第35話 心を鬼にする王子

 ガルドは執務室の机でずっと書き物をしていた。どうにも今回の戦争はおかしな事ばかりだ。


 敵将もシャーロットもいやに簡単に捕まったし、シャーロットに至っては噂に聞いていた悪役令嬢とは程遠いほど大人しくしている。何か目的があるのか、それとも既に諦めているのか。


 小さなため息を落としたガルドは、ノック音に顔を上げた。


「ガルド【こんな時間にすまないな】」

「お、王子⁉」


 何故こんな時間にギルバートが自ら⁉ ガルドは勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げた。


「頼みたい事がある。話していたあの鳥がまたリボンをつけてやってきた。向こうの目的はシャーロットの処刑のようだ。メイドの方は回収するとあった。鳥の飼い主を探せ」


 珍しく的確な指示を出してきたギルバートに、ガルドは目を見張った。そして、またあの鳥が来ただって⁉


「か、畏まりました! その鳥はもう飛んで行きましたか?」

「ああ、南の方角へ」

「探します」

「頼んだ。【すまないな、無理を言って。次に来た時には捕まえておこう】」


 それだけ言ってギルバートは部屋を後にした。

              

◇◇◇


 ギルバートは深夜、こっそりと王族だけが知っている通路を使い、ロタの牢に侵入した。一応、ロタが抜け出したかのように見せかける為、牢の鍵を壊しておく。


 そして、眠っているロタを無理やり袋に詰めて、ある部屋へと移動した。ギルバートの大っ嫌いな部屋、そう、拷問部屋である。


 そこに薬で眠らせたロタを中央の椅子に固定して、拷問部屋を出た。


 そして翌日、城中が騒いでいた。メイドが何らかの方法で鍵を壊して逃走した、と。


 それを確認したギルバートは秘密の通路を抜けて何食わぬ顔で拷問室に足を運んだ。


 この部屋は本気で嫌いだ。処刑場も嫌だが、ここも同じぐらい嫌な雰囲気なのだ。薄暗く、数々並ぶ拷問器具。これだけで眩暈がしそうだ。絶対に夜は何か出る。


 ロタは中央の椅子に、しっかりと固定された状態で座っていた。ギルバートを見て、昨日の人とは同じ人とは思えないような目で睨んでくる。


「何故ですか⁉ 助けたい、と仰ったのに!」

「シャーロットをな。お前じゃない」

「!」

「当然だろう? 僕を誰だと思ってるんだ?【というか、お前、まだ嘘ついてるしな!】」


 キラリと光った拷問器具が怖くて顔を顰めたギルバートに、ロタはゴクリと息を飲んだ。


「やっぱり……グラウカの噂は本当だったんですね。これじゃあ姫様は……」


 そう言って表情を歪めたロタを見て、ギルバートの良心は痛む。痛むが、ここは心を鬼にせねばなるまい。そう、キャンディハートさんも言っている。


『時には心を鬼にして! いつも甘い顔してたらナメられるゾ!』


 と。


「安心しろ。シャーロットは既に釈放済みだ。【嘘だが】」


 嘘は苦手だが、これからこのグラウカを背負って立つのだ。芝居ぐらい出来ないでどうする!


 そんなギルバートの言葉に、明らかにロタの顔つきが変わった。


「……は?」

「どうした? 嬉しいだろう? お前の言った通り、シャーロットは助けてやったぞ」

「ど……して」

「どうして? おかしな事を言う。お前が自ら証言したんじゃないか。シャーロットは巻き込まれただけだ、と。それとも、あれは嘘だったのか?」

「そ、それは……私は、姫にそう言えって言われただけで、グラウカは絶対にそんな事しないからって……私は逃がす算段しておくって……そんな、酷い……姫様は、私に全部擦り付けるつもりで……?」

「どちらにせよ、僕達は戦争に勝った。捕虜のお前ともう一人の男の首を刎ねて、この戦争は終わりだ」

「い、嫌よ! どうして私があんな女の身代わりで死ななきゃならないのよ!」

「身代わりとは、そういう役目だからだ。お前の最後の仕事だ」

「私は身代わりなんかじゃない! あんな女のメイドでもないわ! 早くアルバに帰してよ!」

「それは出来ない。こちらにも面子がある。幸いな事に悪役令嬢はいつも仮面をつけていた。顔は誰も知らない。お前でも問題ない」


 内心ビクビクしているギルバートは、心を鬼にする事の辛さを思い知った。こんな仕事、本当に嫌だ……はぁ、書類仕事がしたい。


「嘘よ、だって、計画と違う。悪役令嬢に仕立て上げるって姫様が言ってたのに、何でここに来てこんな……嘘!」

「嘘じゃない。お前がどこで誰とどんな話になっていたとしても、グラウカには関係ない。アルバとモリスが手を組んで攻めてきた。例え姫の独断であったとしても、その事実は変わらない。よって、お前達を処刑する。以上だ。恨むのなら、お前をシャーロットにつけた者を恨むんだな」


 ギルバートはそう言って拷問室を出た。用心深く、表の入り口からは出入りせず、王族しか知らない通路を使う。何故こんな事をするのか。


 それは、ギルバートはとても用心深いからだ!  


 何なら城の中の人間が全員ネズミかもしれないと思う程度には、今は誰も信用出来ない。根がチキンで素直なギルバートは、こうやって無理やりにでも心に鬼を住まわせないとすぐに皆の言う事を信用してしまう。それではいけない! そう!


『秘密を持つって、悪い事じゃないと思うの。秘密にしてたおかげで助かった~って事、意外と多いもんなのよ』


 と、キャンディハートさんは言っていた! これはまさにそれだ。今もポコポコ増え続けるネズミたち。それを撹乱してこちらからおびき出す! もうこれしか方法はない!


 少なくとも、シャーロットは利用されているのだろう。それだけはロタの証言で分かった。では、誰に利用されているのか、それが問題だ。


 それにしても秘密の抜け道は相変わらず暗くて狭い。もう少し広めにとっておくべきだろう。よし、後でガルドにそれとなく相談しておこう。


 ギルバートはその足でシャーロットの牢に向かった。


「シャーロット」


 牢に入り声を掛けると、シャーロットはゆるゆると顔を上げる。


「……ギルバート様」

「ギルでいい。何か足りないものはないか?」

「何も。ロタが……逃げたって……」

「ああ。そのようだ。今探しているが、足取りは掴めない。何か知らないか?」


 ギルバートの声にシャーロットは一瞬考える素振りを見せたが、すぐに首を振った。

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