野心家施設長 ひかり

 を作っている会議テーブルに、複数人の老人が座っている。テーブルの上には押し花のキットが置かれていた。老人たちに囲まれた中で、明らかに若々しい女性がホワイトボードの横に立ち、これから行うアクティビティの説明を始めようとしていた。


「みなさーん、今日は押し花をやってみましょう! ちょうどスミレのお花が綺麗な季節です。ここの中庭でも、何種類かのスミレが咲くんですよ。そうそう、セキさんはお庭でお花を育てるのが好きでしたね。お庭でもスミレは咲いてますか?」

「…………」


 名指しされたセキさん(96歳・女性)は耳が遠いのか、それともアクティビティに関心を寄せてないのか、無言でニコニコとした笑顔を女性に向けている。隣にいるヘイクロウさん(78歳・男性)は「うほほっ、ええのう。ぴっちぴちのシャツなんぞ着とるから、おっぱいが丸見えじゃっ」とよだれを垂らしながら犬のようにハァハァしていた。丸見え? んなわけないと思うが……あぁ、から丸見えってことか? まぁ、何でもいいや。

 僕と同じ平九郎(平ちゃんの本名)の名を持つ爺さんなので憎めないが、僕も歳を取ったらのかいささか不安にもなってくる。少し後ろで眺めていた満子も「エロジジイ」と呟いていた。僕が謝ってもしょうがないんだけど……なんかゴメンな、満子。


 僕たちは今、介護付き有料老人ホーム『燦々さんさん』に来ていた。何でも屋としての依頼を受けるか否か、まずは下見という形で依頼者の施設長のところへ会いに来たところだ。そして、目の前でスミレの押し花をレクチャーしているその人が、今回の依頼者だった。

 事前の調べによると、彼女の名は星野ひかりさん(29歳)。高級ホテル並みのホスピタリティで介護付き有料老人ホームを展開している『燦々さんさん』グループの孫娘だった。グループ内の数ある施設の中でも、フラッグシップとなっている一番大きなここを任され三年……女性目線から見た介護のアイデアを打ち出して改革に乗り出し、後継者としての道を着々と歩んでいるようだった。

 その手腕は独創的かつ堅実で、万全の医療体制で入所者の健康をサポートし、専門家を揃えて認知症ケアやリハビリなども手厚くバックアップしている。心を満たす居心地の良い空間を意識し、個々の健康状態と好みに合わせた食事の提供など、利用者家族が負担している高額な費用に見合ったサービスを心掛けているようだが……僕の見立てではどことなく違和感があった。具体的には説明できないんだけど、なんとなくね。


「平ちゃん、あの人……美人さんね」

「満子とは違ったイメージの美形だね。大手グループの孫娘なのに、のんびりとした雰囲気が見られないのが凄いな。全体的に隙の無いタイプだ」

「後継者争いで苦労でもしてるのかしら」

「そうかもしれないな。もっと笑うことを覚えないと、ここの入所者たちには好かれないと思う」

「美人さんでも浮かれないで冷静に分析する、平ちゃんのそういうところ好きよ」


 アクティビティの時間が終わり、老人たちもぞろぞろと解散しだし、星野さんだけが部屋に残って押し花の残骸を後片付けしていた。頃合いを見て、僕たちは彼女に近づき声をかけた。


「どうも、何でも屋の平ちゃんです。そして、こちらが……」

「アシスタントの満子です」

「あっ! すいません。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。ここの代表をやっている星野です。アクティビティをご覧になっていたのですか?」

「えぇ、どんな雰囲気の施設なのかなと、色々と見学してました。施設長自らがアクティビティの講師まで務めているとは驚きでしたよ」

「やだぁ、恥ずかしいじゃないですか。どうせなら、一緒に押し花をやってもらいたかったくらいです」

「星野さん。こちらの施設、とても綺麗ですね。私と平ちゃんがってなったら『燦々さんさん』にお願いしようかしら。ねぇ、平ちゃん?」

「まぁ、それは構わないけど……それって何年後の話だよ?」

「ふふふ、お二人とも面白いですね。そういう会話も、入所者さんたちの前で語って欲しいものですわ。きっと笑ってくれることでしょう。私の話し方じゃ、なかなか振り向いてくれなくて……」


