027
「じゃあ『物質移転装置』の説明をするね」
久美は残っていた《昼定》を五分ほどで全て平らげ、先程の話の続きを始めた。
「『物質移転装置』の仕組みは簡単。双子電子をばらまくだけ!」
久美が『分かった?』みたいに首を傾げてこちらを見てくる。
なるほど。全く分からん。
久美は難しい話を何でもかんでもキャッチコピーのように言葉を究極的にスリムにする話し方をするから、吉良博士以上に科学的な話の媒介者としては向いてないぞ。
なんだかなあ。ウィズさん、人を選ぼうよ。吉良博士といい久美といい人材採用が全く適当ではないような気がする。
まあ、それは置いといて。
「ちゃんと聞くから。ちゃんと椿の話を全部聞くから、全てありとあらゆることを話してくれ」
「長くなるよ。ウィズさんの予想では二千文字くらいになっちゃうよ」
「いいよ。ちゃんと適当なところで相槌を打っていくから」
「わかった。じゃあ話を始めます」
そう言って久美は本格的な説明を始めた。
僕は相槌しかできないだろうな。飛ばせるなら飛ばしたい、難しい話になりそうだ。
「まず加速器で
「その双子電子ってのは何だ?」
「双子電子は同じ原子から取り出された、全く同じ性質を持つ電子のことです。電子は『スピン』、つまりは回転などの性質を持っているのですが、その二つの電子は回転の方向などが全く同じ電子なのです」
「二つで一つってやつか」
「かっこいいこと言いますね。まあ話が逸れそうなので戻しますが、その二つの電子はどんなに距離を取っても全く同じ動きをする。つまりは光速を超えちゃうわけです」
「光速では一年かかる距離でも、双子電子の情報が伝わる速度は一瞬ってことか」
「明確な具体例をありがとうございます。そして次の段階です。その双子電子の片方──これを仮にAとしましょう。双子電子をまずは人工的に加速器で大量に創り上げた後、その片方の双子電子Aを一か所の巨大メモリーに保存するのです。そのメモリーはプログラムにもなるのです。二進法のそれは単純なプログラム──存在すれば一、不在であれば零の単純な情報で表されたプログラム。そして、そのプログラムで造られたコンピュータがウィズです。……ウィズさんなのです」
「なるほど。でもそれだけじゃあただのプログラムだろ? 現実には何の影響ももたらさないないはずだ」
「そうなんです。それに人間が加速器で造ることのできる双子電子の数なんてたがが知れてますからね。だから人間は
昼過ぎ食堂の小さな窓を久美は指差した。
「なるほど。太陽か」
「そうです。我々が手にする最も膨大なエネルギー、太陽を使ったのです。双子電子のもう片方の電子をBとしましょうか。ここでのBは集団です。その原子の中にある全ての電子は全てBの性質を持っています。そのBを含めた原子を太陽に向けて発射。太陽に到着したその電子Bを所有する原子は、太陽の熱で自然と核分裂を起こし、次々とほかのプラズマ状態の原子核と結びついていきます。これで次々と新たな原子をウィズさんの中のデータと結び付けていった」
「とっても難しいな」
「はい。ですがこれだけではまだまだ足りない」
「だよな。それだけだと何となく効率悪そう」
「そこで、これは本当に時代の皮肉としか言いようがないのですが、人類は偶然にも発見してしまったものがあった──暗黒物質です。いや、正確に言えば暗黒物質の正体です」
「暗黒物質はあれだな、よく分かっていないと言われている宇宙の物質のことだな」
「今の時代でもそうなっているのですけどね。まあ、その話は置いといて。その暗黒物質の正体が──不安定なただの電子の雲だった」
「つまりは?」
「そう、そこにあったのはいわゆる、双子電子Aの集合だったわけです。宇宙全体のバリオン、つまりは観測可能な物質はわずか四パーセント、暗黒物質の割合は二三パーセント。実に人類が双子電子の応用と暗黒物質の正体を突き止めたことはまさに世界を手に入れたのと同じことだったのです」
「それで、具体的には?」
「双子電子の入った原子は太陽から次々と発射されています。つまりは光速で宇宙空間を飛び回っている。まずは人間は光速で宇宙全体まで行くことができるようになった。そして暗黒物質を手に入れ太陽と同じような恒星に暗黒物質を次々に入れ込んだ。一度ウィズに原子を登録すれば後は物質の座標も存在の有無も、全てが操作可能になる」
「それでもまだ全宇宙は支配できないだろう? 人間にとっては爆発的かもしれないけれど宇宙にとってはまだまだちっぽけな気がするんだけど」
「そうです。今までの説明では所詮光速までしか手に入れていない。しかし、人類は極めつけの地点にまで到達した」
「それは?」
「暗黒エネルギーの正体です」
「暗黒物質と暗黒エネルギーはどう違うの?」
「暗黒物質はその名の通り物質です。暗黒エネルギーは簡単に言えばよくわからないもの。
先程言ったように、全宇宙の四パーセントはバリオン、二三パーセントは暗黒物質、そして残りの七三パーセントが暗黒エネルギー。その七三パーセントの暗黒エネルギーの正体が不定形だった。これはもちろんウィズのプログラムに則っての言い方ですが、そこにあると命ずればそこにあるし、そこにないと命ずればそこにない、不定形だったのです。暗黒エネルギーを発見し観測し到達した人類は、まさしく全宇宙の存在の理を手に入れたのです」
そこで久美はちょっと間を置いて続けた。
「まあ、でも、二〇八〇年段階でもまだ全宇宙を手に入れる作業の途中なんだけどね。それでも、ウィズさんが操作可能な物質は私たちにとっては世界の全てって言っても何の差し支えないよね」
僕は何も相槌を入れない。久美の口調が変わったということはもうすぐ説明のフィナーレだろう。
「そして、ウィズさんが人間にとっての全てを手に入れたと人間が判断した時に『物質移転装置』は実用化されたのです」
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