妖精の取替子 2

 クールとセイを含めた入団希望の者たちが入団審査を受けたのは四ヶ月前だ。

 騎士とドルイド。希望者たちは、それぞれの適性があるか、魔物との戦いに耐えられるだけの身体能力を備えているかどうかを十日間かけて厳しく審査される。

 一定の評価を得られない者は失格となり、空の砦から降りることになる。

 しかし、望めばダーナ神殿やオグマ騎士団の施設の職員になる道も用意されている。

 騎士を目指していた者はその身体能力と剣技を活かして、要人の護衛、市庁舎や神殿など専属の警備兵に。

 ドルイドの修業を積み、様々な魔術を扱える者は、各工房の専任職員になることも多い。

 また、備品係や事務係といった、騎士とドルイドとはまったく別の職務を選ぶ者もいる。

 彼らがいなければ城の運営はあっという間に行き詰まることを誰もが知っている。

 空の砦に住み、命を懸けて最前線で戦う騎士とドルイドは、表舞台には登場することのない職員たちに支えられているのだ。

 幾つもの選択肢が示されたが、クールとセイは、騎士とドルイドになる道を選んだ。

 十年前に英雄を目の前で失ったふたりが、フィオールの末裔と戦った英雄と同じ道を志すのは道理であろうと、誰もが納得した。

 ミルディンはたたんだ封書に手を置いた。クールとセイがどのように戦ったのか、詳細がすべて綴られている良質な報告書だった。

 ミルディンは部屋の一画に浮かせてあるオーブの前に移動した。その直径は地上から見上げた月と同じ程度。ドルイドの最長老に代々受け継がれる、水晶にも似た透きとおった球体だ。

 仄かな光を放つ透明なオーブに、ぼんやりと映し出される四つの影がある。

 この世界を構築する四大元素。火、水、風、土。

 それぞれの頂点に君臨する精霊王たちの姿だ。


「遠からず、必要となるだろう」


 新たな精霊の加護が。

 セイにはドルイドとしての能力がある。

 しかしこのまま進めばやがて行き詰まるだろう。

 フィオールの末裔たちと戦うには、いまの状態では力が足りないと、ミルディンは見ている。

 ドルイドの魔力は契約を交わした精霊の持つ力の大きさに比例する。そして精霊は、自身の魔力量に耐えうる器の持ち主としか契約しない。

 オグマ騎士団のドルイドは、四大精霊のどれかと契約を結ぶ決まりになっている。

 精霊と契約を交わすことが最終試験なのである。

 契約相手の精霊が上位のものであれば、下位の精霊たちも従えることができる。上位の精霊と契約するためには、持って生まれた才能を磨いて修業を重ね、魔力の器を広げることが重要だ。

 新人ドルイドのセイには、努力をしつづける才能がある。魔力の器を広げる修業にも熱心だ。

 しかし、本人はおそらく無意識なのだが、ある一定以上の力を持つことを拒んでいるように見えるのだ。

 先日の呼び出しの際にふたりだけでじっくり話をした。

 セイは、ワイバーンの襲撃からクールを守り切れなかったことを悔やんでいる様子だった。もっと的確な防御の術を会得しなければという言葉は間違いなく本心だ。

 ミルディンはそのとき確信した。

 彼自身が抱えている根深い問題が、強い魔力を得ることに無意識の歯止めをかけているのだと。

 これまではそれでも事足りた。しかし、これからはそうもいかなくなっていくだろう。

 それゆえにドルイドの最長老は、別の精霊と契約を交わすように促した。ふたつの元素を味方につければセイの魔術は広がりを見せるだろう。また、それらを使いこなすために否応なしに魔力を上げる必要が出てくる。

 ミルディンの提案は、セイの中にある無意識の歯止めをはずさせるためのものだった。ようは荒療治である。

 老ドルイドの横顔を見つめていたダンの目が、ふっと険しくなった。


「魔物たちに、動きが?」


 ダンはミルディンの傍らに浮いているオーブを凝視した。

 月光を思わせるほのかな光の中に四大精霊たちのシルエットがある。その傍らに幾つか見えるのは、彼らと契約を交わした人間たちだろうか。

 そして、彼らと争っているような魔物たちの影がじわじわと周囲を取り囲む。

 おぞましい影が無数に浮かんだかと思うと、闇の帳が瞬く間に光を覆い尽くして、音もなく散った。

 再び仄かに光りはじめたオーブの表面から精霊たちの姿が消えている。精霊たちの傍らに幾つかあったはずの人間の姿はもはや見えない。

 ミルディンの目許に険しいものがにじんだ。


「邪神の放つ波動が、地表に噴き出しつつある。急がなければならん」


 オーブの映した、闇に消される精霊たち。それが何を意味しているのか。

 最悪を想像したダンの背を冷たいものが撫でていく。


「確かいま、セイと契約を交わしているのは…」


 ドルイドの最終試験で、ロッドを掲げたセイの前に降り立ったのは。

 その瞬間。ダンの脳裏に甦った情景をその場に再現するかのように、宙に赤い点が生じてあっという間にふくれあがったかと思うと、炎熱の魔力をまとった長身のシルエットが眼前に降り立った。

 ダンは思わず声をあげた。


「ジン!」


 火の精霊の頂点に立つ精霊王ジン。その身から立ち昇る、燃えさかる炎熱の魔力が『炎の精霊王』と呼ばれるゆえんだ。

 ジンは、その場にいる若き祭司と年老いたドルイドに静かな笑みを見せた。


『……』


 ぶしつけであることを自覚しながら、ダンは精霊王ジンをじっと見つめた。

 実は、精霊王が人間の前に姿を見せることはまれだ。

 ダーナ神殿では神と精霊を信仰し、数々の祭礼儀式を執り行う。しかし、ほとんどの場合祭壇に祀られるのは、神と精霊の姿を写した大理石盤のレリーフや神殿絵師の描いた絵画だ。

 祭司であるダンでも、その姿を実際に拝した回数は両手の指で足りてしまう。

 緋色の髪。無駄なく筋肉がついて引き締まった長身の体躯。緋色よりさらに赤身の強い瞳は透きとおっている。精悍な容貌は、人間の年齢でいえば二十代半ば程度といったところだ。


『…………』


 やはりと、ダンは改めて思う。

 あのひとに本当によく似ている。ジンを初めて見たときに抱いた印象は、拝するごとに薄れるどころか強まるばかりだ。

 炎の精霊王ジン。その面差しは、十年前に死んだ英雄豪剣のファリースと、瓜ふたつといっていい。

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