第116話 大衆の為のシナリオ

「西村さん。最初のシーンはもう少し緊迫感が欲しいから、声を大きく」

「わかりました、鏑木先輩。このあとのシーンは……」


 合同の演目練習が始まった。早速最初の王国でのシーンを演技しながら、鏑木さんから適宜アドバイスが飛んでくる。


「ちょっとー。主役は主役らしく堂々としてなさーい」

「わかってまーす」

「南さんはもう少し動きを大きく」

「了解です鏑木先輩!」

「じゃあ今のシーン、もう一回やるよー」


 最初ということもあって、役者各々台本を持って演技に励んでいる。

 茅蓮寺祭が舞台デビューとなる一年生も多くいるようで、先輩方から指導してもらいながら練習に取り組んでいる。


「こういう感じで。どわぁー! って感じ!」

「役を下ろすと言うのであれば、このヒナギク様が指南してやろうではないか」


 何故か月見里さんと干場さんまで監督側にたっているのは、気にしないことにしようか。なんだかんだ一年の演劇部員はそのアドバイスに熱心に耳を傾けているようだし。



 向こうの方では、男子生徒同士で何やら照明がどうこうという話をしている。この色の方がいいとか、もう少し光を弱めた方がいいんじゃないかとか。

 そこ近くには、どのような衣装を用意するのかを相談している槻さんと葉月、それから演劇部の女子生徒の姿も見える。今は役名の書かれた小さめのホワイトボードを首に下げて練習しているが、本番ではその役に合った衣装を着て演技するんだよな。



 かく言う俺はと言うと、さっき打ち合わせをしていたテーブルに居座ったまま、鏑木さんから渡された台本をじっくりと読み直していた。仮案止まりとはいえ、この演目の原作者としてしっかりと確認したかったのだ。 

 俺が仮案を持ってきた時から、追加されてこともあれば大きく変わったこともある。

 キャストは当初、皇子と農村の少女をの二人だけであった。そこにエキストラとなる兵士や村人の他、皇子の兄弟や家臣、農村の村長や少女の家族といった役も追加されている。

 ストーリーの流れについても、ちぐはぐだったものがひとつの線となって繋がっている。


「てかあんたら……なんでここにいるんだ」


 どういうわけだか莉亜と蕾もここにいる。あんたらは別の仕事頼まれてたんじゃなかったのか?


「戸水先輩と打ち合わせの予定だったんだけど、んか向こうの部長さんと話し込んじゃったせいで私ら介入出来なくなったのよ」

「だから、逃げてきた……」

「いや逃げてきたら駄目だろ……」


 莉亜と蕾は戸水さんと一緒に、今後の演目の細かい内容についての相談をするはずなんだが……聞けば高畑さんと意気投合しすぎて二人の出る幕がなくなってしまったとかどうとかで。


「桐谷さんは……向こうで道具制作、してるけど……。煌晴君、は?」

「俺は台本を読み直していたところだ。戸水さんに言われたことでもあるし、自分でも原作者としてしっかり読み込んでおきたくて」

「そっか」

「あんたのが採用されるってのは、私としては嬉しいような、ちょっと複雑なような」


 二人が俺の向かい側に座った。そのまま今回の演目の仮案についての話になった。


「やっぱりねぇ、私としては自分のがいちばん面白いんだって気持ちで漫画描いてんだから。今回はプロットだけとはいえその気持ちは変わんないわよ」

「確かに面白かった……けど」

「なんと言えばいいのか……」


 今回の演目の仮案のひとつとして莉亜が考案したのは、宇宙を舞台とした幾多の星々を冒険する少女の物語だ。


「ファンタジー色が強いから、あまり大衆には受けないと判断されたとか?」

「うぐぅ……確かにそうかもだけど……」

「でも私も、あなたのことは言えない……かな」


 蕾が考えたのは学園ものではあるのだが、時間移動やパラレルワールドといったSF要素が詰め込まれたものだ。


「そういうのはアニメや漫画ならともかく、演劇にするのは難しいんじゃないの? しかも長くて三十分なんだし」

「……詰め込みたいもの詰め込んでたら、時間のことまで頭になかった」

「わかるわかる。それでけっこう長ったらしくなっちゃうのよ」


「てか煌晴は、どっからこの案にまとまったのよ。これ出してくる昨日まで、やっべぇ全く思いつかねぇとか言ってなかったっけ」

「確かに、気になる……」


 二人して近い近い。ちょっと落ち着け。


「わかったからとりあえずおちつけお前ら」

「じゃあ教えなさいよ」

「話すから体勢を戻せって言ってるんだ」


 二人が椅子に座り直したところで、あの演目を閃いた経緯についてを話した。

 まず今回の演目は校内の生徒や教職員だけでなく、校外からも多くの人が来るとのこと。それも考えて見る人を選ぶようなファンタジー要素は真っ先に取り除いた。

 あとはどういう舞台にしようかと考えながらネットやらで色々と調べていた時に出てきたのが、身分の垣根を超えた恋愛というものだった。


 それをテーマにしてストーリーを考えていきまとまったのが、王国の皇子と農村の娘との恋愛という、今回の案というわけだ。


「見る側の人のことを考える辺りが、煌晴らしいわね。私らもの描きって、自分の欲に忠実に、描きたいものをとにかく描くって気持ちの方が強く出ちゃうから。あんたもそうでしょう?」

「その気持ちは、わかる」

「そういう意味じゃ、今回は視野の広い考えできたあんたの勝ちってわけよ」

「いや採用されたのは俺のだけどさ、何も勝負はしてないだろ」


 勝った方が……とかそういうの、微塵も話した覚えはありませんけども。


「あんたのそういうとこがねぇ……」

「どうかしたのか?」

「……なんでもない。それよかその台本見せなさいよ。物描きの先輩として色々御教授してやろうじゃないの」

「いや頼んでないんだが――、「いいから」」


 莉亜の無理やりな押しに、俺は素直に受け止めるしか無かった。

 莉亜が俺の右隣まで来て、置いといたボールペンを掴む。そのタイミングで、左側には蕾がいることに気がついた。


「どうした蕾? お前まで」

「私も手伝う。米林さんだけに任せたくはない」

「ほぉー。わたしが信頼できんと言うか?」

「そうじゃない。私も……煌晴君の役に立ちたい、から」

「こういうのは何人も関わってると邪魔なだけなのよ。あんたはあっちいってな」

「私も、手伝う……」


 あのーすいません。俺を挟んで目をバチバチさせるのやめてくれません。ものっすごい居心地悪いです。

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