第51話 恐れられる王子
サイラスは今しがた戻って来たばかりの馬車たちを見てゴクリと息を飲んだ。一体何ごとだ、と。
「あら、お兄さん可愛いわね」
ゾロゾロと降りて来た女の人達に頬や肩を撫でられながらビクビクしていると、御者から降りて来た騎士達がサイラスの元に集まって来る。
「王子の意向でモリスの娼館に居た者達を全て連れて参りました。今夜の宿を見繕ってやってください」
「王子の客……という事?」
「はい!」
「分かった。すぐに手配します」
王子の客と言われれば、たとえ誰であろうとも絶対に手は抜けない忠実な従者サイラスである。サイラスはてきぱきとあちこちの宿に女の人達を振り分けて宿を提供した。
案内された宿に女の人達は揃って声を上げて喜んでいた。中には感動しすぎて泣き出してしまった人も居る。そりゃそうだろう。娼館で、しかも底辺のとなると給料だってさして良くはなかっただろうし、一生貯金してもこんな所には泊まれないはずだ。
そんな中、流石にこれは非常事態だと思ったのか、一人の女の人がサイラスに近寄ってきた。
「これは何かの罠なの?」
「罠、ですか?」
「ええ。だって、噂に聞いていたグラウカとは随分違う……あの人は一体何者だったの? 私達はこの後どうなるの?」
睨むような怒るような視線にサイラスはビビりながらも言った。
「あの方はグラウカの第一王子、ギルバート様です。我々にも王子の作戦は何も聞かされてはいませんが、王子の客だと言うのならそれなりのもてなしをするのがグラウカでは普通です。そちらであの方の事がどんな風に噂されているのかは存じませんが、あの方は確かに敵に対しては残酷かもしれません。けれど、そうでないならばとてもお優しい方です。それこそ、狼のように」
言い切ったサイラスをじっと見ていた女の人は、それを聞いてようやく安心したように微笑んだ。
「そうなの。それを聞いて安心したわ。あの子が来てから何か変な事に巻き込まれているとは感じていたけれど、きっとギルバート王子は私達を助けてくれたんでしょうね。と言う事は、私達の命はきっと危なかったのね。王子にお礼を伝えておいてもらえる? えっと――」
「サイラスです。王子の従者をしています」
「サイラスさん。私はシンシアよ。あなたみたいな方が仕えているのなら、きっとギルバート王子は良い意味で銀狼なんでしょうね。いつか、必ず恩返しをするわ」
そう言ってシンシアはサイラスの頬に軽くキスをして自分の荷物を持って立ち去ってしまった。何が何やら分からないが、思わず頬を染めて真っ赤になったサイラスの後ろから聞きなれた声がしてくる。
「ああ、やっぱりこの宿を選んだんだな。他の者はもう部屋か?」
「ガルド! ああ、皆それぞれの部屋に向かったよ」
「そうか。だ、そうだ。安心して泊っていってくれ。ばあさん」
「ばあさんとは何だ! 全く……まぁでも、信用してついてきて良かったよ。まさかこんな所に泊めてもらえるとはね……明日たとえ殺されたとしても、わたしゃ本望だよ」
「だから何度も言ってるだろ? 王子はそんな事しない、と。あんた達は客だ。だからこんな待遇なんだ。一体モリスでは王子の評判はどれほど悪いんだ!」
教会でギルバートと別れた後、女主に宿を紹介してやってくれと言われて連れて来たのは、グラウカ一高級な宿だった。先に到着した女たちの宿をサイラスが紹介したと聞いたので、絶対にここだと思ったのだ。
道中女主はギルバートの正体を知って、悲鳴をあげて座席からずり落ちて驚いていた。そして何故か死の覚悟をしているのである。
「こちとら長い事グラウカには残酷で残忍な銀狼が居るって聞かされてきたんだよ! 仕方ないだろ! それがあんな……まさか……うーん……」
何かイメージと違う。女主は悩んでいた。道中のギルバートは確かに表情はあまり動かなかったが、シャーリーを見る時は目が輝いていたし、何と言うかとても……そう、天然だった。
真顔で占いを勧められた時は何言ってんだと思ったが、自分でも言っていたではないか。ギルバート王子は本当は小心者で口下手だと。
「まぁ何でもいいさね。とりあえずこんな長時間馬車に乗ったのは生まれて初めてだ。今日はもう休むとしようかね」
「ああ、そうしてくれ。この宿の自慢は大浴場だ。後で皆で行くといい。レストランは21時までやっている。字は読めるか?」
「ああ、私はね。でも後の子達は読めない者も多いよ」
「そうか。ではレストランとフロントの者達にもその旨伝えておこう。明日はこちらから迎えに来る。恐らく城で話を聞く事になると思う」
「分かった。色々ありがとうね、明日でお別れかもしれんが……」
「だからだな! そんな事にはならん! ったく。戻るぞ、サイラス」
「ああ、うん。それじゃあ、ゆっくりお休みください」
怒りながらフロントに向かうガルドを見て笑いながら頭を下げたサイラスに、女主もようやく安心したように微笑んで去って行った。
◇◇◇
ギルバートはシャーリーを連れてシャーロットの居る地下牢の前まで来ると、その場に居た牢番たちを全て下がらせて牢の中に足を踏み入れた。
牢の中は真っ暗だ。小さな鉄格子の窓から辛うじて月の光が差し込んできている。
シャーロットは既に毛布にくるまって堅いベッドの上でスヤスヤと寝息を立てていた。そんなシャーロットを見てシャーリーは我慢出来なくなったように牢に飛びつく。
「姉さま!」
「!」
突然のガシャンという大きな音とシャーリーの声に、気持ちよさそうに眠っていたシャーロットがビクリと跳ね起きた。そしてマジマジとこちらを見て、息を飲んでいる。
「あ、あんた……どうしてここに……え? 夢……?」
「夢じゃないよ! 姉様こそ、何でいつまで経っても動かないの⁉ このままだと処刑されちゃうのに!」
「作戦は変更よ。あんたがここに居るって事は、私達の作戦が王子にバレたんでしょ?」
シャーロットは半眼でギルバートを睨んできた。そんなシャーロットを見下ろしたギルバートは、内心めちゃめちゃ怯えている。
「? バレてないわ。どうしてそう思うの?」
「どうしてって……ちょっとあんた、まだシャーロットに自分の正体バラしてないの?」
「……ああ。言うタイミングが無くてだな」
「あっきれた。シャーロット、あんたが身代わりだと思い込んでる、この男こそ正真正銘本物のギルバート王子よ」
「あ! こら、言うな!」
あっさりギルバートの正体をシャーリーに明かしたシャーロットを慌てて止めようとしたが、如何せん牢の鉄格子が邪魔をしてそれは出来なかった。
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