恋も、仕事も ②
そして……、実はわたしの本心は別のところにあったりなんかしたりして。
「誕生日のお祝いは、個人的にやってもらえればわたしはそれで十分だから」
「……あの、会長。それは……僕に対するプレゼントの催促と解釈してよろしいでしょうか?」
「…………」
彼にツッコまれ、わたしはドキッとした。この発言はヤブヘビだったかもしれない。
でも、わたしはそれをお首にも出さず、思いっきりしらばっくれて見せた。
「さ……さぁ? 何のことかなぁ? ……まあ、くれるものなら嬉しいけど」
決して催促ではなく、あくまでもプレゼントをもらえるものなら遠慮しないで受け取ります、という
「……分かりました。善処します。ですが会長、その前に、もうすぐバレンタインデーというイベントが控えておりますが」
「うん……、そうね」
彼はニコッと笑って頷いた後、わたしへの逆襲とばかりに水を向けてきた。
このニッコリはもしや、彼からのチョコの催促!? ――まさかそうくるとは予想していなかったわたしはたじろいだ。
でも、わたしだってもちろん、彼にはバレンタインチョコをあげるつもりでいた。友チョコではない、正真正銘、生まれて初めての本命チョコだ。
だって、彼がスイーツ男子だということも、クリスマスにわたしの手作りケーキを喜んで食べてくれたことも、わたしはちゃんと憶えていたから。
「分かった。わたしも頑張って手作りしてみるから、美味しいチョコ、期待しててね」
「手作りですか……。はい、ありがとうございます! 感激です!」
「今からそんなに喜ばなくても……。まだ準備も何もしてないよ?」
顔を紅潮させて喜びを爆発させていた彼を、わたしは「可愛いなぁ」と思ってしまった。
彼のこういうところに、わたしを始め女性は母性本能をくすぐられているのかもしれない。
――それはともかく。何だか話題が思いっきり脱線してしまっていたので、わたしは大きく一つ咳払いをして、仕事の話に戻った。
「――えーっと、他の改革案についてなんだけど。桐島さん、貴方はどう思う?」
父が作成した改革案は他にもたくさんあって、ビル全館が禁煙になったことで持て余していた、一階の元喫煙ブースを利用して簡易カフェスタンドを設けることや、サービス残業を全面的に禁止すること、さらなる福利厚生を充実させることなどが挙げられていた。
「そうですね……。どれもそれなりに費用はかかりそうですが、実現すれば社員みんなが喜んでくれそうですよね。経理部の
「そうね。費用についても話し合うなら、彼女がいてくれる方がいいよね。わたしたちだけじゃ、どれくらいかかるかよく分からないもん」
経理部長の加藤
彼女は役員ではないけれど、お金の使い道について話し合うなら必要不可欠な人だ。
「じゃあ、加藤さんにはわたしからお願いしておくね。――ミーティングは来週の月曜日くらいでいいかな?」
社長の村上さんに小川さんが付いていることは言わずもがなだけれど、山崎さんにも
「はい、大丈夫です。社長と専務・常務とは、秘書を通して日程の調整をしておきましょう。それは僕にお任せください」
「ありがとう、助かるわ。じゃあこのファイル、貴方のパソコンにも共有しておくから、メールに添付してお
「かしこまりました」
「まだ三日あるから、急がなくても大丈夫よ。――さて、ちょっと休もうかな。桐島さん、コーヒーお願い。いつものね」
時刻は夕方五時前。他の社員たちはぼちぼち終業時刻という時間だった。
「はい、かしこまりました。――あ、そうだ。今日の午後イチ、取引先の社長さんが
「わぁ、ガトーショコラ? 嬉しい! ありがとう!」
彼と同様、甘いものには目がないわたしは思わず大はしゃぎした。
「いえいえ。では、十分少々お時間を頂きますね」
「うん!」
そんなわたしに目を細めながら、彼は給湯室へ向かった。
――彼は見た目草食系だし、恋愛に関して不器用そうだけれど、いつもこうしてちゃんと女の子が喜びそうなツボは押さえてくれている。きっとわたしより八年長かったそれまでの人生で、不器用なりにもいくつか恋愛を経験してきていたからだろう。
それなのに、会長室でも送迎の車の中でも、わたしに対して何のアクションも起こさないとはどういうことだろう?
「――よくよく考えたら、密室に男女二人っきりってすごいシチュエーションなんだよね……」
里歩が聞いたら、「何それ!? 超もったいなくない?」とでも言いそうな状況なのに、わたしと彼との間には何のハプニングも起こらなかった。
彼が一歩引いているからなのか、わたしからアクションを起こした方がよかったのか……。でも、恋をしたのが初めてだったわたしにそんな大胆な行動が起こせるはずもなくて。
「…………考えるの、やめよう」
とりあえず手持ち無沙汰になっていたわたしは、本棚から経営学の本を一冊引っぱり出して、デスクでページをめくり始めた。
それでも、考えてしまうのはやっぱり彼のこと。そのせいで内容が頭に入らなかった。
母と里歩は知っていたけれど(そして二人とも、かなり協力的だったけど)、オフィス内ではわたしが彼――貢に恋をしていることは秘密にしていた。それこそ、ちょっとオーバーかもしれないけれど〝
いくらわたしが思春期の女の子だったとしても、大財閥のトップが自分の秘書に恋をしているなんて公私混同もいいところ。万が一彼との関係がこじれて、そのせいで経営の面にまで支障が出てしまったら、わたしはトップレディの名折れどころか経営者として失格と言わざるを得ない。
「世間では、経営者と秘書との不倫がバレて会社が社会的信用を失うっていうケースもけっこうあるしね……。まあ、わたしの場合はちょっと違うけど」
わたしは昔から、自ら望んで両親に〝帝王学〟ならぬ〝女帝学〟を身につけさせてもらっていた。おかげで高校生になる頃には英会話もこなせるようになっていたし、他にも中国語・韓国語・フランス語・スペイン語・イタリア語の五ヶ国語が
でも、そうしていても身につかなかったのが経営学だった。
経営だけは、実際に自分が携わってみないと分からないことだらけだった。経営する会社やグループの規模によっても何が重要かは違ってくるし、働いている人たちの個性だって現場にいなければ分からない。現場の人たちが何を求め、何を働き甲斐としているのかを見極めるには、自分も同じ現場にいる必要があった。
だからわたしはそうして会長の職務をこなしつつ、その合間を縫って独学で経営についての勉強もしていたのだった。
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