第27話 運に任せる王子
「私も、そう思います。王子」
「そうか」
誰もしたくないのだ、あんなもの。やはりモリスとの戦争は早々に終わらせるべきだな。
執務室に戻ると、ガルドが部屋の前で待機していた。
「どうした?」
「王子に少しお耳に入れたい事が」
「ああ、入れ【ついでにお茶でも飲むか?】」
ピリピリしたガルドの空気にギルバートは怯んだ。嫌だなぁ、この空気。
そんな事を考えながら執務室の椅子に腰かけたギルバートにガルドが一枚の手紙を見せてきた。
それはアルバの騎士団からの手紙だった。
ガルドは以前からアルバの騎士団長とよく手紙でやり取りをしている。それは互いに腹を探り合う為なのだが、今回の手紙も取り留めのない話から始まり、最後の一文にこんな事が書かれていた。
『そう言えば、以前に言っていた砦だが、大分数を減らせたぞ』と。
「どう思いますか?」
ギルバートはその手紙を一読して言った。
「前衛と後衛の数は減らせ。その分、左の森に騎士と馬を隠しておけ。右の崖の上には騎馬隊を。恐らく今回の戦争にアルバも参戦争してくる。【ロタの言っていたのは恐らくこれの事だな。何と言うことだ。ロタが知っていたという事は、これを仕掛けてきているのはシャーロットと言う事か! おのれ、悪役令嬢め!】 こんな姑息な手が通用すると思うなよ」
「姑息、ですか」
「ああ。【これはシャーロットの差し金に違いない!】直近でこんな情報を持ってきて、こちらの陣営を混乱させようとする作戦だろう【ロタはモリスの人がアルバの森に居るとも言っていたしな】」
ロタの話ではシャーロットもまたギルバートには会いたくないと言っていたらしい。ということは、向こうにも結婚の意志など無いという事だ。
そして悪役令嬢はどこの国との縁談も既に潰れている。という事は、狙っているのは玉座しかない。
そして何よりもあの名高き悪役令嬢だ。自国だけで満足するとも思えない。この戦争を機に、きっと何か仕掛けてくるぞ。あの女はそういう奴だ! 見た事ないが。
「畏まりました。ですが、前衛と後衛を減らすのですか?」
「いや、減らしたのだと見せかけるだけだ。騎馬隊を投入する分、数は増やしておく。いい度胸だ。あっちがその気なら、こちらにも考えがあるぞ。【見ていろ、悪役令嬢シャーロット!】」
グシャと手紙を握りつぶしたギルバートに、ガルドは頭を下げて退出していく。
こんな事なら、もっと早く手紙を出しておけば良かった。いつまでもグズグズしていたからこんな事になったのかもしれない。
しかし、怖いものは怖い! いや、待てよ? そもそも勢い込んでああは言ったが、もしも失敗したらシャーロットに報復される可能性もあるな! それは困る。困るぞ!
【どうしたらいいんだ……キャンディハートさん……】
ギルバートは胸ポケットから詩集を取り出して、運に任せてページを開いた。
『たまには奇想天外な事をするのもオススメよ! いつもと違うあなたに皆ビックリしちゃうかも。で・も。それが萌え♡』
「……なるほど。萌え、か」
いや、よく分からん。よくは分からんが、それはいい考えかもしれない。絶対に負けられないし、報復されないように完膚なきまでに懲らしめてやらなければ。そしてあの手紙を突きつける! これだな!
ギルバートは詩集を大事に仕舞って次の戦場の下調べを改めてしなおした。
いつもならば正々堂々と真正面から突っ込むギルバートだが、いつもと違う、奇襲をかけてみよう。その為にはどこへ姿を隠すかが重要になる。
いつもの表にはギルを置いておいて、自分は一般兵の甲冑でも着て紛れ込むか? いや、しかしあれは臭いからなぁ……。
【いやいや、ギルバート! 一瞬臭いのと一生奴隷とどちらがいい⁉ 臭いのだ! 間違いない!】
よし、それでいこう。キャンディハートさんは皆をビックリさせようと言っているし、うん、ギルと僕の秘密にしておこう。
その後、すぐさまギルバートはギルを部屋に呼びつけた。
「はいよ~どうしました~?」
軽いノリでやってきたギルバートとよく似た背格好のギルは、大変軽い。髪と目の色はギルバートと同じだが、中身は真逆かと思う程似ていない。
しかし剣の腕前はピカイチだ。純粋に剣技という意味ではギルバートも勝てないかもしれない。
いつもの調子でやってきたギルにギルバートは言った。
「ギル、頼みがある」
「なんすか?」
「次の戦争、お前が前衛のど真ん中に居てくれ」
「はぁ、そりゃ構いませんけど……あんた甲冑被んないからすぐバレますよ?」
「今回は被る。お前も被れ」
「はいは~い。で、他には?」
「ああ、髪は下ろしておいてくれ。ちゃんと甲冑を被っていても見えるようにな。【しかしコイツは相変わらず軽いな。少し羨ましいぞ、ギル】」
「りょーかい。で、俺を直接呼んだって事はぁ~?」
「もちろん、内緒だ」
「はいよ~。じゃ、そういう事で~」
ヒラヒラと手を振って執務室を出て行ったギルを見送り、心なしか不安になるギルバート。いつもそうだ。彼に頼み事をすると不安しかないのだ。
いや、ギルは失敗をした事などただの一度もない。一度も無いが、どうも不安になるのである。こういう時に自分の神経質な性格が嫌になるギルバートだが、まぁそれを今更嘆いても仕方あるまい。
【シャーロット、目にものを見せてくれるわ!】
◇◇◇
ガルドはギルバートからの指令をすぐさま騎士達に知らせた。せっかく組んだ編成を一度解き、また一から組みなおす。
「遅くまでお疲れさま」
「サイラスか。ああ、お疲れ」
騎士団の執務室で一人残業をしていたガルドの元に、サイラスがお茶を持ってやってきた。
「組みなおしだって?」
「ああ。だが、俺もその方が良かったと思う。王子は今回の戦争にアルバが参戦してくると言っていた」
「どういう事?」
「そのまんまさ。だが、俺はそれで終わるとは思えない」
ガルドはそう言ってふっと遠い目をする。それを見たサイラスが首を傾げると、ガルドは言った。
「多分、王子はその他にも何か考えているようだ。今日の夕方、部屋にギルを呼んだらしい」
「え!」
ギルバートがギルを呼ぶときは、決まって何かしでかす時だ。そして、それはいつも誰にも教えない。それはグラウカでも有名な話だ。
「俺は、それすら作戦だろうと思ってる。あえてギルを目立つ時間に呼びつけ、城の中で噂を流す。そうする事で、まだ城の中に居るであろうネズミを混乱させようとしてるんじゃないか、ってな」
ガルドの言葉にサイラスは深く頷いた。ギルバートは何手も何手も先を読む人だ。そこらかしこに罠を張って動く。
「そうかも。今頃ネズミは翻弄されてるんじゃない? 国に伝えるべきかどうかを、さ」
そう言ってサイラスは持ってきたお茶を、感心しながらガルドと飲んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます