第84話 島影
老夫婦は個室を取っているらしく、蕎麦を奢っていただいた後は部屋へと戻って行ってしまった。ちょっと仮眠をとるのだそうで。
屋久島に着いたらリゾートホテルの方へ移動し、ゆっくりと島を周り5日くらい滞在するらしい。
屋久島でまた会えたらいいですね、的な話をしてくれて、なんだか品が良くてほっとするご婦人だった。
あんな風に歳を重ねたいものだわ。
私の乗ってるのがスーパーフォアなのに気づいていて、ボルドールとほとんど同じバイクなので、音とか乗り味とかその辺の話もできて楽しかった。
400のくせに重たいから、押して歩くときは汗だくになるけど、乗り始めるとすごく安定するから走ってる時はいいんだけどね。とあるあるの話をお互いして笑いあったり。
蕎麦もタダで食べられたし、いい時間を過ごせたわ。
客室に戻るとヒナっち、はるなっちは戻ってきて荷物のあるとこでスマホ片手に何か調べてる感じ。
「あら、早かったのね」
高藤先輩がそんなことを言いながら、近づいていく。さっきの顛末を聞いてみたくて楽しみでしょうがない、という表情だ。
二人は顔を見合わせて肩をすくめ
「あまり面白くなかった」
何、面白くないってどういう基準で?
「バイクの話も、なんかそこが浅くて。マフラーとか変えたとかパーツ変えてるとかそんな話ばっかり。どノーマルでバイク乗ってるような女子大生に自分たちが色々教えてあげる、みたいな雰囲気がぷんぷんしてたわ」
私たちの中で、マフラーとか交換してる人は確かにいないけど。
交換した方が偉いってわけでもあるまいに。
「モリワキ、ヨシムラ、その辺のマフラーのどれがいいとか、パワーがこうだから音がどうだから、と何やら行ってくるわけよ。
そんで、単気筒の私のとかヒナミのだったら何がいいとか勝手に勧めてくるわけよね。私はオリジナルの音が好きって言ってんのに「単気筒とかスーパーカブの音みたいじゃん」とか言ってくれるし。スーパーカブだっていい音じゃない。
だから、マフラーの知識についてちょっと色々と雑学を教えてあげただけ」
色々ってなんだろう。今迂闊に聞いてしまうと私がその話を丸々聞かされる可能性があるのでここは黙っておこう。
「わたしのBMWについては、なんか単気筒だからどうとか伸びがどうとかそんなこと言い始めて。単気筒だったらKTMがいいとか言い始めたからKTMについてちょっと講義してあげたら引かれた」
そりゃそのバイクに乗ってて、バイク屋の娘にバイクについての話ふっかけたら色々返されるだろう。
「結局彼らはどうなったの?」
高藤先輩、目が輝いてる。なんか録音もしてるし。
YouTubeのネタにでも使うのかしら。
「今はどっかデッキでもぶらついてるんじゃないかしら。私たちがバイクのプロテクターの話とかし始めたり。そいつらのバイクのマフラーが違法なことについて聞いてみたりしてたら「ちょっとこの先のルートを相談しないといけないから」とか言って席立って行きました」
「まさか女子高生がマニアックな知識持ってるとか思ってなかったんでしょう」
「バイク乗りの男は、女だと知識がないからすぐ世話焼こうとかしてくるから面倒くさい時ある。私は自分がバイク屋の娘と最初から言って相手の言論を封じることが多いけど。たまに本当にマニアックな人が出てくると話が弾む時もある」
「今回はそれを期待したの?」
「そう思ったのですが・・・」
ヒナっちはそう言ってゴロンと横になった。
「若い男は基本的にナンパ目的ばっかり。あいつらはバイクと同じように女子も乗りこなせるとか思ってんじゃないかしら」
はるなっち、なかなか過激なことをおっしゃる。
まぁ、わたしだったら勢いに飲まれてしまったかもしれないけど。
この二人なら変な人には捕まらなさそうね。
一応、わたしはまともな女子高生だと思ってるけど。
高藤先輩はまた撮影のために船内を移動するというので、はるなっちがついていくことになった。一応、大学生避けのため。
わたしはヒナっちと、スマホで電子書籍見ながらゴロゴロしてると
「今回会う人って、バンドのメンバーだった人?」
ヒナっちが聞いてきたので、ネットで拾った顔写真を見せながら
「東雲秋子さん、キーボードの人だって」
「でも写真にはHal AKIとか書いてあるよ」
「それは芸名。今は屋久島で作曲したり何かデザインとかそういう仕事してるって聞いてるけど、何してる人かよくわからない」
「ふぅん、このバンドメンバーってみんな名前に秋が入るのよね。こないだ東京で石山さんに聞いて面白いというか、よく集められたなと感心したし」
「その辺が石山さんのプロデュース能力じゃないの」
「私たちもプロデュースしてくれたらアイドルになれるのかな?」
「なりたいの?」
「いや、普通の田舎の女子高生を芸能界に入れるくらいに持ち上げられる力のある人なのかなって思っただけ」
いや、ヒナっちはそのままで十分いけるルックスあるでしょ。
と思ったが口には出さず。
「その力で、秋って人をかき集めたのかもね。今は40歳くらいなので写真とはちょっと違うと思う」
「わたしも会ってみたいな」
「ごめんね、今回は遺産相続で弁護士さんの紹介で会うことになってるから」
「その話終わったらあってもいいんじゃない?」
「その辺はちょっと聞いてみる」
なんて話をしてみたり。
まぁ得体の知れない話がどうなるかしだいよね、と思いつつ。
そういえば、東雲さんと会うという話は聞いたし、連絡先も教えてもらってメッセージの交換はしてある。
明後日にお邪魔することは伝えてあるけど、文面だと普通に一般的な社会人って感じだった。
その人に父と関係のある「契約者」という人と会わせてもらえるのだけれど。それについては誰も教えてくれない。
本名も男性か女性かもわからない。
変な展開にならないことを祈っていくしかないわね。こういう時にヒナっちたち肝の座った女子高生をお供に連れていけないのは残念。
ひなっちにそばを食べた話をすると
「え、それわたしも食べたい」
とか言い始めたので、はるなっち達が戻ってきてから二人を店まで連れて行ってあげた。なんかテンション上がってるけど。
「4杯頼むと「2杯で十分ですよ」とか言われるのかしら」
「あれは小さいサイズだからよ。このサイズなら2杯頼んで「1杯で十分ですよ」って感じじゃん」
二人が得体の知れない話をしてるのを横に聞きながら、
わたしはもう食べたのでそのまま戻って高藤先輩のところへ。
先輩は早速動画の方を見ながら確認しているようで、持ってきたノートパソコンに取り込んでたりする。
「もう編集するんですか?」
「多少はしておかないと、データ容量食うから。
高速道路のシーンなんかほとんどいらないから外付けのハードに落としてカードの容量空けてるの」
などとわたしにはよくわからないことをおっしゃる。
バイクにつけてるのはGoProというカメラで防水仕様なので雨が降っての安心らしい。
船内で先輩が使ってたカメラはOSMO POCKETという細長い感じで、レンズのとこが前後左右に揺れてもまともに向くようにできてるとか。
顔認証もあるので、地面に置いて撮影するとわたしの動きを追尾してくる。面白い。
一体いくつカメラを持ってきているのか。
GoProは人からもらった5を2台と8を1台。
それと一眼レフカメラにこの動画撮影用のカメラ。それとコンパクトカメラも持ってきていて、6台のカメラを撮影用に用意してるらしい。それにスマホのカメラも使うとか言ってるのでわたしだったら面倒くさくて嫌になる感じだわ。
クリエイターを目指すなら、これくらいやらないといけないのかしら。
「今回のYouTube動画はわたしが地元の友人と一緒に屋久島に行くという設定で編集するから、モザイクかけるけど、みんなもちょいちょい出てくるようになるわよ」
「大丈夫ですか?身バレしません?」
「その辺は考えているから大丈夫。ほとんどわたし一人しか出てこないけど、たまにマスツーしてる雰囲気を出したりするのに使う程度」」
などとおっしゃるが、そういうのが楽しくないとできない技術だわ。
「外、屋久島見えてきた!」
と言いながら子供が室内に入ってきた。
それを聞いて、複数の人たちが立ち上がりデッキへと出ていく。
私も立ち上がろうとすると、高藤先輩がゴーブロとコンパクトカメラを渡してきて
「これで撮影手伝って」
と言ってくる。本人は一眼レフも持っていくつもりらしい。
わたしが撮影していいのかな。
何やら室内からデッキに登って、そこで屋久島の姿を見て「わー」とか言う自分を撮影して欲しいとか言われ。
わたしはゴープロを構えて高藤先輩が小走りで上がっていく後ろをついていき、
後ろから高藤先輩と屋久島の姿が見える角度を選んで撮影する。
あ、本当に島だ。
横を見ると平べったい地面が見えるけど、あれが種子島ね。
そして、目の前に見える、海の上に山がいきなり出てるような島が屋久島。
雲ひとつない空で、種子島の上にも青空しか広がってないのに、屋久島の上には雲がある。
それも山上が見えないくらい濃い雲。
洋上の湿った風が高い山にあたることで水蒸気となり、それが雲となり雨となる
何かの本で読んだことがある、屋久島の記述でそんなのがあったのを思い出した。
だから雨が多いのだと。
段々と近づいてくる島を見ると、それが目に見えてわかる。
「あ、オズっち」
ヒナっちたちもデッキに出ていたようで、潮風に赤い髪を揺らしてこちらに歩いてくる。
はるなっちはスマホでパシャパシャ撮影してるけど、スマホだと迫力ないわよね。
そんなことを思っている隣では高藤先輩がパシャパシャ一眼レフで撮影している。
わたしは「よし」と言われるまでとりあえずその風景を動画で撮影し続けた。
ついでにはるなっち、ヒナっち、わたしと高藤先輩が入るように自撮り気味に撮影したりして遊んでたけど。
ほんと、島が近づいてくるのはなんだかちょっと感動だわ。
色々あった船旅だったけど、ついに目的地に着くのね。
で、あの大学生達はどうなったのかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます