長は一気に距離をとり、科学宝具を展開させてガトリング砲を生成する。


「へッ……死ねぇッ‼ クズがァァァッ‼」


 銃身が自動で回転して砲撃を開始しようとする前に、男は左手を構えて稲妻を迸らせると、ガントレットは円状の光学兵器が搭載されたものに変形し、その手の平が光の粒子を圧縮し始めた後、全開まで溜め込まれた力を一気に開放する。


 その瞬間――


 ビィィィィィィィィィィィィィィ‼ と、まさしくレーザービームのような甲高い音を奏でながら凄まじい光を放出し、その反動に耐え切れなくなった左腕のガントレットと共に眼前のガトリング砲を粉砕した。


「す……凄い……」

「なんて力なの……」


 あまりの力にマキナとオリヴィアは感嘆の声を漏らし――


「なっ、何なんだ⁉ その力はっ……⁉」


 ――監獄署長もその能力に思わずたじろいでしまう。


「さあな……オレにもよくわからん。まあ、今は取りあえずこの力をテメエをぶちのめす為だけに使わせてもらうッ‼」


(くそッ……! 出し惜しみしてる場合じゃねェッ‼)


 監獄署長は持っている科学宝具を全て展開すると、男を空中に打ち上げるように分厚い鉄柱が地面から複数出現し、更に複数の鎖が伸びていくと四肢を縛り上げて拘束してみせた。


「――ぐッ⁈」

「へっ! 手こずらせやがって……今ブッ殺してやるッ‼」


 勝利を確信したかのような笑みで腰に差していた銃を取り出し、監獄署長は男に向けて躊躇なく引き金を引こうとする。


「死ねえェェェッ‼」


 ――バンッッ‼ と銃声が鳴り響き、発射された弾丸は男の頭――


「――ぐあッッ⁉」


 ――ではなく、監獄署長に撃ち込まれ、持っていた銃を弾き飛ばした。


「クソォォッ……誰だッ⁈」


 銃声のした方向を見るとそこには、フードを被って口元を布で隠したレイが、まさしく盗賊の様な姿で立っていた。聳え立つ壁の上で雅やかにリボルバーを構え、距離にしておよそ四十メートルはあろう所から、寸分たがわぬ精密さで狙撃してみせた。


「バカなッ⁈ あんなところから撃ったっていうのかッ……⁈ まさかアイツは……」

「ハッ……踏んだり蹴ったりだなぁ、監獄署長さんよぉ~。そろそろ終わりにしねえか? バトルってのはテンポ良くいかないとな!」


 捕らわれの身であるはずの男は尚も挑発するような態度で余裕を見せると、監獄署長は対称的に血管が浮き出そうなほどの怒りの表情を見せる。


「このクズ共がッ‼ 俺に手を出したらどうなるか、わかってんのかッ⁉ 俺のバックには大量の貴族がいるんだぞッ‼ 『帝国』の奴らだって黙っちゃいねえッ‼ 逃げられると思ってんのかッ⁉」


 そんな最後の悪足掻きをする監獄署長の言葉など意に介さず――


「知るかァッ‼ そんなもんッ‼」


 ――男は高らかに言い放つと、残された右腕のガントレットが光を帯び始める。


「オレは……」


 そして轟音と共に稲妻を迸らせながら変形させていくと――


「オレは……」


 肘の部分からジェット噴射の如く煙が噴き出し――


「目の前の気に入らない奴を殴るだけだァァァァッッ‼‼‼」


 ガントレットが縛っていた鎖を引きちぎりながら、まさしくロケットパンチのように飛んでいき、吸い込まれるように又もや監獄署長の顔面に叩き込まれる。

 

 推進力はそのまま落ちることなく、監獄署長の体ごと奥まで飛んでいくと、抉るように獄門へと減り込んでいき――


「ぐあァァァァァッッ‼‼‼」


 ――その叫び声と凄まじい破壊音と共に、この状況と蛮行と支配者を一挙に粉砕した。


 マキナはそんな光景に唖然としつつも、目の前の名も無き男を見つめていた。

 自分のこともよく分かっていないはずなのに、後先や損得を考えずに行動するその真っ直ぐな生き様に、そしてその『自由』さにマキナは……思わず見惚れてしまった。


 監獄署長が倒されたことによって拘束していた鎖が解除された男は、地面に着地すると倒れているダーシーの下へ向かい手を差し出す。


「よお、動けそうか?」

「は……はい」


 男はダーシーを抱えながら壊れた獄門から出ようとするが「待て……」と、オリヴィアを連れたマキナに再度呼び止められてしまう。


「なんだ? お前らまで邪魔するのか?」

「そうだな……本来は監獄副署長として、囚人を見逃すことはできないが……」

「…………」

「あいにく我々は署長の指示がなければ動けないクズの集まりでな……残念ながら何もできないのだ」


 そう言ったマキナはどこか清々しい表情だった。


「フッ、嫌いじゃねぇぜ……そういうの」


 こうして騙されて監獄行きとなった男は、満足そうに顔を綻ばせながら、ダーシーを連れて真正面から脱獄した。




【いい感じで終わったのは結構なことだが、隔離した看守たちのこと忘れてないか?】

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