第63話 誤解の原因に気付く王子

「ああ。向こうに少しの用意もさせたくはないからな。むしろ、何故待ってやらなければならないんだ?」

「それは……そうですね」

「……数ではこちらが余裕よ?」

「数の問題じゃない。【僕はとにかくさっさと全て終わらせたいんだ! そして今度こそ! 今度こそシャーリーに告白をする! その為にはまず】不穏分子は取り除かなければ」


 力を込めて言ったギルバートに、シャーロットとガルドも強く頷く。


「分かったわ。そうと決まれば、準備をしましょう。あちらからけしかけられてばかりだもの。ギルバートの言う通り、たまにはこちらから攻め込みたいわ」


 ニヤリと笑って指を鳴らすシャーロットを見て、ギルバートはゴクリと息を飲む。


 すっかり忘れていたが、万が一シャーリーと上手くいったとしたら、漏れなくこれが親戚になるのか。それは少し考え物だな……。


「では、僕は王に進言してくる」

「ええ。私はアルバに伝令を出すわ。既にアルバとグラウカの森の小屋は制圧したと聞いているから、そこに密書を送る」

「ああ」


 こうしてこっそりと進められた二回目の作戦会議が終わり、ヘパに出向いていた騎士達に伝令を出してから一週間ほどで、出向いていた騎士から小麦は全て処分したという連絡が入ったのを合図に、アルバとグラウカは手を組んで一気にモリスに奇襲をかけた。

 


 ヘパの北東に位置する荒野は、どこからともなく集められた三国の騎士や傭兵が二つに分かれて睨み合っていた。


 グラウカとアルバの二国の先頭にいるのは、ギルバート扮するギルとガルドだ。対してモリスの先頭にいるのはモリス王である。肝心のギルバートはと言うと――。


「おい、本当にこの道でいいのか?」

「合ってるって言ってるでしょ! シャーロット! 絶対にギルバートから手を放しちゃちゃ駄目よ!」

「うん!」

「シャーリー、舌を噛むから話すなよ」

「はい!」


 二人のシャーロットを連れてギルバートが向かっているのは、何を隠そうモリスである。


 というのも、この作戦を開始するにあたって実はモリス側の情報を逐一シャーロットに流してくれていた人物が居たという事が判明したのだ。


 それは、まさかのセシル・アルバだった。


『セシルはね、おっとりしてるけど実は物凄く賢いのよ。私達が双子だって事は最初は元王妃しか知らなかった。でも、セシルだけはずっと気付いてたの。でもそれを私達にも誰にも告げなかった。そもそもロタをこの子につけろと言ったのはセシルなのよ』


 シャーロットはそう言ってセシルについて話してくれた。今回の件についても、モリスの王妃を先に捕らえてはどうかと言い出したのはセシルだという。


 突然の事態にもちろんギルバートはすぐには頷かなかった。あの一言を聞くまでは――。


『あと、何を隠そうあんた達にキャンディハートの詩集を勧めたのが他でもないセシルよ。あの人、シャーロットよりもあんたよりもずっとやばいキャンディハート信者だから』


 この一言でギルバートはセシルは信用に値すると踏んだのである。


 キャンディハートさんを好きな人に悪い人は居ない。あの素晴らしいポエムを読んだ後に悪事を働こうなどと言う人間はこの世には居ないはずだ。


 そんな訳で、三人でモリスに向かっているのである。


 一応ロタからも話を聞いた所、セシルの悪口を散々言いはしたが、辛く当たられる事はなかったのだという。


 おっとりしていて鈍い女だとばかり思っていたと言うロタの顔はなんだかんだ嬉しそうだったのを見て、きっとセシルはロタの性格を分かった上でシャーリーにロタをつけたのだろう。シャーリーが何か、酷い失敗を犯してしまわないように、と。


「しかしセシル姫とも僕は初めて会うな。ユエラ姫の誕生会に居たか?」

「いいえ。ユエラはセシルと仲が悪いのよ。だからお互いの誕生会なんて絶対に出席しないわ。それに、あの日はキャンディハートの新作が二か月連続刊行されるって聞いて、セシルはそれどころではなかったの。大変だったのよ! 部屋でずっと一巻から暗唱させられて……気が狂うかと思ったわ!」


 鼻息を荒くしてそんな事を言うシャーロットに、ギルバートとシャーリーは思わず呟いた。


「何て贅沢な時間……」

「素晴らしいな……」


 そんな二人の反応を聞いて、シャーロットは呆れたような視線を送って来た。


「あんた達はほんと、よく似てるわ」


 そう言って馬のスピードを上げたシャーロットは、ようやく見えて来たモリス城を見て息を飲んだ。


「ついたわよ」

「ああ。二人とも、僕から離れないように」


 三人は馬から降りて近くの木に馬を括りつけて隠し、目立たないよう街道に沿って歩いた。しばらく行くと、一人の質素な服を着た女性が石に腰かけて本を熱心に読んでいるのが見えた。


 何気なく前を通り過ぎようとすると、ふとその女性が顔も上げずに言う。


「人生がつまらない?」


 その一言にギルバートとシャーリーはハッとして顔を見合わせて思わず条件反射で答えてしまう。


「「それは人生、損してるわね!」」 

「ようこそ、モリスへ」


 二人の返事を聞いた途端、女性は立ち上がって満面の笑みを浮かべて言った。その女性を見て双子が目を丸くしている。


「セシル! ちょっと、何よその恰好!」

「シャーロット! 無事だった! 顔を見るまでは安心出来なかったのよ。それに妹シャーロットも!」


 そう言うなり双子シャーロットを交互に抱きしめて頬やおでこにキスしまくるセシルを見て、ギルバートは何だかすっかり毒気が抜かれてしまう。


「そしてそして! あなたがにっくき銀狼?」

「そうだ。初めまして、セシル姫。【しかし、にっくきは余計じゃないか?】」

「改まらないでいいわ。あなたの事はグラウカからの手紙でよく知ってるもの。キャンディハート様に造詣が深い事も知ってるわ。キャンディハート様を好きな人に悪い人は居ないと思ってる。だから銀狼の噂もほんとんどがデタラメでしょ?」


 笑顔でそんな事を聞いてくるセシルは、何だか無駄に威圧感があって思わずギルバートは頷きそうになったが、ふと思った。


「デタラメだと言いたいが、僕の思惑とは裏腹に事が進んで行く事が多々あってだな」


 そしてそれこそが誤解の原因なのだ。多分。

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