第22話 注意する王子
帰りの馬車の中で、ギルバートはいつになく上機嫌だった。
アルバの主賓たちに挨拶をした後、馬車に乗り込み少し行った所にロタが居たのだ。
それを見て先程の主賓の中にいたあの仮面の女が『悪役令嬢シャーロット』だと気付いたギルバートは一瞬顔を顰めたが、ロタの笑顔を見たらすぐにどうでも良くなった。
『止めろ【ロタが居るんだ!】』
馬車を止めたギルバートは早足でロタの元へ向かう。
『ロタ! どうしたんだ?』
『ごめんなさい、止めてしまって。お見送りがしたかっただけなんです』
『いや、構わない。そうか【お見送りか! 何だか新婚のようだな!】』
『道中、気をつけて下さいね。最近、モリスの方達がよくここを通るんです。森の中にも入ってるみたいだし……私には事情は全く分かりませんが、何だか嫌な感じがするので……狼も出るし、本当に気をつけてください』
『モリスの人が? 分かった。教えてくれてありがとう、ロタ。君も気をつけるんだぞ』
『はい! それでは、またあの教会で』
『ああ、また』
これがほんの数十分前の事だ。最後の挨拶に握った白パンの感触を噛みしめつつ馬車の外を眺めていると、森の奥で何かが動いたのが見えた。
狼かもしれない! 咄嗟にギルバートは思った。何故なら可愛いロタが言っていた。モリスの人と狼が出る、と。モリスの人はともかく、狼は危険だ!
ギルバートはサイラスに言った。
「今すぐスピードを上げさせて国境を超えろ【川を挟めば狼とて追っては来るまい!】」
「? は、はい!」
サイラスが御者台にそれを伝えると、馬車のスピードがグンと上がった。よしよし。馬達、いいぞ! 頑張れ! 狼から逃げきるんだぞ!
心の中の応援が通じたのか、ぐんぐん森から遠ざかる。これはアルバの者に伝えておいた方がいいかもしれんな。森に狼がウヨウヨしていたら、気軽に山菜やキノコが取りに行けないじゃないか。
「サイラス、戻ったらアルバにすぐに手紙を」
「は! なんと?」
「森の狼に用心するように、と【危ないからな、狼は。あいつらは徒党をくんで襲ってくるんだぞ! ある意味クマよりも危険だ】」
「! はい!」
サイラスは急いでギルバートの言葉を手帳に書きつけている。うん、やはりサイラスは仕事熱心だな。感心感心。
それにしてもロタの言うモリスの人達がやってくると言うのも少し気になるな。シャーロットはどうなろうが構わないが、ロタに何かあったら困る。一体モリスの連中は何をしてるんだ! むやみやたらにウロついては、近隣の人が不審がるじゃないか!
「モリス……【全く。けしからんな。所でそろそろ腰が痛くなってきたんだが、城に戻ったらモンクに頼んで】少し灸を据えるか」
「!」
「⁉」
【あれをやると驚くほどスッキリするからな! 東の医学は素晴らしい!】
向かいの席で何故かサイラスとガルドが息を飲んでいるが、ギルバートは自分の手の平を凝視していた。何度も握ったり開いたりを繰り返す。
【はぁぁ……白パン……フワフワ……心なしか良い匂いもした気がする。はっ! 僕は大丈夫だっただろうか? 帰ったらすぐに香りの良い石鹸を用意してもらわなければ。やはり身だしなみは勿論だが、匂いも重要だとキャンディハートさんも言っていたしな! ついでにロタにも送ろう】
どんな香りの石鹸が良いだろう。香りがいいと言えばやはりロースか? リンリーの花もいいな! そんな事を考えているうちに馬車は何事もなく無事に城に到着した。
ギルバートは戻るなり忘れないうちにすぐさまモンクの所へ向かった。
「モンク。【すまないが少し灸を据えてくれないか。もう腰がバキバキなんだ】頼めるか?」
「お、王子! は、はい、ただいま!」
そう言ってモンクは慌てて何かを用意し始めた。そしてズラリとギルバートの前に何かを丁寧に並べて行く。ん? なんだ、これは。色のついた沢山の紙を並べるモンクに、ギルバートは首を傾げながらも一枚の紙を手に取った。
「これが結果です。毒性の反応は一番高い赤でした」
「そうか【ところで灸は……いや、今日は止めておこう。何だか忙しそうだしな】」
ギルバートは一番高い毒性を示す赤い紙を受け取り、その足でリドルの所へ向かった。あの賢者ならば、きっと良い香りの石鹸を立ちどころに作ってくれるだろう。
「リドル、居るか?」
「王子。お帰りなさいませ。いつ戻られたんです?」
「ついさっきだ。お前に頼みたい。リンリーの花を至急大量に用意してほしい」
「リンリーを、ですか? 構いませんが、何にお使いに?」
「何に、だと?【良い香りの石鹸を作るんだ! それをロタに】プレゼントすれば、きっと喜ぶと思わないか?」
「! 畏まりました。手配しておきます」
「ああ。頼んだぞ」
リドルは頭を下げてギルバートを見送ってくれた。ふぅ、忘れる前に全部頼めたな。さて、溜まっている仕事を片付けるか!
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