第62話 とにかく考えてはみる

 今日は思えばこれまでずっと。宮岸と少し会話をして、薫から彼女との関係性についてを聞かれてからというもの、そんなこと考えてばっかりだ。

 女子との思い出についてを思い出そうとすれば先に出てくるのは莉亜と葉月のことばかりだ。家でのこととか学校でのこと。

 全くなかった、という訳では無いんだ。他の印象が薄すぎるというか、莉亜と葉月といる時間の方が遥かに長かったせいなのか。どうしてもこっちの印象の方が強くなってしまう。



「まずは冒頭の記述からの設問について……」


 お昼休み後の、五限目の現代文の授業の最中。板書を取りながら先生の話を聞くついでで、頭の片隅の方で考え事の続きをしてはみる。


「でもって、この後の文章から読み取れることについてをまとめると……」


 しかしだ。現代文はとにかく先生の話を聞くことがミソ。特にこの先生の場合、板書に書かないようなことをテストに出すようなちょいワルぶりなんて、先輩の間では有名らしい。俺は月見里さんからそう聞いた。


 なんとか意識は先生の話の方に向けつつも、考え事を続けてみる。がしかしそんな器用な芸当、できてたまるものか。俺の脳はコンピュータじゃあるまいし。

 大事なのは先生の話を聞くことだから、それとは関係の無いことを考えている場合。二つのことを同時にやろうとしていては思考回路がショートどころでは済まなさそうだ。

 てかそれ以前に。過去に面識があったかどうかを思い出そうにも、何も思い出せないし。


 小学校の卒アルには名前がなかったってことはそういうことなんだよ。もっと前のことについては……もう覚えちゃいないし、思い返せそうなものも、古くなって処分してしまったから残っちゃいない。

 期間が空いて改めて考えてみたが、疑問が解決しそうにないということには変わりないらしい。


「冒頭の設問について、このようにまとまる。それじゃあこの次の段落から……大桑。読んでくれ」


 薫や莉亜に言われた、俺と話してる時の宮岸の様子について。

 宮岸って、普段はほとんど喋らないってのもあるけど、吹っ切れた時を除けば感情の変化も少ない。

 それでも話をする相手によっては、態度が微妙にだが変わっている。むしろ変化が少ないからこそ、人によっての違いがわかりやすく現れるのだろう。

 同じ部活に入ってあれだけ個性的な人達と過ごしていると、感が鈍くてもその違いが一層わかってくるものだ。

 だとすればその理由についてが……。


「大桑。聞こえているかー」

「え、あ。す、すみません」


 考え事していたら、先生の話なんて耳に入ってやいなかった。呼ばれていることにさえ気がついていなかった。


「しっかりしろ。飯食った後で眠いなら顔洗って来るか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。なら早く次の段落から読んでくれ」

「あ、はい」


 両頬を手でぺちぺちと叩いてから、先生に指定された段落を音読する。あぁもう、何やってんだ俺。


「ありがとう。ではもう一段落続けて読んでいこうか。次は……西村、読んでくれ」

「はい」


 別の生徒が音読をしている間に、さっきの続きを考えてみることに。


 宮岸が俺にだけ態度が違う理由。その可能性として一番に考えられるのは、過去に面識があったからなんだけど、俺の方が記憶が無いときちゃったら、どうにもならないじゃないか。

 てか覚えてたらこんなことで悩んでなんかいないし。入学当初すぐに、久しぶりだと声をかけることもできたろうに。

 今更、「あのー。もしかして俺のこと知ってますか?」なんて本人に聞けるわけがないじゃないか。恥ずかしいし。


 そうなると俺の方が思い出す他ないな。それか向こうがの方から言い出すくらいか。


「ありがとう。それじゃあ二問目の設問について……」


 西村の音読が終わり、先生の解説が始まる。

 さてと。考えたいことはたくさんあるが、今は授業に集中した方がいいな。また説教を食らうのはゴメンだし。

 この後家に帰れば、一人でゆっくりと集中して考えられる時間はあるのだから。




 午後の授業も終わって放課後に。このあとはいつも通り、部活という名の雑談タイムである。

 教科書をまとめていると、先に用意を済ませた薫がやってくる。


「珍しいね。煌晴が授業中に集中を切らすなんて」

「ずっと考えてたんだよ。先生の話なんて、耳に入らないくらいに」

「そこまでとはねぇ。それで思い出せた?」

「全くだ」


 あの後は極力考えないようにはしていた。と言っても現代文の後の今日の授業、体育のサッカーと化学基礎の酸化還元反応の実験だったから、授業以外のことを考えてる余裕なんてなかったけどな。


「まぁそれ焦らなくても、ゆっくり考えればいいんじゃないの?」

「そうするわ。これから部活だし、家に帰ったらゆっくりと考えることにするわ」

「そっかー。それでふと、僕の方でも考えてたんだけどさ」

「お前が考える必要は無いだろ。それでなんだ」


 薫が考えることに意味があるのかどうかは知らないが、他者の意見を聞くのも一つの手ではあるか。とりあえずは話を聞くことにしよう。


「実はそっくりさんだったとか。顔は似てるけど名前は違うって言う」

「名前違ってたらそこまで意識するもんでもないだろ。いくら容姿が似ていてもさぁ」

「それでも意識はしちゃうんじゃないの。あの人、なんだか昔のあの人にそっくりだなぁ。って」


 言いたいことは何となくわかるが、その言い方が完全に恋する女の子みたいなのはどうかと思うぞ薫。いつか完全に女になるぞお前。


「そんな純情あるとは思わん」

「冷めるなー煌晴は」

「世の中そっくりさんだって、そうそう簡単に見つからねぇよ」


 世界には同じ顔したやつが三人はいるとか、よく言うけど、そのうちの二人が近くにいたらそれは、双子でもない限り奇跡なんてレベルでは無いだろ。

 知り合いの知り合いは知り合いでした。なんてゲシュタルト崩壊じみた言い回しもあるが、そんな簡単にそっくりさんが現れられても怖い。


「ともかく今は部活だ。昨日の続きだろうか」

「どうだろうね」


 今日の部活は何をするのかと二人で話しながら、漫画研究部の部室へと向かう。

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