第33話 プロデューサーって?
12月になると、阿蘇では雪もチラついてくる日が出てきたりして。
外気温が最高で3度とか、10度を下回る日数が増えていき、山越はしないで、最短距離で通学をするようになっていった。
バイクは、夏は暑くて冬は寒い
と言われるけれど、その寒さが尋常じゃないのがよくわかったわ。
ホームセンターごときで購入したオーバーパンツでは全く歯が立たなくなってきたから、防風防水プロテクター入りのバイク専用カーゴパンツを購入したり。
はるなっちはスーパーカブに黒いハンドルカバーをつけるようになっていて。
とても暖かくて羨ましいと思ったけど、自分のスーパーフォアに取り付けることを考えると「カッコわる」となるので、そこは痩せ我慢。
グローブの性能で乗り切ることにして、ちょっとお値段のする防水グローブを購入。
自転車用の防寒革手袋では手がかじかんで、信号待ちのたびにエンジンで温めることしてたくらいだったけど、専用の手袋は暖かさが全く違った。
いっときダウンジャケットで走ってたけど、あれもファスナーのとこから風が入ってきて割と距離走ると寒くなってきたから、これまた大枚はたいてバイク専用のハーフコートみたいなのを買ってみたり。
それは手元とファスナー全体が二重になっているので風が入ってきにくくて、上着の裾からも風を巻き込まない作りになってた。
風が入らないことがこれだけの温かさを生み出してくれるのね。
つくづく、専用品というものはしっかり考えられているものだと感心してしまった。
そんな感じでお金をかけられたのは、実はお父さんからの遺産が少し入ってきたから、というところ。
前回弁護士の小泉さんから「学費に困らない程度は」とか言ってたけど、全然余裕な金額が振り込まれてて正直、その金額が書かれた通帳を持って帰るまでドキドキだったわ。
これは学費用。無駄に使える金ではないの。
と言い聞かせて、近くの地方銀行に口座を作りにいって、大半をそちらに移動させて自分の目の届かないところに追いやったりして。
そんなお金が手に入ったから、通学中、寒くて事故でもおこしたら大変ということで、江川さんに相談しながら色々と専用のものを購入してみた次第。結局、コミネ系で全てまとめてしまったけれど、割とカッコはいいわね。
12月になると、曇り空が多くなって、気持ちもどんよりなりそうな感じ。
ヘルメットを手に持って、駐輪場で雪でも降ってきそうな空を眺めていると、高藤先輩が声をかけてきた。
先にメッセージで連絡をもらっていたので駐輪場で待っていたのだけれど、
父と母について色々とわかってきたのでその話をしたいということだった。
今日は何も予定がないので、そのままバイク部の部室で話をすることになり、はるなっちにその連絡をしておく。終わったらきてみたら、ということで。
彼女はクラス役員か何かの当番で、その仕事が終わってから合流することになった。
自動二輪部、通称バイク部には一応部室長屋に一部屋借りていて部室が存在しているのだけれど、ほぼ荷物置きの倉庫になっている。
三角コーンとかバイクの練習に使ういろんなものが整理されておかれてて、その間に会議室とかにあるパイプ椅子が8脚とと長テーブルが2個並んでる程度の空間がある。
エアコンがあるのでそのスイッチを入れるも、温まるまで時間がかかるので温かい飲み物を買いに行くことに。
ホットのお汁粉とつぶつぶコーンクリームスープを買って部室へ向かう途中。
「お母さんの方はあの写真情報がわかったわよ」
とホットのコーヒーを手に持った高藤先輩が話してきた。
「お母さんの素性ですか?」
「あの写真は、やっぱり南阿蘇村の方で募集して、大賞に選ばれたものだったわ
特に写真家とかそんな肩書きは書かれてなかったから、仕事でカメラマンしてた感じではなさそうなんだけど」
私が物心ついた時、記憶の中で母がカメラを仕事にしている雰囲気は一切無かった。
私の方でも調べてみたところ、母の勤めていた会社の名前は私の高校入学時の書類を見ると書いてあった。職場の連絡先まであったのでメモしてきている。
そこの事を歩きながら先輩に話すと、会社の名前はよく知っていて熊本では有名な情報誌を作っているところだという。
「割と私の目指す仕事っぽことしてたのね」
と高藤先輩が目を輝かせてくるが、私がそれをしてるわけではないのでそんな目を向けられても何もできないわ。
「今度、私がそこに電話してあげるから連絡先あとで教えてね」
と言ってるけど、単に自分がその仕事場にお邪魔したいからではないかと勘繰ってしまう。
部室に到着すると、中にはるなっちがすでに存在していた。
パイプ椅子に座ってエアコンの暖房が一番当たるところでスマホをいじっている。
私たちの姿を確認するとすぐに
「さっきクラスでの仕事が終わって。
それで、何かわかったんですか?」
と高藤先輩に聞いてる。
「まぁ落ち着いて」
と言いながら私がお汁粉を放り投げると
「飲みものじゃないじゃない」
と言って顔をしかめる
「冬といえばこれ」
「って言いながら自分はコーンスープ買ってるじゃない」
「お腹すいたから」
そんな無駄な会話をしながら、私たちは席に座って、それぞれ手にしたものを飲み始める。
文句言った割には美味しそうに飲んでるじゃない。
「コーンスープの飲み口の下凹ますと、コーンが残らず飲めるのよ」
とはるなっちが生活の知恵を教えてくれたのでその通りにすると、確かにコーンのつぶつぶがきちんと流れてくる。
これは、誰が発見したのかしら。
しばし温かい飲み物でお互い落ち着いてから、高藤先輩がさっき私にしてくれた話をはるなっちにする。
お母さんの方は会社に電話すれば詳しくわかるけれど、特に写真関係の仕事してたわけではなくて、デザイン関係、文字関係の仕事だったという雰囲気。
「あ、その雑誌私も知ってる。特にファッションの写真とかは他県の人からも評判いいのよね」
私は、実はその雑誌見たことがない。お母さん自分の仕事教えてくれないから。
「こちらの方は、あとでまた私が電話して聞くけど。
それよりも、もっと大きな情報があるのよ」
と言って目の前に何冊かの雑誌をカバンから取り出して広げていった。
それはさまざまなジャンルの雑誌で、音楽関係以外のものばかりだった。ただ、共通してるのは父のバンドの写真と情報が書かれていて、
「この辺の本、父がちょうど大切に持ってて。父からすると、同年代の地元の人間が活躍してるのが嬉しかったとかでかなりのファンだったみたい。
それでこの所属してる事務所とかが書いてあるでしょう? で連絡を入れてみたんだけど、今はその事務所自体が存在してなくてダメだったの」
なーんだと、私とはるなっちは顔を見合わせた。
「でも、ここからが運命的というかなんというか。
たまたま、Twitterで私が「このバンドについてちょっと興味があるので」ってあげて紹介したら、私のフォロワーの人から情報が来たのよ」
「Twitterって知らない人とやりとりするやつでしょう?信用できるんですか」
私が思わずそう言うと、高藤先輩は笑いながら
「今はお互いの顔を知らなくても、情報交換すること割とあるものよ。その人私のYouTube見てて、東京の人なんだけどその大津さんのお父さんが所属してたバンドの、プロデューサー知ってるって」
プロデューサー?なんかよく聞くけど何やってるかわからない仕事してる人だということしかわからない存在だわ。
プロデューサーっていうのは、バンドが曲作ったりテレビでたり雑誌でたりツアー回ったり、色々するのを手伝ったり、お膳立てしたり、売れるためにプロデュースする人のこと。
と言われたけど、そのプロデュースというのがよくわからないわ。
売れるために後ろで働く人、という話みたいだけど。
「そのプロデューサーさんの連絡先とかもわかっちゃったのよ」
と嬉しそうに高藤先輩が言う。
「じゃあ、その人に話を聞けば、桜のお父さんのことわかるんですね」
はるなっちも嬉しそうにしてくれる。
「ええ、でもその人セブ島に移住してるって」
「セブ島?」
すぐにGoogleマップが開かれ、そして、それはフィリピンにある島の名前であることが判明した。
「なーんだ、外国にいるんじゃないですかー」
はるなっちが椅子にすとんと座る。私もゆっくりと背もたれにもたれかかった。
せっかく道標が見えたと思ったのに。
それなら、他のバンドの人に聞けば
と思って聞いてみると、それは先に高藤先輩も考えたらしく調べてみたら全員海外に移住してて日本で活動している人がいないらしい。
こうなったら文通かしら
そんなことを考えた時に、
「でもね、これが運がいいことにそのプロデューサーの人、月に2週間だけ日本で働いているのよ」
「遠隔ですか?」
「東京目黒にレンタルオフィスがあって、そこに住所持って日本で活動してるみたい。2週間日本にいる間にそこに行くと、話を聞けるというわけ」
「メールじゃダメなんですか?」
「それでいいならそれでもいいけど、大津さんはメールのやり取りで知りたいことが全部聞けると思う?」
思わない。
父のこと、母のこと、色々なことを聞いてみたいことがたくさんある。
でも
「その2週間って決まっているのですか?」
私がそう聞くと、先輩はスマホをささっと開いて
「これも運がいいのかなぁ。ちょうど冬休みの間に日本へと帰ってくるみたい」
冬休みの間。
東京に行ったら話を聞ける可能性。
この機会を逃すと1月になる。
今は、
お金
ある
時間
ある
ならばあとは行動あるのみか
「私、会いに行ってみたいです」
と何故か立ち上がり、高藤先輩に向かってそんなことを言ってしまった。
「そうこなくっちゃ。
そのレンタルオフィスを通して本人に連絡つけることができたり、スケジュール確認できるみたいだから、私がそこやっておくわ」
「いいんですか?」
「乗りかかった船だもの、それに私もいずれ色々やってみたいから、そんな事務所とかレンタルオフィスとか興味あるし知りたいし。
Twitterで知り合った人に連絡したらその辺教えてくれるみたいだから聞いてみるわ」
「ありがとうございます」
「でも、私は受験生だから東京に一緒に行くわけにはいかないわよ。一人で大丈夫?」
東京は恐ろしいところ
そんな話は、田舎に住んでいるとよく聞く。
電車に乗ると痴漢にあい、夜道を歩いていると通り魔が襲ってくる。
財布も長いのを持っているとスリに会うとか、道端で声をかけられると大抵ネットワークビジネスに勧誘されるか高い絵を買わされるとか。
始終電車は満員電車で身動きが取れない、駅はダンジョンのようになっていて一度地下に入ると田舎者は地上に出られないまま一生を終えるとか。
そんな噂を聞いたことがあるようなないような。
一人だと生きて帰れないかもしれない。
思わず隣をみると、お汁粉をちびちび飲んでるはるなっちと目があった。
「ねぇ、一緒に行かない?」
「私お金ないし」
「旅費宿泊費全部持つから」
「行く!」
はるなっちがぐいっと身を乗り出してきた。
「いいなぁ」
と高藤先輩は言いながらスマホに何か入力している。
「Twitterの人に連絡してみたから、詳しくは明日か明後日、また教えるわ。
スマホのメッセージに送っておくから届いてたらまたこの部屋でね」
「そのTwitterの人って何やってる人ですか?」
「大手バンドも所属してる音楽事務所の社長さんだって」
と言ってその人のプロフィールを見せてくれた。
なんで、こんな人と繋がっているのか。SNSは年齢も職業も超えてしまうのね。
ただ、問題は
「はるなっちは東京行ったことある?」
「あるわけないじゃない」
ということで。田舎者二人でなんとかなるのか、というのが心配になるが。
そもそも、会えるかどうかもわからないのでまだ心配してもしょうがない。
と思ってたら、1週間後
「12月の23日、午後から時間あるから会えるって」
と高藤先輩が教えてくれた。
これで東京行きは確定。だけど、私たち無事に行けるのかしら。
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