僕と俺が演ずる喜劇

いそね

第1話

 第一幕

○伯爵邸の中庭 夜


 大斗ひろとは右手をうやうやしく差し出し、ブランコに座る令嬢へ愛の言葉を捧げた。

 クラシック・ラブロマンスと銘打たれた定番劇は台詞まわしが独特で、シェイクスピアの詩をもじった長い独白をそらんじなければならない。

 特に主演俳優をつとめる高田こうだ大斗に割り振られた台詞は多い。半立ち稽古三日目の今日も台本を手放せずにいたのだが、暗記が遅れているわけでも、怠けているわけでもなかった。至極、当たり前のことだったのだ。

 だが、休憩時間のこと。

 共演の遠藤道也みちなりが、わざわざ大斗の隣にやってきて、


「高田サン、まだ台詞覚えてないんですか」


 生意気にも言いくさった。

 同じ芸能事務所の先輩だが、大斗は二十四歳、道也は二十一歳。年下である。

 一瞬、稽古場が静まりかえった。

 が、大斗が


「いつものことだろ」


 と応えると、ちらほらと笑いがこぼれて、団らんに戻った。

 いつも、こうなのだ。大斗は肩を落とした。


(いつだって遠藤はクソで、僕が執り成してやらなきゃいけない)


 うんざりしているが、道也とコンビでなければ舞台に立たせてもらえない。なぜかって「事務所の御意向」だからだ。大斗の手に負えない。

 せめて大斗の方が役者として優秀なら文句を言えただろうが、巷の評価は道也の方が上である。モデル出身の長身で華のある面立ち、よく通る声、絶妙な間合いで観客の心を掴む演技。どれも一級品の役者、――だと言われている。

 しかし内部からの評価は違う。


「光るものはあるが、何を演じても遠藤道也にしか見えない」


 という。万客を呼ぶ役者に対して、少々辛辣である。

 実は、やっかみも含んでいる。

 道也は絶望的に愛想が欠けているために、疎まれやすいのだ。

 遠目に眺めているだけのファンならば、無愛想も愛嬌のうちと思うが、仕事関係者はそうはいかない。

 衣装の採寸を一センチ間違えただけで「あーあ、見栄えが悪くなりますよ。演劇業界はプロ意識が弱いですね」なんてこき下ろされたら、そりゃあ腹が立つ。

 利益重視のスポンサー企業も、中身は人の子だから、当然、道也がメインの興行に対しては出資を渋る。

 そこで大斗が潤滑油としてあてがわれるわけだ。

 華は無いが実力派で、社会常識をわきまえている。ファン数も急増はしないが、右上がりを保っている。なにより大斗は気質が穏やかだ。

 二人を組ませておけば、良いところ取りが出来るという事務所の算段なのだ。


(つまり、――)


 大斗は苦々しく思う。


(僕は役者としては三流で、遠藤の尻拭いが本業ってわけだ)


 屈辱であった。

 悔しいことに、マネージャーもこれを否定してくれなかった。


「たしかに、うちの中では道也くんの方が重宝されているよ。だって彼の方が稼いでいるから。でも、社交性だって役者の重要な素質だ。プロデューサーも演出家も、皆がきみを舞台の一員に選んでいるんだから、けっして恥じなくていい」


 モデルと兼業している道也と違い、大斗は高校演劇の大会中にスカウトを受け、以降、舞台ひとすじでやってきた役者だ。

 社交性で仕事を得られても、なにも嬉しくない。

 いい加減、自分の実力を認められたかった。


(今回がチャンスだ)


 と思っている。

 演目の展開上、道也と男として並び立たずに済むからだ。

 あらすじはこうである。

 貴族の息子マシューと伯爵令嬢イザベラは密かな恋仲にあった。結婚を誓い合う二人だが、遊び人と悪名を馳せる男爵がイザベラに横恋慕した。マシューは男爵を追い払うため、イザベラに扮装してわがまま娘を演じるのだが、伯爵家と血縁を結びたい男爵はなかなか諦めない。――二人の男の偽恋の駆け引きを楽しむ喜劇、である。

 このマシューを大斗が演じ、男爵を道也が演じる。

 単純にイザベラをめぐる男二人として舞台に並んだならば、華の無い大斗は引き立て役にしかなり得なかった。

 が、今回は道也が女装の大斗に求愛し、大斗がけんもほろろにあしらう。


(僕の方が優位だ。僕が完璧な令嬢を演じてなびかなければ、あいつの大根ぶりがあらわになる。僕と遠藤の評価を逆転させるチャンスだ)


 休憩が終わった。

 大斗は台本を机に置いて、稽古場の中央に立った。ドレスを模したスカートをはいている。しかし上はやたらと胴が長いダックスフンドが描かれた私服のティーシャツだから、しまりがない。

 道也が片眉を吊り上げた。この男、ハリウッド俳優のような表情をする。


「台本、いらないんですか」

「そりゃあね」


 憎まれ口を叩かれないように、道也との掛け合いを真っ先に暗記する癖がついている。


「ふうん」


 道也がにんまりと笑った。


「俺もしっかり読みこんできました。簡単に惚れないでくださいよ」

「誰が――」


 演出家が手を叩いた。


「さあ、次の場面をやるぞ。スタート」


 大斗は女の顔になった。

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