第28話 葛藤の種は記憶に芽生える
花見に行くのを失念し、既に散り尽くした葉桜達が若干儚げにも思える四月の終わり。
環境が変化して去っていった従業員も多数いる中、一年のキャリアを積んだ
そして当然店にとっては、今後の為にも新しい人員を増やさなくてはならない季節。千紗を含めた四年生達は、近い内にシフトを減らして就活に入るからだ。
「おはよう
今日は新人さんが来るみたいだね」
「え、そうなの? んー誰かいたかな?」
「まぁ何年も前の事だし、一人一人覚えられないよ」
出勤途中、店の手前で偶然千紗と
転生前は異動もあり、総勢数百名のスタッフと関わってきた身としては、誰が大杉店に勤めていたのかさえ曖昧である。
休憩室に到着すると、奥の店長室前には何やら
その中には
「おはよう千智。何の騒ぎだ?」
「おぉ錬次か、おはよう。
今新人が来てるんだけどさ、これがめっちゃ綺麗な顔してたんだよ!」
「綺麗な顔? 女子なのか?」
「いやそれが分からないんだ。
ぱっと見どっちにも見える」
性別が分からない外見?
そんなスタッフ居たかと一瞬疑問に思ったが、即座に一人心当たりが頭の中に描かれる。
「えー、どんな人なんだろう?
ちょっと楽しみ」
「岸田さんも見たらビックリするよ。
人形かと思ったもん」
盛り上がる千智と千紗に反して、俺は記憶を探りながら徐々に憂鬱になっていく。その新人と特徴も一致するし間違い無い。
「はーいちょっと通してね。
これから紹介するからね」
パンドラの箱がゆっくりと開き、中には何故か新井店長の姿しか確認出来ない。いや、店長が大柄なので小柄な新人は背後に埋もれているのだ。
野次馬達が散り散りになる中、店長の裏から顔を出したのは予想通りの人物。
まるで作り物のように端正な顔立ちで、ショートカットの明るい茶髪。居るだけで全視線に晒されるレベルの容姿だ。
「はい、それじゃ挨拶よろしくね」
店長に促された新人はゆっくり口を開くが、周りの人間の方が別の意味で背筋が伸びて見えるな。
「はじめまして。よろしくお願いします」
室内に張り詰めた緊張感は最高潮に達し、次の言葉を今か今かと待ち侘びている。
しかしその沈黙は一向に終わりを告げる気配がない。
痺れを切らした千智が颯爽と前に出て声を上げた。
「えっと、とりあえずよろしく。
んで名前とか年齢は?」
「自己紹介ですか?」
「あ、うん。
初めましての挨拶と言えば、自己紹介だよね」
こいつは初めからそうだった。
悪気が無いのは分かるが捉え方がいちいち極端で、逐一説明する必要がある。
「
一度白けたスタッフ達は、息を吹き返したように盛り上がっていた。
名前は女性だが声は女にしては低い。自己紹介後も残る神秘性は、紹介の意味をほぼ成していない。
それがたまらなく興味を掻き立てるのだ。
まぁ俺は全て存じ上げているのだが。
「ねぇ錬次くん、あの子男の子だよね?」
「お、よく分かったね。どこで気付いたの?」
「声と雰囲気かな。
あと服の割には胸の辺りがね……」
こっそりと耳打ちしする千紗に言われて気が付いた。確かに白いシャツに薄いカーディガンを羽織っている割に、胸が平坦過ぎるし下着も透けてない。
冷静に見れば分かるのだが、冷静になれない千智はまたもや口を出す。
「ごめん、一応性別まで聞いていいか?」
「僕女に見えますか?」
「あー、うん。男なのね。ホントごめん」
沈黙が流れた。本当に気まずい沈黙だった。
白百合は無表情を崩さないし、千智は目が泳いでるしで、周りも反応にほとほと困り果てている。
それでいて次の一手は非常に悩ましく、傍観者としてやり過ごすのも心苦しい状況。
「浜倉白百合くんだね。
はじめまして、うちは岸田千紗って言います。
大学四年生で年齢的にも先輩だから、分からない事があればいつでも聞いてね」
「はい、よろしくお願いします」
千紗が上手くフォローを入れた事で、なんとか冷え切った空気も和らぎ、スタッフ達は各々準備を済ませて業務へと向かった。
しかし俺は後悔している。この時千紗を止めなかった事を。
「すごく可愛い子だったね」
「う、うん、そうだね。見た目はね……」
「顔色悪いけど大丈夫?
あの子と何かあったの?」
「まぁ色々とね。
俺が好かれる事はないと思う」
この先奴はめちゃくちゃ懐く。千紗だけにべったり懐く。
千智ならそこそこ対応出来るが、錬次と上手くやってる姿は見た記憶が無い。
まぁ今となっては理由も明白なのだが。
錬次目線で考えてなかったからすっかり忘れていたが、もしかすると今の俺にとって最悪の天敵になるかもしれない。
「身震いが止まらん。
今からでも奴を追い出したい」
「え、急にどうしたの錬次くん⁉︎」
しまった。うっかり心の声が口から漏れてしまった。
「いや、なんでもないよ。忘れてくれ」
千紗の不信感溢れる眼差しがズキズキと胸の辺りを刺激する。
「ねぇ、彼と何があったの?
あなたの未来に関係あるの?」
「いやそこまで重要人物だったら、さすがに忘れたりしないよ」
「じゃあ錬次くんとしてのあなたに関係があるんだね」
相変わらず誤魔化しの効かない子だ。
しかしここで本当の事を言えば千紗が白百合に接し
効かないと分かっていても誤魔化さねば。
「白百合は錬次と相性が悪かったんだよ。
そりゃもう犬猿の仲って感じでさ!」
「ふーん、つまりあなたが彼を嫌う理由があるわけね」
「どちらかと言うと、嫌われる原因ができてしまうと言いますか……」
納得されなくても仕方がない。
白百合はああ見えても後々戦力になるし、千紗に対しても一方的に懐いていくだけ。始まる前に
今は耐えろ。必ず理解してもらえる日が来るはず。
「そっか。
でもうちはあなたを嫌いになったりしないからね」
またしても見透かされてしまった。知っているが故に押し寄せるこの複雑な葛藤を。
まぁ半分以上は単なる妬みなのだが。
しかしそれらを打ち払うような、救いのある言葉だった。
「ありがとう千紗ちゃん。
だいぶ気持ちが晴れたよ」
「よかった。じゃあ今度その原因も教えてね」
「言うまでもないと思う。近い内に分かるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます