第6話 執行
処刑場――
あらゆる者を断罪する場所であり、この物語の主人公? の最期を飾ることになるかもしれない場所。そんな主人公にすらなっていないどころか、転生者でありながら未だに特殊能力の一つも使っていない、この哀れな名も無き男は、再び後ろ手に分厚い手錠をされ、移動式の檻で運ばれていた。
「嫌だあああ‼ 死にたくなああああい‼」
叫びまくる男を無視し、処刑場にはマキナやオリヴィア、その他の看守たちも出揃い、四方に聳え立つ壁の上にはレイが潜伏し、様子を窺っていた。
「さあ、旦那……アンタの力、見させてもらいますよ」
そしていよいよ、刑の執行者である監獄署長が登場する。
「よお~転生者! 元気してるか? そういえば、まだ名を名乗ってなかったな。俺は監獄署長のカン・ゴック様だ! 死ぬ前に覚えとけ!」
「嫌だあああ‼ 名前がそのまんまで嫌だああああ‼」
「あ⁈ なんか言ったか⁈」
そう言いながら監獄署長は、男が収監されている檻を足で蹴り上げる。
「ナンデモアリマセーン……」
ようやくトーンダウンした男に、マキナが小声で独り言のように呟く。
「……何故逃げなかった……」
「え……?」
マキナの発した言葉に対し疑念を抱く最中、監獄署長が看守たちに号令をかける。
「よ~し、先ずは女からだ! 連れてこいッ‼」
後ろ手に手錠をされながら連れてこられたのは、男が何処かで見たような気がする……というか忘れもしない美女だった。
「なっ、何でここにダーシーちゃんが……?」
「言っただろう……今回は二人同時だと」
マキナは苦虫を嚙み潰したかのような、何処か悔し気な表情でそう答える。
「二人同時って……まさか……!」
「そう、あの女も……転生者だ」
「何? ダーシーちゃんも転生者……ってことは⁈」
「いや、あの女は死刑にならない……が、死刑の方がマシかもしれん」
その妙な言い回しに問いを投げかける間もなく、監獄署長はダーシーを蹴り始める。
「オラァッ‼ エリザベート様に喧嘩を売るとはいい度胸だなコラァッ‼」
――バギッ‼ ――ドゴォッ‼ と鈍い音が処刑場に鳴り響く。
「――ゔっ! ――ぐふっ!」
倒れながら呻き声を上げる光景に、男は一瞬にして怒りの眼差しに切り替わる。
「おい……オレはこの世界のルールはよく知らねえ。だが、身動きできない女を殴るのはどんな世界にもあっちゃならねェッ‼」
「…………」
苦悶の表情で黙ることしかできないマキナの代わりに、オリヴィアも同じような表情で途切れ途切れに答える。
「それは……私たちも分かってる。でも署長のバックには大物貴族が蔓延っていて……奴に逆らうということは本国の連中に逆らうのと同じこと。皆にも家族……生活があるの……」
周りの看守たちもマキナと同様に苦悶の表情をしていた。この行為は監獄署長の独断で行われているようだった。
「いいか? 同じことを言うつもりはねえ。殴る奴も……それを見て見ぬふりをする奴も……クズだ……! テメエら全員クズか? 違ぇだろうがッ‼」
「お前……」
男の声色は徐々に怒気を帯びていき、先程までのイメージを一転させ、マキナをより困惑に染める。
「お前たちにはお前たちのルールがあるんだろうが、そんなもん知らん。何にもしねぇなら……オレをここから出せ! オレが代わりにブン殴ってやる‼」
マキナは目の前の真っ直ぐな男の想いを聞くと、何処か覚悟めいた表情に切り替わる。
「いや、囚人の力は借りん。これは私の仕事だ」
マキナはオリヴィアに一度視線を向けると、未だ蹴り続けている監獄署長の下へ近づいて行く。
「署長……もうそのあたりで……」
「あ? 何?」
「その女は『グリーズ家』に送る手筈になっているはずです。それ以上傷つけては……」
「だから?」
「先方にはそれ相応の金額を受け取ることになっています。そんなに傷つけては契約が……」
監獄署長は蹴る脚を止めると、溜息をつきながらマキナを睨む。
「俺はなマキナ副署長……別に金が欲しいわけじゃないのよ。ただこの女を……転生者を何の刑にも処さずに野放しにするのが気に入らないだけ。だから多少痛めつけておかないとなぁと思っただけさ。それに、あのブサイク当主は傷だらけの女でもイケるタイプだから問題ないだろ?」
多少というにはダーシーはもう既に虫の息であり、まるで悪びれない監獄署長の態度は、男の中にある怒りの想いを加速させていく。
「ですが署長――」
「あのさマキナ副署長」
監獄署長は疑わし気な目つきでマキナの言葉を遮る。
