第4話 大人しく慎ましい王子(自称)

 ロタも、もしかしたらあんな金髪なのだろうか。声から察するに絶対にロタは可愛いに違いない。


 ギルバートも男である。可愛い人を見ればトキメク。


 しかし何故か舞踏会などではギルバートを誰も誘ってくれない。だからもう最近は傷つきたくないので極力参加しないようにしている。


「窓の外に何かいましたか?」

「いや。出してくれ。【ロタは金髪だろうか。だとしたら、僕の銀髪とはなかなか相性がいいんじゃないか?】」

「はい」


 サイラスは頭を下げて馬車に出発の合図を送った。


 何の気なしに窓の外を眺めるギルバート。ふと、今度は木の陰に先程の金髪が見えた気がした。間違いない。あれはきっとロタだ!


「止めろ!【ロタかもしれない!】」


 まだ馬車は止まっていないというのに、ギルバートは馬車から飛び降りて森の中に向かって駆け出した。


 先ほどまで金髪が居た場所まできたギルバートは辺りを見渡したが、そこにはもう誰も居ない。


 その代わりロタが居たと思った場所には誰かが片づけ忘れたのか、箒が逆さまにして立てかけてあった。金色に見えなくもない箒の先の部分にギルバートはがっくりと肩を落とす。


 いきなり全力疾走したので疲れた。これだから運動は嫌いだ。


 そう思いつつ何気なく手をついた木に矢が一本刺さっている。


「?【何でこんな所に? 誰かここで狩りでもしたのか? こんな所で狩りなど! 万が一ロタに当たったらどうするんだ!】」


 ギルバートが矢を引き抜いた丁度その時、後ろからサイラスが息を切らせながら駆け寄ってきた。


「お、王子、一体何が……」

「これを。【誰かがこんな所で狩りをしていたようなんだ。おまけにな、ロタだと思ったら箒だったんだよ、サイラス】」


 相手はシスターだ。会った所でどうしようもないのは分かっているのだが、一目で良い。会ってみたい。そんな思いを込めながらギルバートは矢をサイラスに渡して歩き出した。


◇◇◇                


 ギルバートに手渡された矢を見てサイラスは息を飲んだ。


「こ、これは……」


 それはどう見ても敵国モリスの物だった。どうしてこれがこんな森の中に。しかも、ギルバートにはこれが見えたのか? あの馬車から? 凄まじい動体視力だ。


「本当に恐ろしい人だ……」


 サイラスは馬車に戻りギルバートをチラリと盗み見た。窓の外を見つめる目は真剣そのものだ。獲物を探し狙う狼のように美しい。


 しかし解せない。どうしてこんな所に敵国の矢があったのか。その時、ギルバートがポツリと呟いた。


「真実はいつも見えない【だからこそ、幸せな時もあるゾ! か。やはり良いポエムだ。深い!】」

「!」


 その通りだ。真実と言うのはいつだって見えないのだ、最後まで。


 ギルバートはそれに気付いているのか? となると、敵国モリスとの開戦は一月後という取り決めだが、もしかしたらあちらは既にそれを破り、奇襲でもかけて来ようとしているのでは?


 サイラスは矢を握りしめて未だ窓の外を睨みつけるギルバートに心の中で最敬礼を送った。

              

◇◇◇               


 懺悔室の余韻を残したまま日々は過ぎ、余韻が完全に消え去るのは週の半ばである。そしてまた考えるのだ。どうすれば穏便に婚約破棄出来るのか、と。


 シャーロットの何がそんなに嫌なのか、と聞かれたら、怖いから。これである。


 どちらかと言えば大人しく慎ましい自分には、シャーロットのような烈女は絶対に合わない。


 どうしてこんなにも気の弱い自分にシャーロットなどという悪役令嬢を押し付けてくるのか分からない。


 いや、もしかしたらそれこそがアルバの本当の狙いなのかもしれない。シャーロットにギルバートを尻に敷かせ、このグラウカを乗っ取る気なのかもしれないな。そうに違いない。


 まるで毒婦のような女だと聞いている。色んな人が彼女に手玉に取られたとも言っていた。


 そこへサイラスが盆を手に部屋に入って来た。そんな事にも気づかずギルバートは組んだ手の上に顎を乗せて考え込む。


「失礼します。王子、先ほど咳をしていらしたので、薬湯をお飲みください」

「毒か……【それに比べてロタの可憐さと言ったら……はぁ、可愛い】」

「え⁉ ま、まさか!」


 サイラスは部屋に置いてある水槽に持ってきた薬湯を少量入れた。すると、何匹かの魚がぷかーっと浮かんできたではないか!


「こ、これは! 王子、失礼しました! すぐに作った者を捕らえ、口を割らせます」

「ああ。【相変わらずサイラスは一人で慌てて賑やかだな。サイラスを見ていると楽しくなるな】」


 ロタの事を考えていて何も聞いていなかったが、今日もサイラスは元気だ。


 ギルバートはサイラスが駆けて行ったドアを見ながらふと視線を水槽に移した。魚が浮いている。一体何事だ! 


 ギルバートは浮いている魚を水槽から出してきちんと埋葬してやるために紙に包んだ。


 魚とは言え命だ。彼らだって日々を必死になって生き抜いているのだ。そして毎日ギルバートの目を楽しませてくれていた。癒しだった。長い尾ひれをヒラヒラさせて泳いでいる様は何とも可愛らしかったというのに、可哀想な事だ……寿命だろうか。


 そこへサイラスが騎士を連れて戻って来た。


「王子、処遇をお知らせください。すぐに処分します」

「そうか。では、埋めてくれ【可哀相なこの子達を】」


 そう言ってサイラスに死んでいた魚を包んだ紙を渡した。


 一方、ギルバートの言葉を聞いたサイラスと騎士はゴクリと息を飲む。


「う、埋めるんですか? か、畏まりました」

「ああ、頼む。【手厚く葬ってやってくれ。ん? しかし魚を土に埋めていいものなのか? 魚であれば湖にでも沈めてやった方が幸せなのではないか?】」


 そこまで考えたギルバートは震えながら出て行こうとした騎士の肩を掴んだ。


「待て。やはり沈めてくれ。あの丘の上の泉に。【行った事はないが、あそこならきっと景色もいいし魚も喜ぶだろう】」

「お、王子、それはあまりにも……いえ、畏まりました」


 そう言って騎士とサイラスは部屋を立ち去った。


「ふぅ【水槽が寂しいな……また買ってきてもらうか。今度は色がついたのがいいな。ロタはどんな魚が好きだろう? 今度聞いてみよう】」

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