第13話変わらないように願っても②

8月26日、水曜日。

塾終わりに俺ー日比谷克己ヒビヤカツキは近場のアニメートに来ていた。

目的は『AZELIA』の2ndシングル『チェンジ・ユア・ハート』を手に入れるためだ。


―初回限定版が欲しい。


そんなことを思いながら、店の中に入っていく。

CDは特定の店で買うとそれに応じた特典が付いてくることが間々ある。

例えば、大手通販サイトで買うとチェキがもらえるが、ゲーミングズで買うと

メンバーのブロマイドがもらえるなどだ。

正直チェキとブロメイドの大きな違いはよくわからないが、両方とも写真のようなものらしい。

そして今、俺がいるアニメイトの購入特典は、メンバーのソロのブロマイド一種とメンバー全員集合のブロマイド一種らしい。

当然、ソロのブロマイドはリリを選ぶつもりだ。

店で会計を済ませ、購入特典のブロマイドをみながら帰宅していく。

前回のMVで見たように、リリは白を基調とした衣装を着ていた。

そしてチャームポイントである黄色いヘアバンドも愛用しており、衣装と相まって際立っている。

ブロマイドを見ているだけでも頬が紅潮していく。

CDの初回限定版は通常版よりも高く、値段は4000円近くにも登る。

お小遣い制の俺の家では、正直なかなか大きな出費だ。

ただ俺は思う。

推しに費やすお金に糸目をつけてはだめだと。

家に帰って曲をパソコンからスマホに落とし込み、フルで初めて

『チェンジ・ユア・ハート』をきく。

一番は何度も聞いた通り、冒頭からすごい盛り上がりを見せる。

ただ二番では曲調が変化し、少し落ち着いた物悲しい雰囲気を漂わせる曲になった。

しかし最後のサビで一気にまた盛り返し、『AZELIA』の強みの一つである勢いに乗った状態のまま曲が終わりを迎えた。


―ああ〜、やっぱり、いいな〜


アイドルが歌うにしては型破りな曲のようにも感じるが、それでもなぜか聞いていくうちにどんどんと曲に引き込まれていく。

俺はそんながたかぶった気持ちのまま、筋トレを始めた。


***


8月29日、土曜日夕方。

俺ー羽石悠人ハイシユウトは待ち合わせ場所の駅周辺で待っていた。

「少し早めに来ちゃったな」

集合時間に指定した6時までまだ15分ほどあるのを確認して、スマホをいじり始める。

俺は今日、自分の身なりにかなり気を使ってきた。

一週間前ほど前に克己と会っていて、ほんとによかったと思う。

もし会っていなかったら、おしゃれをしている克己の側を惨めな思いを

感じながら歩く可能性があったからである。

今日の服装は胸のあたりにブランドものの名前が載っているシンプルな白いTシャツと無難な青いジーンズだ。

このTシャツは自分の服の中で唯一のブランドものでもある。

だから俺は今日かなりオシャレな服を着てきたと自分では思っている。


―克己はどんな服装で来るのだろうか


少しソワソワしながら他の待人まちびとを待つ。

そして数分後、まず声をかけながら山岸ヤマギシが近づいてきた。

「おう、羽石久しぶりだな。いつきた?」

「さっきだよ。山岸ヤマギシ、お前も早いな」

「いやー、井崎たちが浴衣着てくるらしいから楽しみだったんだよ」

井崎たちの浴衣姿でも想像しているのかにやけながら答える。

山岸ヤマギシはいわゆるお調子者だ。

髪の毛は無造作に伸ばしており、特に襟足やもみあげが普通の人よりも長い。

顔にはそばかすがあり、目も細く、身長は165cmと少し低めなため

お世辞にもかっこいいとはいえない男だ。

山岸ヤマギシが俺を見ながら疑問を投げかけてくる。

「お前、今日おしゃれだな。俺も少し頑張ればよかった〜」

今の山岸ヤマギシの格好は適当なtシャツと膝下までの半ズボンという普通の男子高校生の格好だ。

やっぱり、お世辞にもかっこいいとはいえない。

ただ山岸には補って余りある大きな武器が存在する。

それはメンタルの強さだ。

俺と井崎と山岸はもともと同じクラスだった。

そして山岸は一年の終わり頃に井崎に告白して振られている。

にもかかわらず、今でもいつも通り井崎と会話している。

普通だったら距離を置いたりするものだが、むしろどんどん話しかけていた。

井崎の方は初め罪悪感からかアタフタしていたが、山岸の甲斐あってか今では普通に話せている。

ほんとに山岸のメンタルの強さは見習うべきポイントだと思う。


―もしかしたらただのバカかもしれないけど……


そんな失礼なことを考えながら、他の人を待つ。

そしたらその数分後に井崎とその友達二人が浴衣を着ながら、こちらに方に歩いてきた。

