第109話 バイクと精霊

結局、秋子さんが心配したようなことはなかったし。

佐藤くんも特に何も考えてない感じだし。

そうなると、秋子さんが何か思惑があってこんなことしてるのか?

実は親切にしてきた人がラスボスだったなんて話は物語の中にあるものだけれど。


そう思いつつ今回の話を、あっちの冬美さん経由で送ってみたところ。


「よかったわ。いきなりアメリカ連れて行かれて、秋彦の代わりやらされるかと思ってヒヤヒヤしてた」


と秋子さんから返事が来た。

春間家からの監視を常にされているので秋子さんの妹さん、冬美さん経由になってしまうけど。

別の監視とか気にしなくていいんじゃないかしら。


それと、結局父が亡くなった件については聞くことができなかった。

というか、色々話しててすっかり忘れてたというのが正しいのかしら。


なんで私に嘘ついていたのか。

父の死と佐藤くんの関係とか。


なので、ちょっとバイクで走りながら佐藤くんに聞くことにした。

今日のルートは箱石峠から城山展望所、そこからやまなみハイウェイに少し入ってミルクロード、二重峠を通って帰ってくるというルート。

大体2時間くらいかな。


ホテルでの話の後、小泉さんの車で送り届けられたのだけれど、

その際に


「この遺産の話はあまりご友人にもされない方が良いですよ。

お金の話が出てきた途端に、人の心はもろく崩れ去ってしまうことがあります。

どんなに親しい相手でも、ご注意ください」


と言われてしまった。

まぁ一生働かなくてもいいくらいの遺産ではあるから、そういう話聞いたら色々近づいてくる人がいるということよね。


「今回は権利を受け取るので遺産相続ではありません。

正式に遺産を相続された際にまた贈与税などの話が出てきますので、その時に詳しい話をまたいたしましょう」


などと言われてしまった。

贈与税。


これはこの家とかバイクとかもらってしまったので、今年の3月確定申告前に江川さんにお願いして税理士さんとおしてやってもらってる。

金額聞いてびっくりしたけど、親からもらったものなのに国から税金巻き上げられるとかなんか理不尽な気はするわ。


父の遺産の金額とかさらっと聞いた感じだと贈与税がすごいことになりそうだし。

この先どうなるのかしら。

全部大人に丸投げできるのも、私が高校卒業するまでよねぇ。


色々と考え事がありすぎて、さっぱりするためにバイクに乗ることにしたのだ。

乗ってる時は気分が晴れる。


屋久島種子島ツーリングの後に洗車して、ガラスコーティング剤とか塗ってみたのでなんか深い艶があるように感じられるわ。

CB400スーパーフォア。ブラックのラメ入りのタンクがキラキラして美しい。


高藤先輩からは「もっとかっこいいの着た方がいいよ」と言われてるけど、防御力と使い勝手重視でコミネジャケットとライディングパンツを身につけ。

革のグローブとアライのヘルメット。

シューズは安全靴で専用品ではないけど、ライディングシューズになると急にお値段上がるから不思議。


エンジンに火を入れる。


4気筒の機械的な音と、爆発するエンジン音がガレージに響く。


ヒュヒュヒュヒュヒュ

キシュシュシュシュ

ドドドド


そんな音が重なり合って心地よい。

単気筒の爆発してます、って音も生き物の鼓動みたいえ好きだけど、4気筒のいろんな機械音が混じっているのも心地いい。こっちは演奏されてるって感じ。


自動シャッターを開けると、外からひんやりとした風が吹き込む。まだ春先だからちょっと寒いくらい。


ギアを入れ、ゆっくりと発進する。


家の外には青空が広がり、この庭や森には目に見えない精霊とかが飛び回っているのかと思うと、ちょっと今までと感じが変わってくる。


今は佐藤くんを実体化させてないから見えないけれど、いっぱいいるんだろうなぁ


峠を走りながら、佐藤くんを呼び出す。

頭の中で会話する形なので、精霊とかは見えないのだけれど。


「なんですか?」


「結局、なんで嘘ついてたの?」


「嘘ですか」


「父がアメリカ行く前から秋子さんとこ居たんじゃなくて、父が死んでから戻ってきたって話」


「ああ、秋子さんから聞いてたのですね。いつの間に?」


「私だっていろんなコネクションがあるのよ」


妹さんを通じて話を聞いただけなのだけれど。


「すみません、騙すつもりはなかったのですが。一緒にいたことにすると、桜さんが色々と僕に聞いてくるでしょう?」


「当たり前じゃない」


「それを避けたかったんです」


「なんで」


「お父さんの亡くなる様子とか、理由とか知りたいですか?」


そう言われると、まだ心の準備ができてないような。


「ツーリング中、友人との楽しい時間に、重たい家族の話で盛り下がりたいですか?」


「確かに、タイミングは重要かも」


「だから、その話はまた桜さんが準備できた時におこないますよ」


「今はだめ?」


「運転中は余計危ないでしょう」


確かに会話しつつだと集中力が散漫になる気はする。


「じゃあ、帰ってから聞かせて」


「わかりました」


とはいえ、重たいとか先に言われてしまうと父に一体何があったのか。


「何か、すっごい重苦しい感じの話になるの?」


「お父さんがアメリカに行った役割とかそんな話です」


あまりヘビーな話は聞きたくない気もするなあ。


とりあえず、峠を気持ちよく走る方に集中する。

阿蘇の草原は野焼きの後はまっくろくろすけで、すすけて景色も何もかも微妙な感じになる。

どこまでも続く焼け野原。


これはこれで貴重な風景だけど、やっぱり緑の草原がいいわよね。

たまに焼けた灰がくるくる回ってて、旋風が起こったりしてるのが見える。


「あれは風の精霊が遊んでいるんです」


佐藤くんが話しかけてきた。


「その、精霊というのは何してるの?」


そう聞くと、佐藤くんは少し考えるような素振りを感じさせて


「このバイクが地面にバタって倒れないのは何故だと思います?」


「慣性の法則とかじゃないの」


実はよくわかってないけど、授業で習ったようなことを答えてみる。


「タイヤの精霊と大地の精霊がしっかり結びついているから倒れないのです」


急にファンタジーなこと言い出したぞ


「このタイヤにはさまざまん物質が入ってますが、それらをまとめて精霊が存在してます」


「ものに精霊とかつくの?」


「万物にそれは生まれていきます。例えば、石油は太古の昔植物であったものです。

昔の植物の精霊がそこについています。加工されることでそれらは細切れになって原料へと混じり、再び形を作られたときに混入された材料たちに混じった細切れになった他の精霊の情報と統括され、タイヤの精霊が生まれていくのです。

例えば水晶や宝石などは掘り出してそのままなので、原初の精霊がついてますが、人工物はさまざまな精霊が混じっています」


「半非物質生命体と違うの?」


「石や樹木天然のものに精霊が宿り、それを加工したものにはその精霊が切り取られて分裂してついています。

化学的に加工したり、混ぜたりすると分裂した精霊が融合して別のものになります」


化学式とかで色々混じると物質が変わるというのがあるけれど、そういうものの雰囲気なのかな?


というと、元素記号表にある分だけ基本的な精霊がいて、それがまじって化合物になると新しいのができて、って感じなのかしら。


「精霊って人間の形してるの?」


「以前も言いましたが、人間の形をしているものは穢れにやられているものが多いので、精霊そのものは形をしっかりと持ってないものです」


元素記号を妖精の姿で表したら面白いと思ったのだけれど、形がないんじゃね。

で、タイヤと地面の精霊が結びつくってどういうこと?


「じゃあ実験してみましょうか。

僕がタイヤの精霊と地面の精霊の間を取り持ちます。次のカーブで思い切りバイク倒してみてください」


「こけるじゃない」


「大丈夫です、僕を信じてください」


と言われても。

前後に車はいないし、スピードも出してないから、


スラロームを自動車学校でやった時のようにえいっと倒してみる。

すると、バイクはステップを擦りながらコーナーを低速でゆっくり走りながら、でも倒れないで立ち上がっていった。


普通、あの速度でバイク倒したら、遠心力がないからそのままぱったり行くはずでは?


「わかりました?タイヤと地面のつながりを強くすると倒れないでしょう。

このような感じで、タイヤと地面の精霊が常に結びついているんです」


「でも、こけて事故る場合あるよ」


「精霊は、人間が強く「有れ」と意識するとそレを尊重するんです。

バイクでコーナーをすごいスピードで曲がる人は経験で「倒れない」と強く思っているから精霊が力を貸します。

でも、ぼんやりしてたり、慢心したり、慣れてしまって強く思わないようになったり、意識しないようになると、精霊が力を貸してくれないのでただの重力と遠心力に翻弄されてしまうだけです」


何、タイヤがグリップするには人間の気合いも必要なの?


「桜さんには僕がいつも介入して手助けできますから、絶対転けないようにしてあげますよ」


「つまり、バイクレーサーのような技術を身につけたのと同じようになるってこと?」


「ええ、サーキットでもアクセルさえ回してれば負けないです」


いや、そんなことはしないけど

いわゆるオートバランサー付きバイクになったってことなのよね。

精霊と佐藤くんの力で。


なんてお得な。


佐藤くんとか精霊とか、正直日常生活で何も役に立たないと思ってたけど、意外と役立ってくれそうなのね。


「じゃあ、ちょっと遊んでみていい?」


「どうぞ」


今まで怖くて倒しきれてなかった、ミルクロードの下のコーナー。

タイトなコーナーが連続し、しかも下りなのでスピード出してたら怖くて曲がれないところ。


そこを、佐藤くんと精霊のちからで曲がってみる。


軽く体重を移動させるだけで、タイヤが地面に吸い付いたようになり曲がるのが怖くない。

そんなにスピードは出してない、というか出せないけど転ける不安がなくなるので余裕が出てくる。


何これ、とてもいいじゃない!


今まで周りが見えてなかったけど、ここから見える景色もなかなかなものだったのね。

これは、今後のツーリング、余裕を持ってもっと景色を楽しんでいけそうだわ。



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