第72話 心が軽くなった……?
その翌日のこと。
「りあ姉りあ姉。お兄ちゃん、昨日からなんかおかしい気がする」
「煌晴、また葉月ちゃんに隠し事?」
「またってなんだ。それに誰しもかれしも、隠し事のひとつや二つくらい持ってるもんだろ」
葉月、随分と鋭いな今日は。別に隠すことのもんでもないし、俺とみやぎ……蕾との過去の繋がりについて。誤解を解くって意味でもいずれは話さなきゃならないことだし。
みや……蕾と二人で話していた後、俺は驚きと恥ずかしさで落ち着かなくなるってことは無かった。
むしろ逆だった。入学当初からのモヤモヤが晴れたからか、安堵していたのだ。一時の気恥ずかしさよりも、長いことあった
いずれは話さなきゃならん。でも今じゃない。それにもしかしたら別件の可能性だってあるわけだ。いきなり蕾に関する話題を持ち出さず、まずは向こうの話を聞いて様子を伺いたい。地雷踏みたくないもん。
「大体なんでおかしいって思うんだよ」
「昨日、いきなり葉月にプリンの差し入れくれたこと」
「それは……昨日、葉月には申し訳ないことしたと思ってるし」
「それだよぉ。わざわざこんなに可愛い葉月ちゃんのお誘い断って学校残ってるなんて、絶対なにか裏があるんでしょうよ」
「俺に自由という二文字はねぇのかよ!」
俺は仮釈放の身じゃねぇんだぞ。あんたらどんだけ厳重に俺の事監視すりゃ気が済むんだ。
「もしかして……葉月のこと嫌いになった?」
「そんな大袈裟な。そんなことはないから安心しろー葉月」
「だよねー、そうだよねー」
葉月の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。てか葉月の手のひら返しが早すぎる。
「葉月ちゃん騙されたらダメよ。こうやって葉月ちゃんのこと、煌晴は簡単に丸め込んで事実を隠蔽しようとしてんのよ」
「お前どんだけ俺の事信用してねぇんだよ。それに隠蔽せんなんほどの事じゃないっての」
「ほぉ。じゃーあ語ってもらおうじゃないの」
「へいへいわかったっての」
ともかくいずれは話さなきゃならん事だ。それについては蕾の方もちゃんと納得するはずだ。その辺はちゃんと、場を設けて話をしなきゃならんがな。
「その代わりにだ。俺一人の話じゃないから、今話してもちょいといざこざが起こる」
「そんで?」
「機会は設ける。そんときにちゃんと話す。それでいいか?」
「お兄ちゃんがそう言うならー」
葉月は秒で丸め込めた。だがしかし。
「逃げてないあんた?」
「頼むから信用してくれよ」
莉亜を納得させるのは楽じゃない。頑固がすぎるんだよ。
「適当に理由つけて逃げようとかしてないから。それなら話すとか言わねぇから」
「そういうのを常套句って言うのよねー」
「そんな過去ありましたっけ?」
そんなこんなで莉亜の了承が得られないまま、学校に到着した。
「「……あ」」
そしたらちょうど、反対側からやってきた蕾とばったり遭遇した。
「まさかこんなとこであんたに会うとはねぇー。今日は槍でも降るのかしらー」
「やめんか。たまたまだろうが」
「蕾ちゃんおはよぉー」
葉月とはもう仲良さげなのに、どうして未だに莉亜とは相容れぬところがあるのか。
「おはよう葉月さん、米林さん」
二人に挨拶すると、向こうから見て右端に立ってる俺の方を向いて。
「おはよう……煌晴、君」
「「……!!」」
まだまだ慣れない感じではあるが、昨日の約束通りに俺の事を名前で呼んでくれる。
「おう。おはよ」
「昨日は……ありがとう」
「こちらこそ」
その場でちょっと、蕾と立ち話。していたら。
「煌晴。どういうことかきちんと説明してもらおうかしら」
「葉月からも。何があったのかお兄ちゃんに聞きたいと思います」
「……わかったわかった。話すから。話すからとりあえず手ぇ離してくれ痛いから」