「待たせちゃった?」

代表して井崎が答える。

「全然待ってないよー。なあ羽石?」

「そうだな」

「後は日比谷だけか。あいつって結構ギリギリにくるタイプか?」

「そうだな。ただ克己は、時間は絶対に守るタイプだからそろそろくるだろ」

「じゃあ、適当に話しながら待ってるか」

そう言って山岸が女子三人に声をかけ始める。

「浴衣すっごく似合ってるね〜、井崎ちゃん!ああ〜、タツミちゃんも!」


―俺は置いてけぼりかよ


そんなことを思いながら駅の改札の方をみると、克己がこちらの方に歩いてきているのが見えた。


―カッケーじゃねーか


克己の姿を遠くから眺めながら、そう感じる。

無地の白いTシャツの上にカーキ色の半袖シャツを羽織っており、下は足のラインが綺麗に出る黒いズボンを履いている。

そして肌は赤ん坊のように綺麗であり、髪型もこの前のようにバッチリ決まっていた。

また筋肉もこの前より少しだけついたのか、心なしか逞しく見えた。

多分今の克己ならスタイルがいいので、何を着ても絵になるだろう。

やっぱり今の克己と昔の克己は明らかに違う。


―みんなは気づいてなさそうだけど、克己を見てどんな反応するんだろ〜


そんな風なことを考えていると、俺の他にも克己の存在に気がついた人がいた。

井崎夕花だ。

彼女は口元を手で押さえながら呟いた。

「日比谷君?」

その言葉に全員が一斉に克己の方を向く。

「ったく、日比谷おせ〜、んっ?」

克己と反対方向を向いていた山岸が振り返りながら克己に冗談を言おうとしたが、その姿を見て口を開いたまま愕然がくぜんとする。


―面白い反応するな〜


「ごめん、少し遅かったか?」

克己が申し訳なさそうに聞いてくる。

多分、今この状況を受け入れているのは俺だけのため代表して答える。

「いや、ほぼ時間ぴったりだ。俺たちが早いだけ。」

「よかった〜」

克己が安心したかのように胸に手を当ててホッと息をつきながら答えた。

「いやいや、何普通に話し込んでんだよ!もっと重大なことが!今!目の前で!起こってるだろ!

ええっ!?お前日比谷なのか!?」

山岸が声を大にして叫ぶ。

正直、少しうるさい。

「日比谷だけど」

「ええ〜〜〜!?お前、本当に日比谷なのか!?」

「日比谷だけど」

今度は少し呆れながら克己が答える。

「うえ〜〜〜!?本当に日比谷なのか!?」

「お前何回聞くんだよ。うるせえよ」

流石に山岸がうるさかったので、そう突っ込む。

「いや〜だってよ〜、あまりにも違ったからさ〜。もしかして整形したのか?」

笑いながら山岸が克己に失礼なことを聞く。

「んなわけないだろ」

流石に呆れているのか、ため息をつきながら答える。

「だけどさ〜普通一ヶ月でそんなイメチェンできんって普通。もしかして〜」

これ以上克己に対して失礼なことを言わせないために山岸の言葉を遮ろうとしたが、別の人間がその役割を担ってくれた。

「まあまあ山岸君落ち着いて。そんなことこれからゆっくり聞けばいいんだから。今はとりあえず、」

一呼吸おいて井崎が答える。

「日比谷君、かっこよくなったね。」

井崎がいつもの笑顔で克己を褒める。彼女も大分状況を受け入れたのだろう。

「あっ、ありがとう」

少し俯きながら、克己が答える。

流石に面と向かって褒められるのは少し恥ずかしかったのだろう。

場の流れを変えるために俺も一役買うことにした。

「克己、お前照れてんのか?」

「いや、てっ、てれてねーよ。」

「本当かよ〜」

「本当だって!」

俺が克己をからかって場が落ち着いたのか、今度は井崎の友達の女子二人が克己に勢いよく声をかける。

「日比谷君、めっちゃかっこよくなってる!」

「そうだよね。あとなんかすごく逞しくなった!」

「あっ、ああ、ありがとう」

女子二人に話しかけられたのが初めてなのか、克己はかなり戸惑っている。

克己に負けじと山岸がその輪の中に入ってゆく。

「いや、確かに克己もカッケーけど。俺も頑張ればそれぐらいになれるし」


―ただの負け惜しみじゃねーか


「じゃあ。日比谷君みたいになってみなさいよ」

女子の一人がバカにするように山岸に言う。

「ああ。やってやらー。」

「まあ、頑張れよ山岸。とりあえずみんな揃ったし、さっさと祭りに行こうぜ」

ここにいても仕方がないため、状況を進展させるためにそう提案する。

「ああ、そうだな行こう。」

克己も俺の意見に同意する。

こうして俺たちは六人で祭りに向かった。

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