第55話 落ち着いたところで一息
呆然とするしかなかった。もうどうしたらいいんだよと。本人がそれでいいと言うのであれば、外野の俺たちがどうこう言う必要も無いのだろう。
だがしかしだ。ツッコミたくはなる。それでもあまり触れたくはないという思いもありまして。
「ねぇ。遠くの方からさっきのやり取り見てたけど、何があったの」
「あぁ。薫が一人の男に新世界への扉を開いたっていう、俺らにもよくわからんなにかだ」
「うん、あんたが何言ってんのか全っ然分からない」
向こうで整理誘導していた莉亜がこっちにやってきた。
俺も何言ってんでしょうかって思う。そう思います。
「まぁ色々あったみたいだ」
「……そう」
あんたの目がなんかヤバそうだから、聞くのはやめとこうって顔してる。そういう配慮をしていただけるなら幸いであります。
さっきのことを思い返しながら顛末を話すのは、俺自身も心が痛む。色んな意味で。
「それよか煌晴。そろそろ休憩時間貰えるんだけど、ちょっと付き合ってよ」
「俺が?」
「他に誰がいるのよ。今は煌晴と話してんだから」
「へいへいわかったわかった。てかもうそんな時間か」
「今は落ち着いてるから、取れるうちにとってしまおうかって槻さんが」
「そうかい。でもお客来そうだから、少し様子見てからな」
少し離れたところから、こっちの方を見ているのが数人居るのに気がついた。こっちに来る可能性があるので、とりあえず様子見で。
しばらくしてからこっちに来て、新刊とイラスト本をお買い上げしていきました。
「さてと……。見たとこ大丈夫かな。開始直後に比べればだいぶ落ち着いて来たし」
「へいへーい。それじゃあ戸水さんに伝えてくるねー」
今度こそ休憩をとってくると、莉亜は奥にいる戸水さんの方に向かっていった。
「それじゃあ月見里さん、留守をお願いします」
「おまかせあれー。こうちんはりあちーとの時間を楽しんで来るっすよー」
楽しんでこいよーって言われましても。莉亜とは幼馴染で付き合い長いが、別に恋人って関係ではないんだがな。
「そんなもんでもないんですけど。いつもの登下校だって一緒なんですし」
「いやいやー。お休みのこう言うときってなれば話は別じゃあないっすかー。そうだ恥ずかしがらずにー」
「恥ずかしくはないですけど」
恥ずかしいと思うものがあるとすれば、今つけているパピヨンマスクをつけている自分自身だな。
「やっぱ幼馴染なんすから、二人でどっか行くとかよくあったんすか? やけに落ち着いてますし」
「頻繁にってわけじゃないですけど。あったっちゃありましたね」
「ほうほう……ならその辺を詳しく……」
「と、ともかく休憩をいただけるのなら、早いとこ行ってしまいますね」
「へいへい。いってらー」
語る時間もないし、おいそれと気安く他人に語りたくはない。
残りの在庫を自分の目で確認してから、戸水さんに一言言って休憩をいただくことにした。
「それじゃあ失礼します」
「時間厳守だよー。楽しんできてねー」
「戸水さんこそ、ちゃんと休んでくださいよ。ノンストップでスケブの対応してるんじゃないんですか」
今も俺と会話をしながら、誰かから依頼されたスケブを描いている。聞けばそろそろ折り返しなんだとか。
「へっへっへー。描いてるのって楽しいから、ついついそんなこと忘れちゃうのよねー」
「だから心配で心配で。若菜は私が見張っておくから安心して」
しっかり者な槻さんが見張ってくれると言うのなら、こっちが不安になることはないか。安心して任せることにしようか。
「ならお願いします」
「おいおいー。あんたは私のオカンかよー」
「オカンじゃないですけど単純に心配なんで。そんじゃあ失礼します」
ということで休憩を頂いて、莉亜と共に即売会巡りになるのかと思ったのだが。
「時間厳守ねー。楽しんできてねー」
「はーい。いってきまーす!」
葉月もついてくることになった。思えば葉月がなんの反応も示さないなんてこと、気が付かなかったとかでもない限りあるわけがないじゃないか。
元にさっきまでは莉亜と一緒に行動していたんだから、知らないわけないじゃない。
「てか、いつもの三人になったな」
「何よ。なにか文句あんの?」
「いや文句はねぇよ。でもさぁ。せっかくの機会なんだからこういう時に他の部員と交流を深めるとかさぁ」
もう高校生なんだからそういう付き合いをもっとしてくれてもいいじゃないか。
「葉月は最近、先輩たちと話しているのはよく見るけどさぁ」
「いや私だって、戸水さんや干場さんと話すことはよくあるし……」
「お前はなんだ……宮岸とな」
「いやあいつなんかこう……イラつくのよ」
莉亜と宮岸が仲良くなれるのか、まだまだ不安は続きそう。
「でもりあ姉。蕾ちゃんと話してると、結構楽しいよ。月見里さんみたいにべらべらと話すようなタイプじゃないんだけど、すっごく楽しいの」
「私はそうとは思えないのよ……。煌晴はどうなのよ。思えばあんたの時だけ、なんか物腰柔らかいって言うか素直って言うか」
それについては、はっきりとした理由が答えられない。もしかしたら過去に面識があるのかもしれないが、莉亜や葉月にそういう考えがないということは、そういうことなんだろう。
でもやっぱり何処か引っかかることはあるんだが、曖昧すぎるからその辺は言わないでおく。
「お兄ちゃんだと素直になれるかぁ」
「あんたなんかしたんじゃないの」
「身に覚えはない。この前のあれは別だしそれだと素直になる理由にはならんだらう」
あれだとむしろ気まずくなるわ。
「まぁそんなことはよし。今はこのイベントを楽しむことに集中する!」
「……まぁそれでもいいか。どっか気になるところがあるのか?」
「もちろん! ということで早速行くわよ!」
「おー!」
「おい待て危ねぇから走るんじゃねぇー!!」
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