 ゴミとして千切れた花びらをビニール袋に突っ込みながら、自分の不甲斐なさを吐露して自嘲する星野さん。この人のに僕は違和感を抱いていたのかもしれない。グループを束ねる会長の孫娘であり、旗艦店とも言える大型施設の代表でもありながら、この自虐な態度と変化の乏しい表情は後々致命的なデメリットとなるだろう。


 テーブルの上が一通り片付いたところで、僕たちは星野さんの招きに応じ併設されているカフェエリアへと移動した。途中、何人かの入所者とすれ違ったけど、その表情はどことなくくうを見ているような人が多かった。老人だからボケている、だからそんなもんだろうという帰結で良いのだろうか……なーんか覇気が無いんだよなぁ。

 カフェにも複数人の老人たちが寛いでいた。窓の景色を眺めながら麦茶をすするお婆さん、机上に将棋セットを置いて対局に興じる爺さんたち、紅茶をポットからカップへ注ごうとしている白髪オールバックのお爺さん。あぁ……ポットの位置が高すぎるって! テレビでやってたのを真似してるんだろうけど、よう見真似みまねでできる技術じゃないんだから! 全部カップから外れてるじゃん!

 皆が皆、ボケている様子でもないけれど、見渡すと手を差し伸べたくなるご老人方が非常に多い。満子も「あぁ、そうじゃないって。そこは桂馬を上げなきゃ」と対局中の爺さんたちに絡んでいる。まぁ、満子の場合は手を差し伸べるというより余計なお節介と言うべきだろうか。


「どうぞ、北海道から取り寄せているラベンダーのハーブティーです。紅茶はお好きですか?」

「ありがとうございます。紅茶もコーヒーも好きですよ。良い香りですね、さすがは北海道のラベンダーだ」

「平ちゃん、違いのわかる男なのね。カッコいい!」


 正直に言うと、紅茶の香りや渋みの良さなどわからない。ただ、主導権を取られない程度に相手のペースや好みと合わせて会話するのが、円滑な依頼契約を請け負うためのコツだ。こういうところは、アシスタントとして満子にも学んでもらいたいと思っている。ここで直に説明することはできないので、後でピロートーク中にでも教えてあげよう。


「ネットでの問い合わせでは、施設の運営に関わる相談だと伺ってましたが、具体的にはどういった依頼ですか?」

「はい、実は入所して下さっている皆さまに共通の課題と言いましょうか……ボケをですね、なんとか改善できないものかと悩んでおりまして」

「こういっちゃ失礼かもしれませんが、老人たちはボケて当たり前なところもありませんかね? 医学的だか脳科学的だかの説明はできませんけど、昔から老人はボケるというのがお決まりな気もするのですが」

「そう……ですよね。その通りなのですが、あなたなら何かヒントとなるようなこととかご存じかなと思いまして」


 言いながら、上目遣いで僕を見つめてくる星野さん。その仕草は「何でも屋なんだから、それくらいできるだろ?」という挑発的な目をしていた。いい度胸してるじゃないか……どことなく頼りなさそうな雰囲気の人に見えたけど、実のところは相当の屋だ。女の武器を上手いこと使って相手をたらし込む。天性のものなのか、グループの後継者として後から会得したものなのかはわからないけど、ここは用心して向き合った方が良さそうだ。


「ヒント……そうですねぇ。絶大な効果を望むのでしたら薬物療法が手っ取り早いのではないでしょうか」

「でも、それはまだ研究が始まったばかりの分野では?」

「そうですね。研究が始まったばかりと言えるでしょう」

「それって……どういう?」

「僕が請け負ってきた依頼人の中には、地球の外で住まう者たちもいましてね。彼らに聞けば、何かしらの特効薬なんかも既に開発されているかもしれません。なんたって宇宙は広いですからねぇ」

