第3話

 池袋駅の雑踏を抜けて、大斗は商業施設の屋上へ向かった。

 大斗は都心の人混みが好きだった。

 精一杯のお洒落をして上京している若者達は、自分の出で立ちばかりに夢中で、ちょっと名が知られている程度の舞台俳優の存在には気づかない。

 人間を観察するのに、好都合であった。

 小学校のクラブ活動で演劇を始めて以来、大斗にとって他者は常に研究の対象だった。

 言動の理由は何か、思考の理屈はどうなっているのか。突き詰めて人物像を作り上げて、そっくりそのまま自分に憑依させることが、この男の演技法である。


 しかし本人には真面目な研究でも、真似される方は気味が悪い。

 中学生の時、学年一の問題児だった不良少年の素行を写し取ったことで、教師らから「高田がグレた」と大騒ぎされたことがある。職員室に呼び出されて、親切な担任と学年主任から「なにか悩みがあるのか」と尋ねられた。

 さっさと演技の練習だと明かせば良いものを、大斗は大人をだませていることに調子づいて、不良少年を憑依させたまま「うるせえな。あんたらが親父を止めてくれるのかよ」と答えた。

 主任が色を失った。

 まさに先週、少年の生活指導をした際に、言い放たれた言葉だった。声色も、語尾の強さもまったく同じだったのである。

 これをきっかけに教師が大斗と少年の繋がりを探りだしたことで、少年側に大斗の練習がバレた。


「なんで俺の真似をするんだ。俺が親父に殴られてるって、どこで知りやがった」


 と怒って大斗を殴ったせいで、少年は一週間の停学処分を受けた。

 ちなみに大斗は少年の家庭事情など知らなかった。父親の暴力癖は、少年を観察して人物像を練り上げていくうちに生まれた架空の設定だったのである。それが現実と合致してしまった。

 大斗の想像から生まれた騒動に巻き込まれて停学にまでなった少年は不運であった。

 後日、大斗は詫び代わりに、授業のノートを少年の机にこっそり入れておいた。

 秀才の真似をしてまとめたノートだから、テスト向けの資料としては自信作だった。まともに授業を受けない生徒の目にも、なかなか分かりやすかったらしい。少年のグループで回覧したらしく、翌月の試験では、ノートに書かれていた範囲だけ平均点が上がっていて、教師が首を傾げた。



 これだけ観察眼に優れた大斗だが、しかし他者に興味を注ぎすぎるせいか、自分自身への関心は薄い。成人して久しいくせに、高校生が選ぶようなティーシャツばかり着ているのもその発露だ。見目を良くしようという意識が無い。

 大斗が外を歩く時、町並みは舞台であり、行き交う人々が役者だ。そして自分は、常に観客であった。照明の当たらぬ暗がりにいるから、自分にも、他人からも、顔が見えない。

 誰にも気づかれぬまま、商業施設屋上のフットサルコートに入った。

 先に集まったチームらが試合をしている。

 大斗の出場まではまだ四十分あった。自販機で水を買っていると、後ろから「高田大斗さんじゃありませんか」と声を掛けられた。

 大斗は苦笑した。


「ええ、高田と申します。そういうあなたは成見なるみりょうさんですね」

「いいえ。イケメンのお兄さんです」

「くだらないなあ」

「おい。くだらないとは、なんだ」


 亮は自販機の取り出し口からボトルを奪って、懐に入れる振りをした。

 昔からこの男がやる戯れである。

 大斗の兄の同級生で、文化部育ちの大斗にサッカーを教えた縁が今も続いている。今夜のフットサルに誘ったのも亮だったのだが、


「俺が言うのもなんだが、稽古が始まってるんじゃないのか。フットサルやっていいの」


 いつもなら公演前は怪我を避けて欠席している。それが来たということは、


(ストレスが溜まってるな。また遠藤道也に手を焼いているんだろう)


