第64話 ドライすぎる姫に感心する王子

「あ、なるほど。妹シャーロットタイプね。意図せず周りが誤解していくタイプ! 妹シャーロットはビックリするぐらい運が悪いもんね」

「セシル姉さま! そ、それは言わなくても!」

「それがあんたの可愛い所よ。皆知ってる。うちの家族以外は。さて、じゃあ本当のボスを捕まえに行きましょう!」


 そう言って意気揚々と歩き出したセシルを、ギルバートは慌てて止めた。


「待ってくれ。君はいいのか? 実の母親だろう?」


 キャンディハートさんを教えてくれた恩人だ。セシルには感謝してもしきれない訳だが、だからこそ余計にまだよく分からないでいる。


 何故、こちらにセシルが手を貸してくれるのかが。


 ギルバートの質問にセシルは口元に手を当てて、うーん、と考えて言った。


「私、どうもそういうのよく分からないのよ。親だからとか、そういうの。確かに産んでくれたのは母だけれど、だからと言ってあの人のしてきた事を肯定する気にはなれない、と言えばいいのかしら。それは父も姉もよ。だから本当はあんまりモリスに戻りたくなかったのよね。アルバの方が色々楽しかったし、自由に出来たから。それに親子と言っても普段からほとんど顔も会わせないし会話も無かったもの。そういうのは無いわ」

「……まぁ、こういう人なのよ。悪役令嬢もビックリのドライな人なの。元王妃が私に入れ込んだ理由も分かるでしょ?」


 ニコニコしながら物凄い事を言うセシルにギルバートは思わず目を丸くして、続いてシャーロットの言葉に頷いてしまった。


 なるほど、そういう関係もあるのか……人間とは奥が深い。


「それに、あの人たち本来なら外に出て来ちゃ駄目な人達だと思うのよね。たまたま王族に生まれたから許されてるだけで、あれ、絶対どこかで紐でもつけて繋いでおかないと駄目な奴でしょ」

「セ、セシル、流石にそれはどうかと……」

「私だって何も処刑とかそんなのは望んでないわ。でもね、たとえ身内でもそう思う程あの人達はおかしい。だからどこか鉄格子のついたお部屋で一生、心穏やかにキャンディハート様でも読んで暮らして欲しいわ」

「……」


 笑顔を一切崩さず、心の底からそうなる事を望んでいるかのようなセシルに、ギルバートは内心震えていた。やはりセシルも方向性は違えども残酷な元王妃とモリス王の娘である。


 しかしキャンディハートさんを読むのはオススメだ。


「なるほど、よく分かった。では二人を捕らえよう。捕まえて戦場に連れて行く」


 アルバ王がシャーリーンを人質に取られたように、モリス王にも同じ事をしてやろうなどと恐ろしい事を考えたのは、もちろんセシルとシャーロットだ。


 けれど今よく分かった。一連のシナリオは全て、このセシルとシャーロットが二人で書いたのだと言う事が。


 それからセシルの案内でモリスの城に向かった四人は、手薄になった城にまんまと忍び込む事に成功した。


 セシルが正面から行くのは危険だと言って案内してくれた城の抜け道を通ってとある部屋の隠し部屋に辿り着くと、セシルは嬉々として話し出す。


「この部屋はね、お父様とお母様の秘密の部屋なの。何かあったらここから逃げ出す算段をしていたのよ。二人だけで。こういう所に性格の悪さが現れているわよね。あんまりにも腹立たしいから、外から鍵つけちゃった」

「……」


 何故か楽し気にそんな事を言うセシルにギルバートは沈黙し、双子は苦笑いを浮かべている。本気でとんでもない娘である。


 そう言ってセシルは隠し部屋の鍵を開けてそっと部屋の中を覗き込み、手で入れと合図してくる。どうやら隠し部屋には誰も居ないようだ。


「この奥がお父様の主寝室なの。多分二人はそこにいるわ」


 セシルが言うと、三人は無言で頷いて顔を見合わせて頷いて歩き出そうとした途端、シャーリーが足元に転がっていた壺に足を取られてその場で転んでしまう。


 その拍子に壺は盛大な音を立てて割れ、シャーロットとセシルが揃ってシャーリーを見てあちゃー、と頭を抱えた。


「誰か居るの⁉」


 主寝室から女性の金切り声が聞こえてきた。


「お母様、お姉様、こーんな所にいらっしゃったの?」


 それを聞いてシャーロットが大きなため息とともに腹を括ったように仮面を被り、隠し部屋のドアを押し開けて語尾に音符でも付きそうな勢いで話し出したのをギルバートは物陰に隠れて震えながら聞いていた。


 突然現れたシャーロットを見て、元王妃とユエラの短い悲鳴が聞こえてくる。


「シャ、シャーロット! な、何故ここに⁉」

「いやだ、お母様ってば。何を言っているの? 私は処刑されてここで蘇る。そういう作戦だったじゃない。それなのにどうしてそんなにも驚くのかしら?」

「あ、あなたは私達を裏切った! あそこまでお膳立てしてやったのに、最後の最後に……この恩知らず!」

「裏切っただなんてとんでもないわ! そもそも初めから仲間でもないのに!」


 おほほほほ! と笑うシャーロットにギルバートはゴクリと息を飲んだ。そしてそれを聞いてセシルはシャーロットを応援しているし、シャーリーは目を輝かせている。


「あぁ、そうだ! あのね、もう一つ素敵なプレゼントがあるの。二人とも、出てらっしゃいよ」


 シャーロットが言うと、隠れていた三人は首を傾げた。二人って、どの二人だ? と。


 互いに顔を見合わせて三人はそれぞれに自分ではないと首を横に振ったが、外からイライラした様子のシャーロットの怒鳴り声が聞こえてきた。


「ちょっと! 早くいらっしゃい!」

「……【怒っているな。早く誰でもいいから出た方がいいが……】ここはやはりシャーリー【は止めておいた方がいいだろう。何があるかわからない。僕】とセシル姫だな」


 ギルバートが言うと、二人はコクリと頷いて、やはりギルバートの思惑とは逆にさっさと外に出て行ってしまった。


 そしてそんな二人を見て、主寝室からさらに悲鳴が聞こえてくる。


「ど、ど、どうしてあなた達! あんたは処刑されたはずだよ! それにセシル⁉ どうしてあなたが!」

「どうしてって、考えなくても分かると思うけど」


 おっとりした口調の割にドライなセシルにギルバートが青ざめていた頃、シャーロットがギルバートに後ろ手で何かサインを送ってきた。


【あれはどういう意味だろう? 早く行け、という事か? どこに?】


 ギルバートは首を傾げつつ何となく部屋の中を見渡した。

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