ぶっ潰せ

『逃すと思ったかい?』

モノガタリの声が響いたのは、アジトまで、あと少しのところだった。


「ギルティ、サガ。カアクちゃん… 」

あまりの重圧に僕の声は震える。

 それは精神に影響を与えての事なのか、右手に握った刃と左腕のガントレットが重く感じられた。


『ユウト、モノガタリの声を真に受けたらアカンで。 奴の『創造』の力は信じたら実現してしまうんや。絶対に、自分を見失うな、信じるんやで』

 僕は『うん』とだけ答え、刃をモノガタリに向ける。


『さあ、フィナーレだよ。打ち切りみたいで残念だけど、もうこんな世界は滅ぶべきだ』

 モノガタリは、手のひらを僕に向け–––


(刹那のうちに、ユウトの右手は吹き飛んでいた。まるで刻の流れが、暫定的に継ぎ合わされたフィルムの如き錯覚の中、視界の片隅に映ったのは、ゆるりと遠ざかる己の腕であった。)

「うッわぁああああ!!!」

僕を襲う恐怖は痛みすら忘れさせた。地面に転がる僕の右腕と握られた刃。その奇妙な光景が……

『ユウトッ!!惑わされるな! 三人称の表現は偽りや!しっかりせぇ!』


 カアクの言葉で我に返ると、僕の右腕はしっかり身体に繋がっていた。

(一時の安堵を覚えるも、間髪入れずにユウトの左胸には風穴が空いていた。ユウトは焼ける程の強烈な痛みのうち、次第に意識が遠退いていった。)

「違うッ!!」

僕は奥歯を噛み締め、その場に踏み留まる。

(何とか先輩だけでも逃がさねば。と、ユウトがツカサに視線を送った時だった。

––– 地面にうずくまる彼の姿。微動だにしない様子は既に事切れている事実を告げていた)

「……先…輩?そんな……筈がないッ!!」

僕は唇を噛み締める。感じる痛みと口元を伝う血、それが僕を現実に繋ぎ止めていた。

「ユウトくん、何が起こってるんだ?大丈夫なのか?!」

 ツカサ先輩の様子から、モノガタリの力は僕だけに影響しているらしい。ならば!

「先輩!お願いがあります………………」

そう言って僕は先輩に作戦を耳打ちした。

(その様に見せかけて、ユウトはツカサの胸に深く刃を突き刺してた。彼のまだ温かい血液が刃を伝い、ユウトの手を赤く染める。)

「そんな事する筈がないだろうッ!!」


『君は本当に、しぶといな。普通なら精神に異常をきたす筈なんだけど? ちょっと痛めつけるか…』

 モノガタリがそう呟いたかと思うと、瞬時に目の前に現れた。

 僕は刃を振りあげると、疾った剣先がモノガタリの首を捉え(られなかった。)

「まだまだぁぁ!!」

 そのままの勢いでガントレットをモノガタリの顔めがけ振り抜く!(しかし、触れる事すら叶わなかった。)


『ああ、鬱陶しい。少し黙ってくれ』

そう言うモノガタリの拳がガラ空きになった僕の脇腹に捩じ込まれる。 

「!!!!!」

 息をするどころか悲鳴をあげる事すら叶わない、鋭く重い痛みが僕の身体を駆け巡った。

 間髪入れずに、その場でうずくまる僕の頭をモノガタリは容赦なく蹴りあげる。

 視界に映るのは、世界に火花が散ったかの様な閃光。(そして、モノガタリに歯向かった事への後悔。)

「……なんか、しない」

(ユウトの意識は、深い闇の中に落ち…)

「ない!」


『……本当に、見上げた根性だよ。その精神に敬意を払って、最後は僕の手で終わらせてあげよう』

 仰向けに倒れた僕の上にモノガタリが跨ると、その両手を僕の首元にかけた。

『さあ、お別れだ。やっと、このふざけたライトノベルを終わらせる事が出来る』

 モノガタリの両手から徐々に加わる力が、僕の意識を奪っていった。

「……の、かち……だ…よ?」

『何を笑ってる?おかしくなってしまったか?』

 次の瞬間、モノガタリの顔色が変わった。

それは違和感だった筈だ。

 ––– あんなにお喋りのカアクが、一言も発していない事に!

 今更気付いても、もう……遅いよ!!

『まさかッ?!』と、モノガタリは短く叫び後ろを振り返った。

 そこには真紅の刃を振りかぶるツカサ先輩の姿があり、『いっけぇ!ツカサ!!振り抜けぇ!!』と、握られた刃からカアクが叫び声を上げていた。

 

(くっ!しかし、ツカサは刃を振り抜く事が出来…)「出来るっ!!」

(ツカサは恐怖のあまり…)「腕に力が漲った!」

(クソッ、ユウトが邪魔を…)「するから、モノガタリは動けなかった!」


 「終わりだ!モノガタリッ!!」

先輩は雄叫びと共に刃を振り抜いた。

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