第42話 全ての事柄に意味を付け加えて

 夢の中に出てきたあいつは、姿形も声も俺のよく知る錬次れんじそのものだった。

 あいつは一体俺に何を伝えようとしたのだろうか。

 そもそもあれはただの夢だったのだろうか。

 何か意味がある気がしてならない俺は、ひたすら天井の木目を眺めている。

 


「生まれ変わる前の夢でも見てたの?」

 


 グッと顔を近付けた千紗ちさは、俺の瞳の奥を探ろうとしているようにも見えた。

 心配そうに眉をひそめる彼女なら、ついさっきの夢をどの様に解釈するのだろう。

 


「錬次に会ったんだ。夢の中で」

 

二色にしきさんに? あなたは元の姿で?」

 

「うん。理由も説明せずにひたすら謝られた。

 すごく申し訳なさそうに、俺のせいだと言いながら何度もごめんばっかり」

 


 話を聞いた彼女は不可解な物でも見るような目になり、脚の上に寝そべる俺の頬にそっと手を当てた。

 

「あなたが接してた二色さんが更に未来から来たあなたなら、二色さん本人と会ってた時間は実質二ヶ月ちょっとだよね?」

 

「そういう事になるな」

 

「なのになんで繰り返し謝られるの? 

 浮気相手だったわけでもないのに……」

 

「確かにそうなんだよね。

 かなり不自然だ」

 


 奴の謝罪理由がまるで分からない。

 そもそもあれは錬次本人だったのだろうか。

 俺の記憶から作られたのなら、俺自身だった可能性もある。

 それなら俺を千智ちさとと呼んでいたのが、新たな疑問になるが。

 


「まぁいっか。

 そろそろ夕食の時間になるし、後でゆっくり考えようよ」

 

「あぁ。それが良さそうだな」

 


 定刻になり運ばれてきた夕食は、奮発しただけあってとても豪華なご馳走だった。満足そうに食事を楽しむ彼女を見ていると、悩む事さえ馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 食後の休憩を挟んだ後、千紗の提案で外の空気を吸いに庭へと繰り出した。

 自然の中の澄んだ外気と満点の星空は、それだけでここに来た価値を実感させてくれる程に美しい。

 隣に立つ彼女も眼を輝かせて空を見上げている。

 


「ねぇ錬次くん、まだ前の人生に戻りたいって思ってる?」

 

「正直少し前まではそう思ってた。

 事故に遭っていなければって。

 でも今はこっちの人生も悪くないと感じてるよ」

 

「それはどうして?」

 

「君と出逢ってからの時間がそう思わせてくれる。

 君の隣に居られるのが本当に幸せなんだ」

 

「……そっか」

 


 こちらに視線を移した彼女は、酷くいびつな作り笑いを浮かべていた。

 本心を聞かせたつもりだったのだが、どこか嘘臭く感じさせてしまったのだろうか。

 今にも泣き出しそうな彼女を見て、俺はただただ戸惑う事しか出来ない。

 


「ど、どうしたの?

 何か傷つけることを口にしちゃったかな?」

 


 その問い掛けをされた彼女は堪え切れない表情に変わり、浴衣の袖で溢れる涙を拭き始める。

 


「違うの。ホッとしただけ」

 

「ホッとした?」

 

「うん。夢ってさ、その人の記憶や強い想いを見せられるでしょ。

 やっぱりまだ元の人生が恋しいのかなぁって思ったから」

 


 さっきの夢がセオリー通りのものなら、それも間違いではないだろう。だけどあんな錬次は見た事がないし、そもそも謝って欲しいなんて思う理由が無い。

 あれは彼女の懸念とはまた別の種類のように思える。

 


「不安にさせてごめん。

 千紗ちゃんといられて幸せなのは本当だよ。

 ずっと側にいて欲しいって思ってる」

 

「それって……?」

 

「この先はもう少し待ってくれ。

 俺にはやらなきゃいけない事があるから」

 

「そうだね。

 まずは一美ひとみちゃん達の未来を変えなくちゃ」

 


 笑顔を取り戻した彼女と手を繋ぎ、伝わってくる体温を感じながら部屋へと戻った。

 せっかく温泉に来たのだからもっと満喫したい。そう思った俺は性懲りも無く再度混浴を勧めてみる。

 


「ここの混浴、貸切じゃないよ。

 錬次くんはうちの裸が他の人に見られてもいいの?」

 

「それは断じて困る‼︎」

 


 あの言い方だと貸切だったら許可してくれたのかな。そんな浅はかな考えに鼻の下を伸ばしながら、さっきより短めに湯に浸かった。また怠くなるまで入れば逆に疲れを溜めてしまうから。


 部屋に戻るとすでに寝床が準備されていて、二つの布団と枕はまるで一体化しているみたいにぴったりとくっ付けられていた。

 確かに俺達はどっからどう見てもカップルだが、ここまで露骨にセッティングされるとかえって照れ臭い。

 頭を掻きながら下を見ている俺に対し、千紗は割と冷静だった。

 


「こりゃ一枚の特大布団だな」

 

「本当にそう見えるね。

 今日はもう横になろうか」

 


 肩を並べて仰向けに寝そべると、いつものベッドとは違う解放感に思考的な余裕も生まれる。それは必ずしも良い方向にばかり広がるわけではなく、この幸福の背景にある真実。数時間前の夢に出てきた錬次の言葉の意味までも、なにかの因果があるのかと深く勘繰ってしまうのだ。

 静かに時間が流れるこの過去の世界に、俺が別人になってまで再び目覚めた意味はなんなのか。隣で寄り添う千紗の為に生きれば良いのかなどと考えていると、急に左手が柔らかな感触に飲み込まれる。

 


「今度は何に悩んでたの?」

 


 それは横向きに寝る彼女の、しっとりした両手のあたたかさだった。

 


「君なら気付いてるでしょ」

 

「……あの夢に無理矢理意味を付けるなら、あなたの体に眠る二色さんからのメッセージかな」

 

「体の内側からの声って事か……」

 

「うん。あなたは自分が思っているよりも、過酷な運命を背負わされてる気がするの。

 でも懸命に立ち向かってるあなたの為になるなら、うちはずっと隣で支えていきたい。

 どんな結末が待っているとしても」

 


 すでにどれだけ支えられてきたかなんて、言葉だけでは説明出来ない。今だって彼女が居なければ、答えの出ない悩みに頭を痛め続けただろう。

 それにしても彼女の言葉は、何か気が付いているようにも思える。眠っている錬次からのメッセージと、俺が背負う過酷な運命とは、どんな繋がりがあるというのか。

 詳細を確認するよりも、今は彼女との時間を大切にしたかったので、体勢を変えて柔らかい身体を腕の中に包み込んだ。

 

 翌日は近隣の観光地や周囲の自然を散策し、楽しくものんびりとした休暇を堪能出来た。

 千紗の喜ぶ顔と、時間に追われない自由な一日に満たされ、帰ることさえ惜しくなる。

 しかし有意義な時間は終わるのも早く、最終日はドライブを兼ねて海沿いを大回りして帰り、何事も無かったかのような日常にも還されるのだった。

 

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