 好きを仕事にしているのだからと、苦労をいとわずに役者業に励んでいた大斗が、キッズモデル上がりの美青年が思いついたように俳優をやると言い出してから、げっそりとして愚痴るように変わってしまった。

 それも演劇とまったく関わりがない上に、大斗が責められる筋でもない、人間関係や気遣いの苦労話ばかりである。

 それだけ道也に振り回されているのに、ネット上では大斗がコケにされているだから、亮は同情せざるを得ない。

 今回の演目にしても、「道也のバーターのくせに主演を張るなんて恥知らず」だと文句を言われているのだ。極めつけは「高田大斗の顔面では色男役は無理だから、道也くんが譲ってやった」などと荒唐無稽のデマまで流れている。

 実は、公演を控えた役者をスポーツの場に呼ぶのは、相手チームにラフプレーを控えてもらう等の手回しが必要になるから、亮も気を遣う。それでも数時間の運動で気が晴れるのなら参加させてやりたいし、こちらの苦労を知っていながらトボトボと遊びにくる大斗を見ると(こいつが甘えられる相手は俺くらいだし)と思うから煩わしくない。


「一点、決めていけよ」


 ボールを大斗に向かって投げた。

 大斗は両手でボールを掴んだ。ぎこちないのは、サッカーを教わりはしたものの、実戦経験が少ないからだ。

 大斗がコートに立つと必ず敵がたかをくくる。

 試合時刻になり、大斗がスタメンで出ると、明らかに敵がポジションを変えた。大斗を戦術の穴だと判断したのだ。対面する選手が、腰の後ろで自チームの選手らに人差し指を曲げて見せた。


「こっちにボールを集めろ。点を決めまくってやる」


 という合図であった。

 さて試合中、大斗はフットサル選手になった気分でプレーをする。

 しかし現実は甘くない。自身の技量以上を可能にする仕掛けが存在する舞台の上とは違う。

 何ができるわけでも無いから、コートの隅で棒立ちになって、へいへい、と気弱な声でパスを呼ぶ。

 苦労するのは味方である。選手が一人欠けた状態で試合に挑むようなものだ。

 きつい。

 ――と見せかける。

 攻めあぐねる振りをして自陣でボールを転がし、敵を誘い込み、裏で警戒されぬまま敵陣へ一人忍びこむ大斗へ、亮が大きくパスを出す。

 これらの戦法が明らかになった時には、大斗はすでにゴール前でシュートを打つ態勢に入っている。


(いつの間に)


 と敵チームの選手は驚く。キーパーでさえ、大斗が忍び寄っていたことに気づかず、前のめりの攻撃敵ポジションを取っていた。

 これが大斗流の勝負だ。

 敵選手になった気分で油断を読み、隙を突いて一点を勝ち取る。


「ぶち込め」


 という亮の大声に従って、大斗は力一杯シュートを放った。ぼてぼてボールの一点を得た。

 これで、出場は終了である。控えの本命選手と交代する。二度通用する戦法ではないからだ。

 それでも一点を入れる興奮は、代え難いストレス発散術だった。自分を見くびる相手をやり込める小気味よさも、(口にはしないが)たまらなく好い。

 大斗はベンチに腰掛けて、ボトルの水を舐めた。


(すっきりしない)


 何故か、今日は胸がもやもやとしたままだった。


(ストレスが多すぎるんだ)


 今までのやり方が通用しないほど精神が疲弊している。


(このまま事務所に使われていたら、役者業をきらいになってしまうかもしれない)


 と、ぞっとする予感が胸をよぎった。

 ――冗談じゃない。

 大斗はスマホでマネージャーに、明日の迎えの時間を少し早めてくれるようメッセージを送信した。


(僕の夢を他人に潰されてたまるか)


 ホイッスルが鳴った。

 味方チームが一点差で勝った。


「大斗の一点で勝ったぞ」


 と亮から言われ、大斗は愛想笑いを浮かべた。彼に対して他人行儀にしたことを、あとで恥じた。

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