第49話 それは必要なもの?

 似合ってないとは言わないけど、そんな格好してくるだなんて微塵にも思わなかったから固まりもしますよ。


「なんですか……それ」

「これ? かっこいいでしょ?」

「え、あ……そうっすね」


 返事をしようにも言葉がまとまらないのでこうとしか言いようがない。


「あ。皆来ていたのね」

「はい。全員揃って……って槻さんもですか」

「あれ……どこか、変?」

「変ってわけじゃないですけど……」


 振り向いた槻さんも色違いのマスクをしていた。なんなんだ。今日はこれが正装だって言うんですか。


「どうかした?」

「聞くのは野暮ってもんかもしれないですけど、一応聞いても?」

「どうぞ」

「どうしてマスクを?」


 戸水さんが、これが今日の私の正装だとか言っていたから。サークル活動している時の戸水さんはそれが普通と言うことなんだろう。


「それについてはさっき若菜の言った通りね。これが今日の私って」

「ん?」


 槻さんが俺にスマホの画面を見せてくれる。コメンターのプロフィール画面で、表示されているアカウントはウォーターパレットのものだ。

 画面の左上を指さしていたのでその方に視線を向けてみると、プロフィールのアイコンがある。パピヨンマスクをつけたキャラの、SD風に描かれたアイコンだ。


「若菜にとってこのマスクは、このサークルの象徴なんだって。アカウント名を決める時も、部屋の引き出しを掘り返していた時に見つけたあのマスクが目に飛び込んできたんだって」

「はぁ」

「それでこれをつけるんだーって張り切ってて。私だってこのサークルの一員だから」


 このマスクは、いわばこのサークルの象徴とも言えるものらしい。てかなんでそんなもんが引き出しに眠っていたのやら。


「おーい大桑くーん」

「なんですかー……って」

「はいコレ」


 槻さんと話しているところに戸水さんかやってきて、オレンジ色のパピヨンマスクを渡される。


「……俺も付けないと駄目、なんすか」

「かっこいいでしょ?」

「んー……そうですね」

「ならそういうことで」

「いやどういうことで」


 正直なところ、つけるのが恥ずかしい。

 言ってしまえばたかがマスクひとつだ。でもこれをひとつ装着しただけで、他の人に与える印象はガラリと変わるだろう。周りに変な目で見られないものかと不安にはなる。


「如何したか。早く装着するといい。溢れんばかりにみなぎる力を得ることができるぞ」

「……」


 黒いマスクをつけた干場さんにこう言われる。これってそんな闇に満ちた魔道具じゃないですよね。たかだかマスクひとつで大袈裟な。とは言わないでおこう。

 干場さんの場合は元々がかなり濃いから、マスク一つを身につけようが余り変わらないような気がする。

 元のステータスが高すぎるから、装備品の恩恵がほとんど感じられないみたいな。


「付けぬのか。それとも……汝は力を欲せぬと言うというか」

「少なくとも何かを支配しそうな力はいらないっす」

「ふっふっふ……。其方は実に欲がないのだな。時には貪欲になるがいい。己が欲望に正直になるがいい」

「いやもうわけわかんないです」


 そういうものは求めていませんので。

 てかつけなきゃならんのか。これはつけないといけない流れなのか。


「ねーねーお兄ちゃん! 葉月かっこいいでしょ? でしょ?!」

「お、おうそうだな。よく似合ってる」

「えへへー」


 いつ貰っていたのか。葉月が黄色のマスクををつけて嬉しそうにしてる。


「早くつけなよ煌晴」

「どうすかどうすか! これ中々洒落てますねー!」

「ですねー」


 莉亜と薫、月見里さんと。気がつけば他の面々も、それぞれ違う色のマスクをつけていた。

 これはもうあれか。つけなきゃ行かん流れなのか。周りがやっているから自分も同じようにしなくちゃならんという風潮なのか。


「……」


 俺の横で、マスクを見ながら固まっているのが一人。宮岸蕾であった。

 なんとなくお気持ちは分かる。宮岸はこういうのに乗り気ではなさそうだし。


「ねーねーお兄ちゃーん。早くつけてよー」

「渋ってないで早くしなさいよー」

「……わかった」


 これは付けなきゃいけない。と言うよりも、つけなきゃ次には進まんのであろう。ここは大人しく諦めますか。別に他に知ってるやつに見られる訳では無いし、派手なコスプレをする訳では無い。これくらいは目をつぶろうか。


「これでいいのか?」

「うんうん。お兄ちゃんカッコイイよ!」

「そりゃどうも」

「……」


 俺がマスクをつけたのを見てか、さっきまで渋々とした顔をしてた宮岸も、はぁっとため息をついてからそれをつけるのだった。


「……変じゃない?」

「問題ないとは、思う」

「そう。なら、いい」


 最後までマスクをつけるのを躊躇っていた俺と宮岸が折れたところで。向こうにいた人達がワラワラと同じ方向に歩いていくのが見えた。


「あ。開いたみたい。私達も行きましょうか」

「そうっすね。全員いるっすよね?」

「大丈夫ですよ」


 さすがにホイホイどっかに居たやつは居ないので。トイレ行こうにも、建物の中入らないといかんし。


「中に入ったら、二手に別れて各々準備を始めましょう。詩織。向こうに行ったら薫ちゃんと姫奈菊ちゃんと一緒に、あれの用意を」

「はいはい。それじゃあ二人ともこっちに」

「この私をご所望というわけか。良かろう。我が力を貸そうでは――――」

「ハイハイ行くよー」

「ちょっと詩織! 最後まで言わせなさいよ!」


 槻さんって、面倒見よくて優しそうに見えるんだけど、時々ドライなところもあるなぁって。


「他の人は私について来てね」

「わかりました」


 会場が開き、これからイベント開催に向け準備を進めていくことになる。

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