第77話 冬美叔母さん

「単刀直入に言うと、遺産をお分けする代わりに兄の代わりをあなたに行って欲しいのです」


単刀直入すぎて私にはよくわからなかった。

兄というのは父の代わり?

ロックバンドのギタリストになれってこと?


ちょっと思考が停止し、窓から見える熊本城天守閣の周りを飛ぶ鳩の群れをしばし眺め。


いや、多分違うのだと思う。

先日からの話からすると、これも竜とかそういう話なのかしら。


「もう大津家の方から少し話は聞いているでしょう?

御伽噺か、昔話のように思われたかもしれないけど聞いたことは真実です」


真実、と言うのは竜がいるとかそう言う話なのか、高藤先輩が考えてたみたいに地脈というか断層とかそういうものが与える影響の話とかなのかしら。


「兄に何も問題がないなら良かったのですが。今年の2月に亡くなってしまい、我々の家としては役割を引き継ぐものが必要になったのです。それで桜さんに話を持っていくことにしてたのですけど、こんな話いきなりされても抵抗があるでしょう?

ですから大津家と少し話をして、今回の流れを作っていただきました」


笹原おばさんと会って話しをする流れは、用意されたものだったの?

私がしばしぼっとしてると


「あなたの周りには偶然は存在せず、全てが用意された流れに沿って動かされている。自由意志というものではなく国の流れに流されていく運命を持っているの。だから色々な話がとんとん拍子に進んだりすることがあるでしょう。

あなたは私たちの血筋と、大津家の血を受け継いでいるから、普通は動かないものたちも動かしてしまうところがあるのですよ」


段々と怪しい話になってきているぞ。

何それ、運命の血筋?国の流れ?よくわからない単語だらけ。

何と返事したら良いものかと迷うもので、冬美叔母さんの方が勝手に色々と話している状態。

小泉さんは淡々と横で何かの書類を探ったり、並べたりしている。

この話聞いてて何とも思わないのかしら。


普通だったら、スピリチュアルにかぶれたやばい人って感じにしか見えないのだけれど。

私も、先に笹原おばさんの方から聞いてたから、意味がわかってしまうとこあるけど。普通初対面の人には話さない内容よね。


「今日は、そんな私たちについての話を少し聞いてもらいたいと思って、お時間をいただいたのだけれど。

聞く気はある? ここで帰ることもできるわ、ただし遺産を分けることができなくなるけれど」


遺産がもらえなくなるよりは、貰えた方がそりゃありがたい。

でも、父の代わりをして欲しいという内容がよくわからない。それに、父が何をしていたのかをここで聞けるなら聞いておきたいし。


「父の行っていた仕事の話を聞いてから、判断してはだめですか?」


そういうと冬美叔母さんは少し微笑んだ。さっきまで若いように見えていた雰囲気が一気に妖艶で狡猾な魔女のような姿に一瞬なった。


「遺産よりも兄の仕事に興味があるの?」


「私にとって、父の存在はほとんど無いに等しい状態でした。

でも、今年からは、父の気配というか、記憶に触れることが多くあって父のことがとても気になっています。

今日も、その父についての話を聞きたいと思って来ました」


「遺産目的じゃないのね?」


「すでに私立大学卒業するまでくらいの、十分なお金はもらってます。

それ以上もらえるなら、もちろん嬉しいですけどお金がたくさんあっても人生おかしくなりそうだから。遺産についてはもう少し私が成長してからにして欲しいかな、と思ってました」


「自分の手に余るものは持ちたくないということね。兄と違って慎重な性格なのね。そこが母親似なとこなのかしら。

わかりました、遺産についてはその小泉に任せてますから後で話を聞くと良いでしょう」


うわ、小泉さんのこと呼び捨てにしてる。

ってことは年齢が上なの?

それとも立場的なもの?えらいのかしら?


「じゃあ、兄の話を少ししてあげましょう。

その前に、お茶の用意をしてもらうから少し待ってもらえるかしら。

その間に、あなたの知っている、お父さん、兄の話を聞かせてもらえない?」


さっきまでの空気感が緩み、魔女から親やすいお姉さんに表情が変化する。

何だろ、この人の雰囲気は。

冬美叔母さんはホテルのルームサービスで何か3人分のケーキとお茶、ティーセットなどを頼んでいる感じだった。


私は、それが運ばれてくるまで、私の住んでいる家での生活、バイクでの生活。

父から残されたもの、引き継いだもので友人もできて学生生活が楽しいものであること。

そして、下阿蘇ビーチでの記憶とか。思い出せる範囲で、父のことを語った。


その間、面白そうに冬美叔母さんは相槌を打つだけで、私の話を聞き漏らさないようにとしっかり耳を傾けてくれているように見えてた。


父の残したもので私が生活する様子、そこから自分の知らない兄の姿を感じ取ろうとしているかのように。


「兄が、まさか父親になるとは思わなかったから桜さんが産まれたことが意外であり、それがあったから色々と面倒なことが起こったとも言えるの。

だから、兄は家庭を持ったことを後悔してたのではないか、と心配してたのだけれど。

あなたの話を聞くと、どうやら兄は家族ができたことを純粋に楽しんでいたようですね。安心しました」


ティーセットが部屋にやってきて、それが並べられる時に冬美叔母さんはそう言ってくれた。

父って、そんなにモテないとか家庭を持つのに相応しくないとか妹さんに思われてたってことかしら。


プロデューサーの石山さんから聞いた父の学生時代の姿は、なんだか頼りない感じがあったからそんなふうに見られてたのかな。

そこから母に鍛えられていったということなので、母が父の性格を変えていったのだろうか?


母との出会いが、自分に自信を持てるきっかけになったのかしら。


とりあえず、目の前に置かれたカップに入ったお茶を飲む。

口の中に高級そうな香りが広がり、少し心が落ち着いた気がする。






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