第30話 写真

「ほら、この裏にスイッチがあるのよ」


と言って慣れた感じで高藤先輩はiMacに電源を入れた。

iMacは、なんでスイッチを見えるところに作っていないのか。スイッチを探すだけでバタバタしてた時間を返してほしい。


軽く唸る音が聞こえて、画面が立ち上がってくると高藤先輩は頭を押さえた


「パスコードかぁ。やっぱりあるわよね」


と言いながら私をみてくる。


「大体、パスコードって誕生日が多いのだけれど。家族で数字が6個で収まる人いる?」


父と母の誕生日は戸籍を見るとわかるが、西暦で書いてみると七桁になってしまう。

だが、私は誕生日が4月1日


「ここの相続を大津さんにしてたくらいだから、娘の誕生日というのはあり得るわね。私とか知り合いは自分の携帯電話番号とかにしてたりするから、そうなると私にはわからなくなっちゃうけど」


と言いながら、私の誕生日を西暦から入力してみると

「ビンゴ!」

どうやらパスコードが正しかったらしい。


「あなたのお父さんが、ひねくれてる人とかセキュリティに厳しい人じゃなくてよかったわ、それに、離れていても娘のことはいつでも考えていたってことね」


そう言われると、ちょっと嬉しい。

iMacの画面が切り替わる様子を眺めている先輩が


「あれ、この画面の背景、みたことあるわ」


と言って自分のスマホをいじり始めた。

画面を覗き込むと、そこは阿蘇の草原と、白い夏の袖なしワンピースに麦わら帽子を被った小さな女の子が立っている。

青い空と緑の草原、そして少女が立っている小川と映り込む入道雲。


夏の草原を表した、とても爽やかな写真だ。

そして、この写真を私も知っている。


「これ、私ですよ。お母さんが昔撮影してくれたやつで見たことあります」


と高藤先輩に言うと


「いやね、これと同じ写真を何かの写真展で見たことあるのよ」


と言いながらスマホで検索して、そして


「そう、これこれ、やっぱりこれだわ!」


と言って私にその画面を見せてくれる。確かに、そこにはこのモニターにあるのと同じ写真がトリミングされていて。

それは、10年前くらいの南阿蘇の観光ポスターであった。


写真撮影者を見ると、私の母の名前が載っている。


「お母さん写真家?」


高藤さんに聞かれるも、よくわからない。

私が知っている母はリトルカブに乗って会社へと勤めている姿だった。

確かにカメラは一眼レフ使ってたし、お値段もそこそこするものであるが、写真を撮影するためにどこかに出かけている様子はあまり知らない。

休日などで私と一緒に出歩く際に、必ずカメラを持っていたのは知っているけれど、ほとんど私を撮影してた気がするし。


「いや、普通に会社員だったと思います」


「じゃあこの写真は何かのコンテストで優秀賞とかに選ばれたのかしら」


と言いながらまた調べている。

いや、このパソコンの中身を見るのではなかったので?


と心の中で思ったのだけれど、高藤先輩は私の母親の写真から、素性を見つけることに集中してしまった。自分も写真を撮影するので何か気になることがあるのだろう。


そんな時、ガレージのシャッターが開く音がしてはるなっちのスーパーカブが郵便局の人の音を響かせて入ってきた。

私は一人でiMacは使えないので、はるなっちを迎えにいく。


「今日は天然キノコ鍋よ!」


とか言いながら、リアボックスから大きなキノコの塊を取り出してきた。

道路脇に生えてたそうで、釈迦しめじというものらしく両手で抱えるほどの大きさがあった。

毒キノコじゃないの?

と聞くと、ちゃんと専門の人に見てもらったから大丈夫と言う。確かに見た目は美味しそう。店で売られている丸いしめじではなく平たいかさが幾重にも重なり、見たことのない姿をしているけれど。

どことなく「食べられますよ」という雰囲気を漂わせていた。


とりあえず、iMacは高藤先輩に任せて、二人で鍋の準備をすることにする。

はるなっちが買ってきた具材を切り分けカセットコンロを用意したりしていると


「ちょっと、大津さんこっちきて」


と高藤先輩が吹き抜けから身を乗り出して声をかけてくる。


「なんですか」と言いながら、はるなっちと2階に上がっていくと


「ほら、これ見て。あなたのお母さん、若い時は雑誌とかのカメラマンだったみたいよ」


とインターネットで調べた記事を見せてくれる。


「そして」


と言いながら別のサイトを開きながら


「ほら、あなたのお父さんが特集されてるこの雑誌の取材見て」


そこには父と言われた男性が何かカッコつけて写っている写真と、バンドの人たちと写っているものとか色々載っていた。ちょっと古い。

いまひとつ父という存在がイメージできないが、かっこいいバンドマンが映っているという印象しかない。


「でね、この写真撮ってるのがお母さんなのよ」


とカメラマンのところを指し示してくる。


え?


よく見ると、確かに母の名前がある。


「同姓同名では?」


「そう言われるとわからないけれど。この画面の写真から検索をかけて行ったらここに行き着いたから。多分そうだと思うけれど」


「この場合、その出版社に聞いてみたらいいんじゃないの?」


はるなっちが冴えたことを言う。


「残念ながら、ロックブームの時に作られた雑誌だから、今は廃刊になってるのよ」


「栄枯盛衰か〜」


「難しい言葉を使わなくても、雑誌とか流行り廃りがあるから仕方ないわね。

まぁこの件はとりあえず「その可能性大」ってことでスクショだけでも撮っておいて、後で調べてみましょう」


と言って、高藤先輩は一度ブラウザを消していく。


「で、このパソコンの中見てみたけど、ほとんど作曲関係のデータしかないわ、エッチな画像集とかあったらどうしようかとか思ったけれど、そんなのは入ってないみたい。本当に仕事で使ってたという感じね」


「パソコンで作曲とかできるのですか?」


「なんでもできるわよ」


そう言いながら、先輩はささっと何かを立ち上げて、ささっと入力して曲を作ってしまった。


「ほら」


「すごーい」


はるなっちと私がハモる


「ここ、もっと探したら表に出てない作りかけの楽曲とか出てくるかもしれないわね。それを売って学費とか稼いでみない?」


「曲とか、その辺の権利は私持ってないみたいだから」


あの頭の薄い小泉さんを思い出しながら、言われたことを思い返していた。20歳になるまでは、だけど。


「幻の楽曲発見!とかなると話題性十分なんだけれどなぁ。

あとは、写真のフォルダがいくつかあるけれど、それもバンド関係ばっかり。

そして、唯一、この画面に使われてる写真だけがお母さんが撮影したものということね」


iMacの画面には白いワンピースに帽子の女の子。

ここに映っている自分は4歳くらいで、確かこの時に両親が離婚したのだと思う。

父は、この時の私の姿を、ずっとパソコンの中で眺めていてくれたのか。


父は何を思ってこの写真を見ていたのだろう。


色々考えても仕方ないので、今後の方向性をまとめるためにも、まずは食事をすることにした。

私は一足先に降りて鍋を引っ張り出していると、


「阿蘇で取れた天然しめじ鍋ですよ!」


「それ、毒キノコじゃないんでしょうね?」


と、はるなっちと高藤先輩のやりとりが聞こえる。

やっぱりみんな、そこが気になるわよね。


一応、スマホでキノコ図鑑を調べ確認をしてみた。









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