第5話 脱獄

 そんなこんなで紆余曲折(変態行為)あったオレたちは手を結び、目下ここから脱獄する為にと、監獄の通路を右往左往しながら走り続けていた。


「しっかし随分走っているのにアレだな。人っ子一人出くわさないな。看守くらい普通いるもんじゃないのか?」


 先行して走っているレイに、オレは当然の疑問をぶつけてみる。


「看守なんて、殆ど必要ないんですよ。この監獄にはね……」


 レイは窓が並ぶ通路に差し掛かったところで走るのを止め、説明キャラらしく監獄リアビアについて解説を始めた。


「左の窓を見てください。この下は一部を除いて外周ほとんどが絶壁になっているんです」


 レイにそう促されたオレは、窓の近くまで歩いて行き、恐る恐る下を覗いてみる。


「うわっ! 高っ! こんな場所に建ってたのか、この監獄……」

「しかも壁の至る所に爆弾型の科学宝具が埋め込まれているので、ここからの侵入や脱出はほぼほぼ不可能という訳です」

「まあ、こんなところ頼まれても登ろうとは思わんがな……」


「次は右の窓を見てください」と手の平で指し示すレイは、右側の窓に近づきつつ説明を続ける。


「あそこが、この監獄のメインステージ……処刑場です。四方は高い壁に覆われていて、最奥に位置している大きな門が唯一の出入り口になっていています。逃げるならあの獄門を通る以外の方法はありません」


 オレはレイの後方から処刑場を眺めつつ耳を傾ける。


「なるほどね。侵入経路も逃走経路もあの門からなら、看守たちはみんな処刑場付近に出張るわけか……で? ここをどう突破するんだ?」

「そこで旦那の『特殊能力』の出番です!」

「ん? 特殊能力?」

「転生者は『氏名・使命』を奪われる代わりに特殊な力を得るんです。その力を使って突破するって作戦です!」


 レイは一頻り説明が終わったのか、キラキラとした目で興味津々に尋ねてくる。


「で? 旦那はどんな力を得たんですか?」


 そんな問いにオレは目を高速でキョロキョロさせ、見事に動揺というものを表現して見せた。


 え? 力って……何のことだ? 何も聞いてないんだけど……強いてオレに備えられているものといえば――


「えーとっ……溢れ出るカリスマ性とか?」

「は?」

「いや待て……鍛え上げられた肉体美か? それとも通りすがりの雌猫を失禁させるほどのイケメンな顔?」


【自分で言うか? 普通……】

 

 レイは対抗するかのように高速で目をパチクリさせ、可愛いポカーン顔を披露して見せた。


「……いやいやいや、そういうのじゃなくって! え? 力ですよ力! 魔法のような特殊な力! 転生した時に貰いましたよね⁈」

「いやー、特にそういうのは聞いてないけど……」


 一瞬、お互いの時が止まる……


「どっ、どうにかして分からないんですか⁈ なんか自分の能力が分かる的なやつをこう……バッて感じで!」


 レイは手をあたふたさせながら、めっちゃテンパっていた。説明キャラがそんなんでいいのか……


「そんなもん、どうやって出せばいいんだよ!」

「なんか取りあえず踏ん張ったら出ますよ!」


 雑になってないかコイツ? 取りあえず緊急事態故、言われた通りに踏ん張ってみよう。


「ふうううううんッ‼……いや、無理だわ。これ以上やったらウ〇コ漏らす自信あるわ」

「そんなんで漏れませんよ! やる気あるんですか!」

「バカ野郎お前! オレのお腹のゆるさナメんなよ! 毎朝快便だからな!」

「知らないですよ、そんなの! そんな情報なんの役にも立たんわ!」

「第一よぉ! お前、力があるとかそういうのもっと早く言えよな! ギリギリでそんなん言われたって、心の準備ってもんがあるだろうが! 報連相はどうした報連相は! そんなんじゃ社会でやっていけないぞ!」

「盗賊に社会性求めんな!」

 

 レイはどんどんキレ気味になっていき、当初のできる盗賊感は何処へやら……まあ、そんなものは最初からなかったのかもしれん。人は短時間でここまで変われるものなんだね。


「っていうかさ! 脱獄するのにオレの力ありきっておかしくない? ガバガバ作戦にもほどがあるだろ!」

「しょうがないでしょ! あっしだって初めてなんだから!」

「初めてなんかい! そんなんでベテラン風吹かしてんじゃねえよ!」

「うるさい! とにかく旦那は力を持っているはずです! それを使うんです! 今すぐ! さあどうぞ!」


 レイは目が血走らせながら、ゴリ押しの如く強要してくる。このままでは話が進まないので、仕方なく再度言われた通りにしてみるが……


「えいっ!…………えええいっ!……えええいやあああっ‼…………いや、やっぱり無理っぽいんだけど……」


 頭をポリポリ掻きながら視線を戻すと、開けられた窓の向こう側にレイがぶら下がっていた。何処からともなく出したワイヤーに吊られて。


「旦那……どうやらここまでのようです」


 レイは最早作戦大失敗といったような悟りきった目で語りかけてくる。


「いや、ちょっと待って! え、何? ここまで来て見捨てるの? オレも連れてけよ!」

「すいません旦那……このワイヤー一人用なんです」

「そんな、どっかの坊っちゃんみたいな言い訳しないで! さっき強く言ったの謝るから! 連れてってくれ! いや、連れてってください! お願いしまぁす‼」

「いえ……旦那の変態性は理解したつもりです。どうせ、あっしにくっついて、いやらしいことをするつもりでしょう」

「しないって! さっきのは冗談だから! 何もしないから! 先っちょだけだから!」


【必死すぎ。身から出た錆だな】


「旦那……アンタは転生者です。それは間違いない。だがまだ『覚醒』してないようです。その力を使いこなせば、ここから出られるでしょう。そしてもし、出られたら……その時は一緒に仕事をしましょう」


 レイはキメキメの顔でサムズアップをし、ワイヤーを巻き上げながら去っていった。


「待ってえええ‼ 置いてかないでえええ‼」


 オレは泣いた。めっちゃ泣いた。オレはこれまでの自分の行動を恥じ、そして誓った。もう一生……セクハラはしないと。


【ウソつけ】


「あれ~? そんなところで何してんのかな~?」


 話しかけてきたのは軍服を着崩した、いかにも性格が悪そうな顔をした男。それ以上語ることはない! 何故なら野郎なんぞに構っている暇などないからだ!


「誰だ、アンタ……?」

「俺はここの監獄の署長やってるもんだけど。ってか何? 脱獄でもする気?」


 監獄署長だと……⁈ マズイ……ちんたらしすぎたか……! どうしよう……


「あっ、あぁ監獄署長さんでいらっしゃいましたか。ハハッ、いや~なんて言うんですかね。ちょっと外の空気吸いたいな~みたいな。ハハッ……じゃあ戻りますんで――」

「いや……戻らなくていいよ」


 監獄署長は戻ろうとするオレの肩を強めに掴むと、ニヤつきながら耳元で最後の通告を囁く。



「執行時間だから」

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