「そ、そんなコネクションがあるのですか! ぜひ紹介していただきたいです! お金なら用意します! あ、でもあまりに法外な金額ですと……」

「それには及びませんよ。金に目が眩んでいるのは地球人だけですから。相手によっては、雑談程度で話がまとまることもあります」

「……そう、ですか?」


 今までは、金に糸目をつけない交渉ばかりしてきたのだろう。もしくは、女の武器を使って相手をたらし込んできたか……いずれにせよ、僕に言わせれば効率の悪い交渉術だ。今の話で、星野さんは確実に戸惑っている。雑談程度で大きな話がまとまるなんて信じられないという顔が、ありありと見て取れた。


「僕の方から交渉しても構いませんが、なんせ相手は地球外知的生命体……いわゆる宇宙人ですからねぇ。最終的な決定へ持ち込むには、星野さんが出てこないとこじれることになるかと思います。相手が異形の者でも、面と向かって交渉ができますか?」

「そ、それは……そこまで面倒見てくれるのが、何でも屋の仕事ではないの?」

「そこまで僕たちに任せるとなると、依頼料も跳ね上がりますよ」

「いいわ! いくら出せばいいのか教えてちょうだい!」


 僕は満子の方を向いて「いくら欲しい?」と小声で言った。パートナーシップを築き始めて数ヵ月の間柄だけど、僕の癖をすっかり知り尽くしている彼女は「そうですねぇ……でも、その前に言っておかなければならないことがありますよ」と機転を利かせて応えた。さすが満子だ、どんなに法外な金を積まれても「どうせ、返事はNOなんでしょ」と言いたそうにしていた。


「そうだったね。星野さん、実は心当たりのある薬ですが、ちょっと人類には受け入れ難い成分が入っているんですよ。副作用がどうこうという身体的に影響を及ぼす成分ではないんですがね。心理的にちょっと……どうかなっていう」

「まぁ! それは何ですか? 」

「ゴキブリです」

「…………!」


 僕は前に遭遇した地球外知的生命体「G」の存在を語り、彼らの体内にある体液からるいを見ない老化抑制効果と高い免疫性を備えた成分を発見したと法螺を吹いた。とはいえ、半分は本当のことと言っておこう。実は、その成分から生成された薬物を報酬のとして「G」から貰っていた。使ったことが無いので効果の真意は不明だが、彼ら曰く「我々の体液は、銀河マーケットでも流通している」らしい。その効果は宇宙人次第で変化するそうで、地球人には脳を活性化する働きが多くみられたと言っていた。秘密事項だけど、彼らは既に地球人を使って実験を済ませている。


 人類にとって、ゴキブリは忌み嫌う存在だ。これを克服しない限りは、どんなに効果があると言われても体内に成分を注入したいと希望する人はいないだろう。


「そ、それを入所者の人たちには内緒で接種させるというのは……」

「それはダメですね。僕が許しません。何よりも、真っ先に施設長である星野さんが第一号として体内に入れていただきたい」

「い、いやっ! それはぁ……ちょっと……あぁ、ごめんなさい。なんだか気持ち悪くなって……ちょっと失礼します!」


 僕と満子を残して、部屋から駆け出してしまった星野さん。戻ってきたら、おそらく依頼は無かったこととなるだろう。


「美人さんだから、安請け合いするかと思ったわよ」

「おいおい、僕が美人に弱いみたいじゃないか。金や女の魅力で安請け合いするようだったら、とっくに廃業に追い込まれてるって」

「でも、ホッとしたわ。平ちゃんが、あんな女にまで手を出すようだったら、私も本気で施設ごと吹っ飛ばさなきゃいけなかったし」

「ずいぶんと物騒だなぁ。安心してくれ、今の僕は満子以外の女に興味が無いよ」


 僕は彼女の髪を優しく撫でながら、顔を近づけていった。一途な発言に気を良くしてトロけた表情に変貌した彼女の唇を静かに塞ぐ……部屋の片隅から「えぇのぅ、えぇのぅ!」と聞き覚えのある声がした。僕と同じ名前のヘイクロウさん(78歳・男性)だった。


 いつか満子と……「G」から貰った薬物を分かち合えればいいなと思う――。

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