第8話 早計な王子
やはりキャンディハートさんはいい。
ギルバートは読んでいたポエムを閉じて胸に手を当てた。感動したのだ。
しまった。つい一日一ポエムを破ってしまった。王子たるもの、自分で決めた事すら守れないようではいけない。今日はここまでにしておこう。
いや、でもあと一ページだけ……。
机に仕舞おうか仕舞うまいか悩んでいると、ノックの音がしてギルバートは慌てて机の中に本を放り込んだ。
「入れ。【見つかったか? 見つかったのか⁉ リボンの持ち主が!】」
ソワソワしながら待っていると、入って来たのはお待ちかねのサイラスだ。手にはあのリボンが握られている。
「どうした。見つかったか?【どこの誰だ? 天使のようだっただろう⁉】」
ギルバートの声にサイラスは神妙な顔をして頷く。
「はい。このリボンはどうやらアルバの物だったようです。グラウカで流通している生地ではありませんでした」
「アルバだと?【そんなはずはあるまい! あんな所に居たのだぞ⁉ 絶対に何かの間違いだ。必ず彼女はこの国に居る! はっ!】そういうことか【神は僕を試しているのだな! 真実の愛を見つけろと!】」
「え?」
サイラスが顔をパッと上げた。優し気な茶色い髪と瞳が驚きに揺れている。
「リボンの生地がアルバの物だと言うだけで断定するのは早計だ。もっとよく調べろ。【そして彼女の名前を教えてくれ!】」
「は、はい!」
ゆっくりと席を立ったギルバートを見て、サイラスは急いで踵を返す。リボンを持って。
それは置いて行って欲しい。ギルバートが手を伸ばした時には、既にサイラスは部屋を出たあとだった。
その日の夕方。
「!【レモネード!】」
「‼【レモネードォォォ!】」
一日一杯しか許されていないレモネードの為にギルバートが汗を流していると、サイラスが駆け寄ってくる。
「王子! リボンの持ち主が分かりました!」
「なに? 誰だ?」
「それが……敵対している弓隊の腕章の一部だったようで」
「弓隊?【天使の物ではなかったのか……早計だったのは僕の方だったようだ。すまない、サイラス】」
「はい。どうも一月後の戦争の前にこちらの内情を調べようとしているスパイが居るようです。このリボンも、王子の言う通りこちらを欺こうとしてわざとわざわざ隣国で買った物のようでした」
「そうか。【ああ、恥ずかしい! リボン一つでこんな勘違いを! しかも弓隊が付けていたという事は男か! 勘違いをした自分がなおの事恥ずかしいじゃないか!】」
「ど、どうしますか?」
「……【どうしようもない。天使は結局どこの誰か分からなかったんだ。探しようが……待てよ? もしかしたらまたあそこに来るのではないか? よし】見張ろう」
「は、はい! すぐに監視台を設置します!」
「?【いや、何もそこまでしなくてもいいぞ、サイラ……居ない。相変わらず足の速い奴め】」
気づけばサイラスは既に居なかった。天使といいサイラスといい、足の速い者ばかりだ。負けていられないな。
よし、明日からは朝に走り込みをしよう。コッコちゃんとピッピちゃんを追い回すぐらいでは、やはり健康にも良くないだろう。誰が言ったか早朝のランニングは長生きの秘訣だと言うしな。
全く、余計な事を言いやがって。
相反する感情に振り回されながらもギルバートは今日も美味しくレモネードを頂いた。
◇◇◇
ギルバートの一言であの花畑に立派な監視台が出来上がった。周りの木に紛れてカモフラージュも完璧だ。そこに交代制で毎日騎士が見張りをしていた。
ある日、花畑にギルバートが姿を現した。騎士はゴクリと息を飲み王子の動向を見守る。
ギルバートは花畑をしばらく見まわしていたが、何を見つけたのかそのまま森の中に吸い込まれるように消えてしまう。
ギルバートの行動に驚いた騎士が口笛を吹くと、あちこちから隠れていた騎士達が姿を現してギルバートの後を追った。そしてそこで衝撃の光景を目にする事になる。
◇◇◇
ギルバートは久しぶりにあの花畑にやってきた。コッコちゃんとピッピちゃんが見つけてくれた秘密の花園だ。
ところが、花畑があった場所までやって来たギルバートは驚いた。花が無い。というか、何もない。ただの広場だ。おかしいな。確かにここだった筈だ。
いや、よく見れば誰かが花を抜いた形跡がある。
【何てことだ! いくら美しいからと言って花を根こそぎ抜くのはマナー違反だろう! せめて一~二本だ!】
その時、森の中からガサリと音がしてギルバートがすぐさま顔を上げて森を見つめると、森の奥に紫色の何かが見えた。
【花も紫だった……まさか! 花泥棒か! 絶対に逃がさんぞ!】
ギルバートは走り出した。あの花は天使とギルバートを繋ぐ大切な花だ。それを盗むなんて! しかも根こそぎ持っていくなど、言語道断だ!
あれほど走るのは嫌いだと心の中でいつも呟くギルバートに、神はいつもこうやって試練を与えてくるのだ。本当に無慈悲である。
しばらく走っていると崖の上に出た。ふと下を見ると一面の紫色の何かを持った集団が居るではないか。ギルバートはカッとなった。
【あんな集団で花を摘みに来るとは! これはもう説教をしてやらなければ! しかし、あんな大群に一人でいけるか? いや、無理か】
しかしその前にまず呼吸を整えよう。流石に一気に走りすぎてしまった。さっきコッコちゃん達と追いかけっこをした所だからな。
ギルバートはふぅ、と息をついて崖の側にあった大きな岩に腰かけた。すると安定が悪かったのか岩が揺れ、後ろのさらに大きな岩にぶつかったのだ。
「あ【何だか危なそう】」
チキンハートのギルバートはすぐに岩からどいて距離を取った。危ない事は極力しない。ギルバートの持論である。
「喉が渇いたな。【確かもう少し奥に湧き水があったような】」
ギルバートがまだグラグラしている岩を横目に近くの湧き水で喉を潤していると、突然水の出が悪くなった。
そう思った瞬間、さっきまでギルバートが座っていた岩が大きな音を立てて砕け散り、後ろの大きな岩が水に押し出されて下に居た紫の軍団の上に転がり落ちて行ってしまったではないか! 大量の鉄砲水と共に……。
「! 【ひぃぃぃぃ! どこの誰だか分からんが、すまん! どうにか泳いで生き延びてくれ!】」
今しがた起こった事に驚いたギルバートは、唖然として思わず剣を支えにその場に立ち尽くしていた。
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