第112話 副部長と書いて苦労人と読む
「ちょいちょいちょーい。大桑君はうちの大事で貴重な人材なんだから、渡すわけないでしょー」
「何よーそんなこと言わずにさー。だったら数日間だけでいいからさー」
「ダメなものはダメなのよ!」
なんか俺の一存を巡って何やら言い争いが始まってしまっただけど。
「はいはいやめてくれますか部長。大桑さんだって困ってるじゃないですか。本人にその意思がないのだから、大人しく身を引くものだと思いますが」
「でもでもぉ……」
「可愛子ぶってもダメです。なんだったら私がお灸を据えて差し上げましょうか?」
「あ……それは勘弁してつかあさい」
右手をコキコキ鳴らしながら向こうの部長さんのことを睨んでいる鏑木さん。肩書き上の立場はあっちが上でも、実力行使となれば話は別なようで。
これを見てると、一体どうして鏑木さんは演劇部に入ったんだろうかと不思議でならん。前にも同じようなこと考えたが。
「お誘いはありがたくも思いますが、こちらのこともあるので……。とにかく話を戻しませんか?」
「そうね。部長がご迷惑おかけしてすみません」
スカウトの件についてはお流れということにしまして。話を元に戻そうか。気を抜こうもんなら話が進まないかもしれない。
「いくつかの案を見させていただいて、私と部長はこちらの題材が気に入りました。他の部員にもこの資料を見ていただいて、納得が得られました」
「ありがとうございます。お気に召していただけて何よりです」
「今回はまだ決定する予定ではなかったのですが、そちらがよろしければ是非ともこの案を採用させて頂きたいのですが……」
「そう言って貰えて光栄です、是非とも、よろしくお願いします」
何やかんやとあったけど、俺が考えてきた案が採用となった。自分のが選ばれたというのは気恥しさもあるが、それ以上に嬉しさもあった。この前徹夜して考えたのは、無駄ではなかった。
「それじゃあ決定ね。そちらの都合がよろしければ、この後時間の許す限り、このストーリーについてを語らおうじゃないの。考案者もいることなんだし」
「部長。今日はあくまで演劇の題目を決めるだけであって、そこまでは……」
「もう待てないのよ! この文字と略図だけで作られた未完成のストーリを、一日でも一分でも一秒でも早く! 私は形にしたいのよ!」
「気持ちはわかりますけど、向こうの事情も考えてくれと言ってるんです」
元々はこちらで考えた仮案を持ち込み、演劇部との検討の後、数日後に正式な決定を下す予定だったのだ。しかし順調すぎて早く決まったもんで、計画は前倒しとなった。
そのためこちらの用意は十分ではない。考えて来た演目についても、まだざっくりとしたものだから、台本にするにはまだまだ情報量が必要になってくる。それに本件について、ここにはいない他の漫研部員にも伝える必要があるのだ。
なのですぐにも話し合いを始める。という訳にもいかない。
「すみません。今回は仮案のみの持ち込みとの事だったので、じっくりまったり話をできる程のものは持ち合わせていないのですが……」
「いいのよいいのよ! それを今から話し合うんだから!」
「いや、まぁ……。ですが……」
部室には莉亜達がいるし、文芸部の方には槻さんと干場さんが行っている。勝手に話し込み決めて待たせる訳にもいかないのだ。
「あぁー、じゃあちょっと待っててー」
「戸水さん?」
スマホを取り出すと、ポチポチっと操作し始めた。
「もしもーし莉亜ちゃーん。私だよー、うんうん。えー詐欺じゃないよーそういうのじゃないよー。そっちはどんな感じー?」
何するのかと思えば、部室にいる莉亜に電話を掛け始めた。
「あぁそう、順調? なら良かったや。それでなんだけど、ちょっとこっちの方で茅蓮寺祭についてを話し込むことになってね? うん……うん。そうそうてなことでね」
あのすいません。もうこっちで会議延長しようって流れになってません? もうそうしようって決定事項になってません?
「うんうん。そういうことで。詩織によろしくねー、じゃねー」
莉亜との通話を終了すると、ふぅっと一息はいてから、まだ目を輝かせている向こうの部長さんに向かって進言した。
「さぁおまたせ! それじゃあ始めましょうか!」
「よし来ました戸水さん! それじゃあ始めましょうかぁー!」
「「……」」
勝手に進行していくあたり、もう俺と鏑木さんはついていけない。
「なんか、戸水さんがすいません……」
「いえいえ。謝るのはこちらの方で……」
俺は槻さんや鏑木さんのような副部長という立場ではないが、今ばかりは部長の勢いに引きずられる役を買わされてしまった。こうなっては止めようがない。
「大変ですね、そちらも」
「なんか……すいません。以前も苦労されてかと思います……」
「槻さんも大変ですね。私と似たようなものを感じまして」
「似たもの?」
「知っているかと思いますが、私は演劇とは無縁の日々を以前は送っていたもので。槻さんも元々は漫画とはあまり縁のない生活を送っていたと聞きます」
「まぁ……そうですね」
「どういう訳か今の部長に気に入られてか引き込まれてって感じで今の部活に入りまして」
ちなみに空手部がなかったのでどの部活に入ろうかと悩んでいたところに声をかけられたんだとか。最初は自分には向いてないと断ったものの、何度も来るものなのでそれに折れて演劇部に入ったそう。
役者ではなく裏方の大道具係として活躍し、今は副部長兼現場監督を務めているんだそうで。
「似たものを感じまして。いい意味でも悪い意味でも。副部長って大変です」
「ホントすいませんうちの部長が」
「何してるのー水楓ー。早く話し合い始めようよー」
「さぁ大桑君! あなたの胸に潜むアイデアをガンガン出しちゃってちょうだいよ!」
槻さんも鏑木さんも。この自由奔放な部長に振り回される日々を送っている。それをどう受け止めているのかは、それぞれ変わってくるのだろうか。
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