「何故庇う? やっぱり怪しいなぁ……噂は本当だったのかなぁ?」
「噂……とは?」
「実はさぁ……本国の方で君が転生者を逃がしているんじゃないか、っていう情報が入ってきてね~。俺はそれを確かめなきゃならないってことで、わざわざこんな辺境の地まで危険を冒して足を運ぶ羽目になったんだわ」
「そんな噂は知りません。ただ転生者とはいえ、同じ女性がこれ以上傷つけられるのを見てはいられない……ただそれだけです」
マキナが真っ直ぐに、そう答えると――
「ふーん……そうか、分かった。じゃあお前、この転生者の代わりに死刑な」
――監獄署長はそう軽く言い返し、すかさずオリヴィアが止めに入る。
「ちょっと待ってください! この転生者は元から死刑ではありません! 噂の証拠もないのに代わりに死刑にするなど――」
「今決めた。この転生者は死刑だ。だから代わりにマキナを死刑にしよう! 良かったなぁダーシー、お前は死刑にならずに済むぞぉ?」
先程まで蹴り続けていたはずの監獄署長は、一転して優し気な微笑みでダーシーの頬を撫でる。
「そんなのおかしい――」
「良かったなぁ、オリヴィア君! 君は今日から副署長に昇進だ、おめでとう!」
オリヴィアの言葉を遮り、有無を言わさぬ形で、監獄署長は執行の準備に取り掛かる。
「待ちなさいよ!」
「いや、いいんだ」
マキナは了承するが、オリヴィアが即反論する。
「いいわけないでしょう⁉」
「いいんだ、オリヴィア! さすがのアイツも証拠もなしに、身内を私刑にしたとあってはタダでは済まないだろう。それに奴に歯向かえる大義名分になる。だから私が死んだ後、本国にこのことを伝えて奴をこの監獄から引き離し、今まで通りの公正な場所に戻すんだ!」
「マキナちゃん……」
「そんな……」
「副署長……」
オリヴィアや看守たちは、マキナのその強き覚悟に、若干の迷いが生じてしまう。
「すまない……皆には辛い思いをさせる。だが、私にできることはこれくらいしかない。後のことは頼んだぞ……」
マキナは真っ直ぐなその眼差しで、処刑台を見上げながら歩を進める。
この処刑台は昔ながらの断頭台の形を成していた。科学宝具のような便利な機器が溢れている世界にもかかわらず……それは何故か? 一度も使用されていないからだ。マキナが常に公正を求めたから……
「さあ、来な。俺がスパッと逝かせてやるからよぉ!」
人の命を何とも思っていない監獄署長に、言われるがままマキナはうつ伏せとなり、首と手首を拘束され執行の準備が整ってしまう。
「待って‼ こんなのおかしい‼」
オリヴィアはどうしても納得がいかず、再度止めに入り――
「そうです‼」
「やめてください‼」
「副署長を離してください‼」
看守たちも続けざまに声を上げていく。
「おいおい、お前らテンション上がりすぎだろ⁉ そんなに早く見たいなら――」
だが、まるで意に介さない監獄署長は、断頭台のレバーに手をかけ――
「見せてやるよッ‼」
――無邪気な残忍さと共に刑を執行する。
「やめてえええええ‼」
――バギンッッ‼‼
鼓膜に突き刺さるような鋭い音が鳴り響き、瞬時にオリヴィアは目を閉じて顔を逸らしてしまう。目を閉じていたのは一瞬だったが、マキナの姿を見たくないという思いが、その時間を異様な長さへと変えていた。しかし、しばらくすると――
「何……だと……?」
狼狽えるような監獄署長の言葉によって、オリヴィアは恐る恐る目を開けると、そこには――マキナがいた……生きていた。断頭台は起動していなかったのだ。では先程の音は何だったのか? オリヴィアはそう思い周りを見てみると、他の看守達がある一点に視線を向けていた。
オリヴィアもそれに釣られて視線を移すと――
あの男がいた。
その男は後ろ手にされた分厚い手錠を自力で破壊していた。先程鳴り響いたのはその音だった。
「待ってろ……」
男はそう言いながら鉄格子を掴むと、その人間離れした力で徐々にこじ開けていく。するとその想いに呼応するかのように手錠の部分から稲妻が迸り、轟音と共に腕全体を覆うガントレットのような形に『変形』する。
「今からそっちに……」
そして次の瞬間、己が力とガントレットで鉄格子を一気にこじ開けると、この世に生まれ落ちた名も無き男は、その怒りの眼差しと共に――
「行くからよぉ……‼」
――『覚醒』した。
【ようやくか……】
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