第66話 長い付き合いになると

「それで若菜。いいネタは思い浮かびそう?」

「色々面白い話が聞けたから。じっかりと練らせて貰おうかしら」

「楽しみにしてますね戸水先輩」

「また薫ちゃんにはお力添えしてもらおうかなー」


 また女装させるつもりなのかこの人は。でも薫の場合拒むことすらしないと思う。

 てか誰かこの状況を見てなんとも思わんのか。向こうからだと見づらくてわかりにくいとは思うんだが、未だに莉亜に後頭部鷲掴みにされたままなんですけど。頼むんで誰か不審感持ってくださいてか助けてください。


「というか大桑さん大丈夫? さっきからなんか辛そうな顔をしていますけども」

「あ。ちょいと色々ありまして……」


 俺の顔を見た槻さんが心配して声をかけてくれたんだが、すぐに莉亜がそれを遮ってしまった。


「あーいえいえなんでもないですからー。ちょっと疲れてるだけなんですよー」

「いやおま」

「煌晴が頑張りすぎてるのはいつものことですからー。だから私が何とかしないといけないんですよー」


 どの口がほざいてやがるんだ貴様は……。

 でも何も言わないでおく。無言だけどなんか言おうとしてるのだけはビリビリと伝わってくる。


 てめぇ余計なこと言いやがったらこのまま頭にヒビ入れんぞ。って言ってやがるよこいつ。


 てかなんで俺こんな仕打ちにあってんだよ。何も言ってないじゃん心の内でこっそりそう思ってただけじゃん。

 なんでわかんのこいつは何、お前の母さんエスパーだったっけ。マジシャンとかメンタリストじゃなくて、バイオリンが趣味の普通の専業主婦じゃなかったっけ?


「そういう事で、お気になさらずー」

「あらそうなの。無理は禁物だよ大桑さん」

「あ、はい……」


 言いくるめちゃったよ。数少ない良心である槻さんを完全に丸め込んじゃったよ。こうなったら葉月が完全に諦めちゃった以上もう味方がいねぇー。


「大変ね」


 莉亜がようやく力を抜いて、俺から離れていったところで横に座ってた宮岸からこう言われた。

 でもって俺は小声で慣れっこだと返した。いつものことですし。十五年も一緒にいるとね。



 おちおち話をしていたら六時前になっていた。時々闇の深そうな話もいくつか混じっていたが、戸水さんの新作の同人誌のネタとしては十分に集まったんだとかで。

 時間もあまりないので今日はこのまま解散。各々帰り支度を始めていく。


 部室の鍵の管理について、取りに行くのは部長である戸水さんの仕事だが、戸締りは当番制になっている。そんなもんで今日は俺の担当だ。

 窓を閉めて鍵を掛け、全員が出ていったのを確認してから部室のドアにも鍵をかける。職員室に鍵を戻しに行こうとした時だった。


「……大桑さん」


 宮岸がドアの近くに立っていて、俺に話しかけてきた。話しかけられるまでそこにいたことに気が付かなかったから、リアクション大袈裟にびっくりしてしまう。


「ま、まだ帰ってなかったのか。て、手伝ってもらうこともなかったんだか」

「そう、じゃなくて。聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「……米林さんについて」


 部室の中でゆっくり話そうかと提案したが、立ち話で構わないと言われたので、適当に近くの壁にもたれかかりながら話を聞くことに。


「一緒にいて嫌だって思うことはないの?」

「いきなりだなぁ」

「これまでのを見てると、苦労ばかりだと思って」

「んー。そうだなぁ」


 腕を組んで、少し考えてみる。小さい頃から世話のやける幼馴染だった。

 手伝いとかこつけては碌でもないことを頼まれたり。勉強を教えてやった事もたくさんあったり。


「正直にぶっちゃけちまうなら、うんざりしちまう時はある。何かと直ぐに俺を頼ろうとすることとか、やることなすことに遠慮がないこととか」

「そう、なんだ……でもずっと一緒にいるよね。小中学校はもとより高校も一緒」

「高校については莉亜が勝手についてきただけだ。葉月もだがな」


 莉亜がここに受かるように猛勉強したの。今となってはいい思い出にも思えるが、大変だったってのは変わらんしな。


「なんか……すごい」

「何が」

「忍耐強いと、思って。今日のを見ていても、嫌にならないのかな……って」

「なんて言うか、幼馴染だからか。付き合い長くなるとどうしても慣れってもんができちまうんだよな。悪くいうと、諦めってのかな」

「慣れ?」

「それが莉亜なんだなって。いいとこも悪いとこも全部ひっくるめてな。そういうのを否定する訳にも行かんしな」

「でも……」

「言いたいことは分かる。もうちょい大人しくあれば文句なんて言うことねぇよ。でも急に人が変わったみたいに性格とか振る舞い変わったら、それはそれで気持ちわりぃし、見る目が変わっちまう」


 もし翌日になって、莉亜が干場さんや月見里さんそっくりの振る舞いをしだしたら、気が狂ったのではないかと疑いたくなる。

 それは俺の知ってる米林莉亜ではないからだ。見た目は変わらなくても中身がまるで違う。その時点で別人だ。


「大事なのって自分らしく振る舞うことだと思うんだ。周りにどうこう言われたからとかどうとかで、変に着飾ろうとか違う自分を見せようとかして振る舞うよりは、あれぐらいがむしろちょうどいいんだよ」

「自分、らしく……」

「付き合い長いし、ちょっと振る舞いが変わりゃすぐわかる。話がだいぶそれちまったけど、莉亜に関してはほっとけねー奴だとは思ってる。好きか嫌いかに関しては……ってどした」


 気がつけばさっきから俺の事をじっと見ている。餌を求める猫みたいに。


「……なんでも、ない」

「そうか」

「時間取らせちゃって……ごめんなさい」

「いいってこれくらい。何十分も話してたわけじゃないし。でもあんまり長いと葉月にあれこれ言われそうだな」


 さしづめ十分くらいだろうが、あんまり待たせちゃうと葉月が機嫌損ねちまうだろうなぁ。


「それじゃあまた明日な」


 鍵を返しに職員室に向かおうとした。がしかし、宮岸にブレザーの袖を掴まれた。


「……今度はなんだ」

「……」


 何かを言いたそうにしているんだが、相当恥ずかしいのか言葉が出てこないで顔だけが赤くなっていく。

 そんな宮岸になんと声をかけてやったらいいのか分からない。


「……‼」


 それでも吹っ切れたのか意を決したのか。さらに俺の方に近づくと、背伸びして俺の耳元に顔を寄せ、耳元で一言。

 それから彼女は俺の呼び掛けに答えることなく走っていってしまった。


「……明日の、放課後?」

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