第16話


「帰ろう、沙紀ちゃん」


 結局、帰りに私が持った荷物はティッシュの箱だけで……それ以外は全部、太郎ちゃんが持ってくれた。

 ──というか、持たせてくれなかった……というのが正しいけど。


 可愛い顔して、意外と力はあるんだと本人には言えないことを思う。

 私の歩幅に合わせて歩く彼の隣は心地よくて、背の高い慎二さんより近い目線が新鮮だった。


 ちらりと横を見ればタイミング良く、太郎ちゃんも振り返って目が合う。


 首を傾げて優しく笑うから──胸のあたりにじんわりと温もりが広がっていく感じがした。




 マンションにたどり着けば部屋に入ってすぐ、太郎ちゃんがテレビ台横の棚の引き出しをごそごそと漁り出す。


「……沙紀ちゃん、はい」

 彼の開かれた手のひらに乗っていたのは鍵だった。

 この部屋の、合鍵なんだろう。


「これから、よろしくね」

 握手を求めるように右手を出す彼。

 くしゃりと笑った太郎ちゃんはすごく幼く見えて、私は差し出された手をぎゅっと握った。



 その日の夜は太郎ちゃんよりも早めにベッドに入った。

 何でも、彼はテスト勉強があるとのこと。そんな些細なことでも“高校生”だと感じさせられる。


 しばらくスマホを触っていたけど、なんとなく眠れなくて起き上がるとそっとリビングを覗く。


 そこから見えた背中は丸まっていて──机に突っ伏しているのが分かる。


 ……寝ちゃったの?


 そろりと近づいて顔を覗きこむと案の定、すやすやと眠る太郎ちゃん。


 こんなところで寝ると風邪をひきかねない。

 肩を揺すってみれば、モゾモゾと頭が動いて髪の毛が柔らかそうに揺れた。


「ん……」

 彼の身体が動いて──その目から、涙が零れる。


「え──」

 驚いた私は、思わず揺すっていた手を離した。

 夢を見ているのか少しうなされるように眉間にしわを寄せている太郎ちゃん。


「せん、せ……」


 薄く開かれた唇からこぼれ出た声に、胸が切なくなる。

 平気そうなふりをしているけれど……私が辛かったように彼もまた、苦しみを抱えていたのかもしれない。


 そう思うと無性にやるせなくなって、太郎ちゃんの隣に腰掛けると彼の肩に自分の頭を乗せて寄り添った。


「大丈夫、大丈夫……」

 そう呟いて背中をさする。

 その言葉は、自分自身にも言い聞かせるためだったのかもしれない。


 ──だけど眉を寄せていた彼の表情も、少し和らいだ気がした。

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