俺の両肩。二人の指がくい込んできてるんですけど。ブレザー越しにとはいえ痛いんですけど。
落ち着こう。心の準備がちゃんと出来てないけど、話すタイミングが早くなっただけの事だ。何も気に病むことは無い。
「蕾。話しても大丈夫か?」
「大丈夫。いずれは、話さないといけないこと、だから」
「どうも」
知り合いにといえど、目の前で勝手にべらべらと話すわけにも行かないので。蕾からの了承は得てからにする。
「コホン。実は……」
行き交う他の生徒の邪魔にならないように隅の方に寄ってから、莉亜と葉月に事情を説明した。
「「マジで?」」
「マジだ。話した通りだ」
「「うっそぉぉぉぉぉ?!」」
俺は二人に、蕾のことについてを話した。彼女が途中までとはいえ、俺ら三人の母校であった泉台小学校に通っていたこと。当時の姓が宮岸ではなく小室屋であったこと。
そりゃこんな反応するかぁ。これまでは高校から知り合った者として接していたんだし。
「マジだって。ちゃんとそんときの担任の名前まで覚えてたんだから」
「東原先生だっけ。あの私服が絶妙にダサかった先生」
「うわぁー懐かしー」
「二組は……坂野先生だった。体育会系の」
「熱血先生だったよねーりあ姉」
当時の四年二組の担任の名前も、ちゃんと覚えていました。
「でもなーんで今になって」
「そこは説明した通りだ。お互い名字が変わっていたから再会した当初はどっちとも、全くの別人だと思ってたんだよ」
「そうなんだ」
「つーかなーんで煌晴とだけはそんなに面識があったんだか。なんにしても同級生だったんでしょ?」
「四年の時は、莉亜と葉月はクラス別だったじゃんか。関わりが少なくなるのは必然だろうが」
そこはどうしようもないと思う。去年から仲良かったとかでもない限り、よそのクラスに行くこと無かったし。
「さてと宮岸さん。過去に煌晴とは色々あったみたいだけど、なんだ付き合いに関しては私や葉月ちゃんの方が遥かに長いんだからね」
「おい、変なマウント取ろうとするんじゃねぇ」
「何か特別なことがあったのかもしれないけれど、いい気にならないことねー」
お前は何がしたいんだ莉亜。別にあんたの方が偉いわけでもないだろ。
そしてさり気なーく俺の右腕に抱きついてくるんじゃない。
「ほれほれ。あんたにこれができるのか。出来なきゃ葉月ちゃんが反対側奪っちゃうわよ?」
「なんの度胸試ししてんだお前は。乗っからんくていい。蕾も葉月も乗っからなくていいから」
「……」
「蕾?」
変に触発されたのか蕾がムスッーっとした顔をして、空いている俺の左腕の方に歩いてくる。
「私……負けない、から」
でもって俺の左腕にぴとっとくっついてくる。
負けず嫌いなのかは知らんけど、乗っからなくていいから。てか俺がすごく恥ずかしいんだけど。ここ生徒玄関。他の生徒とか先生とか見てるから。
「おい。暑苦しいし動けんから、いい加減離れてくれ二人とも」
「先に離れたら負け……!」
「勝負じゃないよこれ?!」
話聞いてんのぉぉ?!
「お。朝からお熱いっすねー。つぼみんもりあちーも何してるすか、こうちんにくっついて」
「すんません助けてくれませんか月見里さん」
「男だったらこれくらいカッコよくあしらえてこそっすよー」
「そういうこっちゃなくてですねぇ!?」
どうやら、通りがかった先輩からの助け舟すら出してくれないらしい。
俺と蕾での間柄が大きく変わったことについて、しばらくは先輩たちにからかわれそうな気がする。でもこれくらいでへこたれていては、やっていけないんだろうなぁ。
それに、ようやくこうして本音で話せるようになったんだ。多少からかわれようが、それくらいは気にせずにやり過ごせるのかもしれない。
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